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佑大と彼方。

 佑大(ゆうた)は彼方の家のドアを叩いた。


 鍵が開けられる。

 中から、怜子が現れる。


「あ。佑大さん」

 彼女は心細い顔をする。


「やあ。怜子ちゃん」

 佑大は笑う。


「彼方君はいるかな? それから怜子ちゃん、食事は食べてる?」

「はい。なんとか…………」

 怜子は少し考えてから、答えた。


「令谷さんから支給される病院の血液パックと、それから、スーパーで売っている動物の生肉を食べています」


「葉月は君に何て言っている?」

「人の肉を食べろ、と……………………」

 怜子は顔を覆う。


「すまない。俺が言って聞かせる。そう言えば、世界中には人の肉を食べたくなる精神病だって存在するらしいんだ。君のケースとは違うかもしれないけど、その精神病の治療法などを勉強してみるよ…………」

 佑大は優しく怜子の背中をさする。

 人間の体温では無い。

 氷のように冷たい。

 その身体の冷たさに、葉月は歓喜の声を上げると言っている。


 怜子の方は正常だ。

 正常な心を持っていたのに、両親が怜子の心を壊し続けて、死んだ後も葉月が怜子を蹂躙し続けている。

 ゾンビにされて、生きていた頃に感じていたものを感じられなくなってしまった。人としての喜びを破壊された。人を生ける死者として蘇らせる“ネクロマンシー”は中世ファンタジー風のゲームの中でも、邪悪な魔法として描かれている。


「正午の日差しとそよ風は気持ちいい? 怜子?」

 佑大は訊ねる。

「はい…………」

「そっか。僕が好きなダークファンタジー系のTVゲームの登場人物の一人はゾンビとして蘇って、自然の移り変わりさえ楽しむ事さえ出来なくなったと口にしていた。花の香りは楽しめている?」

「ええっ。この前、持ってきた薔薇と乳香のアロマの匂いが素敵でした」


「彼方君と話をしたい。彼は元気?」

 佑大は訊ねる。


「はい…………。元気なんですけど、その、彼方も食事を取りません…………」

 怜子は壁にもたれかかる。


「彼と話したい。今日は、色々と持ってきたよ」

 佑大は笑った。


 奥には彼方がいた。

 彼は空ろな眼でキャンバスに向かっている。



 佑大はスワンソングが殺害した六名の人物を調べていた。


・女性歌手。

・男性小説家。

・男性漫画家。

・女性ミュージシャン。

・女性イラストレーター。

・男性YouTuber。


 見事に男が三名。女が三名だ。


 年齢もバラバラ。……もっとも、標的選びが分かりやすいし、スワンソングは犯行動機を被害者が生きているうちに、自ら語っている。


 今の処、映画監督、風景画家、球体関節人形作家などには及んでいない。

 もっとも、今後の標的に、それらのアーティストは入るかもしれないが。


 そもそも、スワンソングの好みの傾向自体を分析する必要があるのか。

 当初は耽美系、ゴシックロマンス系、あるいは前衛芸術系のアーティストを襲撃していた。最後のYouTuberの方は傾向がまるで違う。料理系のYouTuberだ。何かが変わったのだろうか?


 佑大は連続殺人犯スワンソングに惹かれつつあった。

 彼の眼から見て、自分の作品はどう映るのだろう?



 スワンソングは、世間一般の社会評論家、芸術評論家、作家、イラストレーター、ミュージシャン達などには、怒りを買っているが、一番に熱狂的なファンが多い。そもそも創作行為をしないか、くすぶって知名度の無いアーティストの中で、彼を支持する人間も多い。


スワンソングの標的にされたいと考えているイラストレーターやミュージシャンもいる程だ。もっとも、そのアーティストは大抵、無名だったりするのだが……。不謹慎なネットの人間達は、スワンソングの次なる標的となるアーティストを考察しているサイトなども作られている。


 加えて、リンブ・コレクター事件の後に、新聞社や警視庁宛てにスワンソングを名乗る人物から声明文が送られてきて“あくまで自分の標的はアーティスト。一般人を標的にしない”と書かれていたので、高校野球のエース程度の人間まで殺害して食べていたリンブ・コレクターと比較され、その犯罪美学に対して称賛の声が高まりつつある。


警視庁側の中でも、意外にも、カルト的なファンも多いのだと聞く。

妄執的な美意識を書き散らした、犯行声明文の内容なども評価されている。


 葉月いわく警察の人間が彼を評価するのは“自分達の行為をアートだと思っている他のサイコキラー共を、スワンソングに殺して欲しいという願望が露骨に出ている”のだそうだ。


 更に彼女はこう付け加えてもいる。

スワンソングを批判している世間一般の連中は“馬鹿が本当に多い”と。



 絵筆を取る彼方の瞳は痛々しい。

 彼方が描いている絵は、この世ならざるものが描かれている。


 椅子に座りながら、じっくりと、佑大は彼方の絵を眺めていた。


「怜子ちゃん。彼方君は、どれくらい、ご飯を食べていない?」

「もう、五日になります……。水は私が飲ませているんですが…………」

「睡眠時間は?」

「三日か、四日程、寝ていません……」

「怜子ちゃんは、どうしている?」


「私ですか? 私は、この家の片付けをしたり、令谷さんの家の掃除もしました。それから、彼方さんの描いた絵の保存とか、置き切れない場所の収集。令谷さんの家も凄いですね、彼方さんの描いた絵がびっしり並んでいる」


「同性同士の強い友情なんだろうね。葉月と君の関係みたいかな?」

「どうなんでしょう…………」


「でもまあ。令谷は彼方君に尽くしているように見える。葉月の場合は、君に対して…………」

「私が生きている頃から、そういう傾向はありましたよ」


「僕にも葉月の攻撃性の矛先が向かわないように、気を付けないとね」


 佑大は怜子の顔を見る。

 彼女はつねに誰かに怯えている。

 両親からの虐待、学校でのイジメ…………。


 そして、今は、葉月の手によってDVを続けられている。


 怜子は何処までも、殉教者のように被虐的だ。


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