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『エンジェル・メーカー』。空杭礼。

「で。結局、子供達はどうしようか?」

 白金は訊ねる。

「彼らがどうしたいか、よね。別に私達が何かするべきじゃないと思うわ」

 化座はコーヒーを口にする。甘ったるい砂糖とミルク入りだ。

 化座は白金といると、心から落ち着く。

 心の闇を共有する事。それが、どれだけ孤独を癒すのか……。


「この前みたいに、たまに会ってみるだけで、良いんじゃないですか?」

「そうかしら。なら、いいんだけど」


 アジトの中には、喫茶室がある。

 二人はそこで、コーヒーを飲んでいた。


 ふと。

 別の気配が近付いてくる。


 部屋の中に、拘束衣のような服を来た少年にも少女にも見える美しい顔の人物が近付いてくる。両眼は真っ赤だった。カラーコンタクトを嵌めているのか。それとも体質的に眼が赤くなるのか。それはその人物にしか分からない。


「ドール・ハウスによって、誘拐されていた子供達、八人。次は私がさらって、私の作品の一部に変えてもいいよね?」

 空杭礼は、不気味に背中から生やした天使の翼を羽ばたかせていた。


 白金と化座は立ち上がり、それぞれ戦闘態勢に入る。


 白金は懐から刃物を取り出して、空杭に向けていた。

 化座の武器は自身の肉体そのものだ。彼女は指先をビキィ、ビキィと鳴らしていき、刃物のように鋭く変形させていく。


「僕は君にナイフを向けたくない。止めろ」

「もし、そんな事をしたら、私達がタダじゃおかない」


 空杭はお腹を抱えて、笑い始める。


「別にいいじゃない? どうせ、彼ら、居場所が無かったんでしょう? じゃあ、生きていても仕方ないじゃない? だったら、私の手で幸せにしよう、って思うんだあ。その方が楽になれると思うよ」


 そう言うと、空杭は、ゲラゲラと笑い出した。


「いい加減に私達を不愉快にするのは止めろ」

「彩南さん程、強くないが、僕も一応、合気道を習っている。君の動きを止められるかもしれない。試してみるか?」

 白金は冷たく、眼の前にいる、自分よりも頭のイカれている、異常者の眼を睨み付けていた。


「分かったよー。分かったー。『ブラッディ・メリー』。『スワンソング』。仲間同士で、争うのは良くないのよ。私は妥協点を考えたいんだ」


「なんだ?」

 白金は訊ねる。


「『ドール・ハウス』のおじいさんだけ、さらってきていい? 彼の“異能”に興味がある。永遠に時間を止められるんだよね? 子供達は彼の“異空間”の中で、ずっと、ずっと生きられるねえっ!」

 空杭はゲラゲラ、ゲラゲラと笑い始める。


「だから、おじいさんの超能力(サイキック)を、僕の能力(サイキック)と“接合”させたい。そうすれば、永遠の時間が作れるんだっ!」

 空杭の視線は、この世界を眺めていない。

 何処か、遠くの向こうを眺めているかのようだった。


「分かったわ。ドール・ハウスのおじいさん、一人だけなら許す」

 化座は苦々しそうな顔で言った。

「彩南さんっ!」

「譲歩しましょう…………。こうなってしまったら、空杭は止められない。だから、私は、こいつに腹が立っているのよ。話が通じないのっ!」


 化座の許可の言葉を貰うと、空杭は嬉しそうに窓へと走り去っていく。

 そして、窓を開けると、背中から生やした翼で、空を飛んでいく。



 次の日の事だった。


 TVで、留置所の中にいたドール・ハウスが襲撃されて、さらわれたというニュースが流れていた。警察は、誘拐された子供の親の可能性を疑って、捜査を進めているらしい。


 白金と化座は互いに顔を見合わせて、溜め息を付いた。

 ドール・ハウスである老人の死体が、ギャラリーの中に飾られていた。

 それは、絵画を入れる額縁になっていた。

 老人は剥製にされて、バラバラになり、額縁になっていた。

 絵画には、何も描かれていない。

 これから、空杭は、絵を描いていくのだろう。


「誘拐されていた子供にまで手を出したら、絶対に許さないっ!」

 化座は怒り狂っていた。


 白金も怒りに満ちた眼で、老人の死体を眺めていた。


「本当にすまなかったな」

 ギャラリーの中に腐敗の王が現れる。


「俺がその場にいれば、止められたかもしれないが……」

 腐敗の王は、大きく溜め息を吐く。


「化座。お前は人の命を救えなかった事に、憤りを覚えるタイプだったか?」


 化座彩南は首を横に振る。


「朔ちゃんの想いを踏み躙った事が許せない」

 化座は正直に答えた。


 そして、化座は少し考える。


「それに。一応、私達は二人で、チーム・プレイで、目的を達成した。私自身、それを侮辱されるのが我慢がならないのよ」

「僕は純粋に、この人には生きて欲しかった」

 白金が壁を殴る。


「子供達もだ」


「となると」

 腐敗の王は、淡々と訊ねた。


「『エンジェル・メーカー』が、君達が助けた八名の子供達の全員、あるいは、一人でも、殺害したら、君達、『ブラッディ・メリー』と『スワンソング』は、『エンジェル・メーカー』を始末するつもりでいるな?」

 腐敗の王は、淡々と、二人に訊ねる。


「もちろんっ!」

 化座は手首にギリギリィと、力を入れていた。彼女は指先だけで人間を解剖する事が出来る。


「当然ですっ!」

 白金はポケットから刃物を取り出して、暗い表情をしていた。


 腐敗の王は小さく溜め息を吐く。


「分かった。肝に銘じておく。仲間内での殺し合いは避けたい。俺は空杭に言って聞かせる」

 腐敗の王の表情からは真意が読めない。

 だが、彼の声は極めて冷静で、そして酷薄だった。


「だが。スワンソング。君はアーティスト殺しだ」

 腐敗の王は白金の瞳を見据える。


「君は空杭の作品を見て、素晴らしいと言っていたね?」

「ええっ…………」


「もし、空杭が暴走を続けるようならば…………」

 腐敗の王はフードの下で、冷酷な表情になる。


「君は裏切られた気分になる。その時は、スワンソング、奴を殺せ」

 そう言うと、腐敗の王は、画廊から去っていく。


「空杭を始末する時が来たなら、私も協力するわ。私は殺すなって許可は貰ってないけど。奴を拘束し、行動不能に陥れる事くらいなら、王も納得する筈」

「はい。僕が『スワンソング』として、剥製を作る芸術家。『エンジェル・メーカー』を刺し殺します…………」

 白金朔。

 彼の決意は強かった。



 十月半ば。某日。


 満月の夜だった。


 その死体は都内にある、廃墟から出てきた。

 頭蓋骨に大量に異物を入れられた死体。

 年齢は十代後半の女子高生。

 学生証を持っており、関東の上の辺りに住んでいた。


 検視官達が大量に現場を捜査していた。


 約三年ぶりの『ワー・ウルフ』の犯行だった。


 刑事課の刑事達も沢山、訪れていた。


 牙口令谷。崎原と富岡。それから検視官の溝口。同じ顔触れがいた。


 令谷はコンクリートの壁を強く殴り付ける。


 被害者の女の子の眼は空ろだった。

 口を大きく開けて、死んでいた。



 黒いスモークガラスの車を駆り出す。


 運転は白金が行っていた。

 後部座席には、腐敗の王と化座がいる。


「此処がワー・ウルフの犯行現場か」

「沢山、警察が集まっているわ」

「なら、俺達が向かえば、一網打尽にされるってわけだな」

「模範犯の可能性は? ワー・ウルフを真似た誰かがやったとか?」

 白金は首を傾げる。


「どうだろう? 模範犯だとして、何の為に?」

 腐敗の王は、一眼スコープを手にして現場を見ていた。


 化座の瞳の色が青黒く濁っている。

 彼女は肉体を少し変化させる事により、視力を拡大化する事も可能だ。


「牙口令谷がいるわ。ネクロマンサーはいないみたい。あれは崎原玄ね」

 化座は顎に手を置いて、考える。


「で。どうする? 私達は?」

 化座は腐敗の王の顔を眺める。


「分からんな。ワー・ウルフが何を考えているのか…………。奴は何をしたい?」

「私が再び、ブラッディ・メリー事件を犯したから? 触発された?」

「かもしれないし。そうじゃないかもしれない。奴の目的は分からない」

「腐敗の王」

 白金は眉を顰めていた。


「『エンジェル・メーカー』でさえ、貴方は手を焼いている。この前の件がある。我々は本当にワー・ウルフを仲間に引き入れる事を考えていて、いいんですか?」


 白金の言葉に化座も頷く。


 だが。

 ワー・ウルフは、数年ぶりに動き始めた。

 きっと、何らかの意図があるのだろう。



 司法解剖の結果。

 頭に異物を入れられてから、数時間くらい生きていた形跡がある。


 令谷は明らかに冷静ではいられないみたいだった。


 そして、一週間程、経過して。

 別の殺人事件が立て続けに起こった。


 それは後に『現代の切り裂きジャック』と呼ばれる切り裂き魔の犯行だった。



 連続女性殺害事件。

 切り裂き魔、と言っても、その犯行は極めて、残忍で、ただ身体中を切り裂くだけでなく、下半身から下を切断して持ち去っていく、という犯行だった。


 やがて、ワー・ウルフの事件と共に、切り裂き魔の犯行はTVニュースで話題になる事となる。


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