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佑大……。スワンソングについて……。

「スワンソングは、アーティストの作品を見る事によって、そのアーティストの思考、感情、思想、目標、その他の心の闇など、あらゆるものを読み取る事が出来る筈だ。スワンソングは強い孤独を抱えている。自身の傷付いた心を癒す理想像が欲しいの。でも、彼の心の闇は変化しない。アーティストの方は変化していく。それで、幻滅する。その後、憎しみが襲ってきて、殺してやりたくなる。極めて強いエンパス能力と共に、ボーダー思考が揺れ動いている」


 葉月は、そう分析していた。

 彼、と言った。

 男性だろう、と断言していた。


 葉月の言葉を思い出しながら、佑大は、大学の帰りにある場所へと向かっていた。


 令谷の友人である、彼方の家。

 今、怜子が住んでいる場所でもある。


 佑大はここしばらくの間、芸大の課題の合間に絵を描き続けていた。

 少し前にも、この家を訪れたが、彼方は絵を描く。

 共に絵を描く事によって、何か彼方の助けになるのではないかと佑大は考えていた。


 ……………………。

 佑大は少し前に『ブラッディ・メリー』が事件の現場写真のコピーをまとめたファイルを見ていた。


 …………、ワー・ウルフの時のような気分の悪さは起こらない。

 同じ極めてグロテスクで猟奇的な死体であるのにだ。


 ……これはアート作品だ。


 最初、見た時の印象はそうだった。

 他の者達の見解もそうらしい。


『ブラッディ・メリー』は表面的には強い攻撃衝動を抱えているが、同時に、心の内では深い孤独感と疎外感を抱えている。とてつもなく人間社会を憎んでいる。他人に対する軽蔑心と破壊欲を抱えている……。だが、それは自分が虐げられてきた、この社会は自分を受け入れてくれなかった、というトラウマが原因になっている…………。


 佑大の瞳からは、そう映る。


『ブラッディ・メリー』は他人に理解されたがっている……。

 自身の孤独と疎外感をだ。

 そして、強い絶望を感じている。


 時折、物凄く強い虚無感に苛まれ、自身が何の為に生まれてきたのか、生きているのか存在理由が分からなくなる時がある。だから、強い希死念慮を拭い去る為に、犯行を繰り返す。犯行は彼女にとって、創造的な行為なのだ。


 今まで、作品を隠してきたのは、作品創りをする上で、技術を磨く為だ。

 そして、今回は“展示会”を開いた。

“世間”に対して。

 大衆は、必ず自分に注目するだろうと。


 腐敗の王がギャラリーの主だとするなら、ブラッディ・メリーを焚き付けたのは“アーティストとして、もう個展を開いてみないか”と示唆した筈だ。……もっとも、別の言葉を使って、彼女を焚き付けたのかもしれないが、腐敗の王の本当の目的は、ブラッディ・メリーに個展を開かせる事だった。


 だが、別のアーティストに話題を持っていかれた。

 他でもない。連続誘拐犯ドール・ハウス。


 ブラッディ・メリーは、ドール・ハウスに対して何か関与した筈だ。

 それが何かまでは、分からない。


 ふと。

 佑大は、スワンソングの事が、頭にちらつく。

 スワンソングは、この日本の何処かで生きている。

 ブラッディ・メリーの作品を“アート”だと考えている筈だ。


 …………。………………。

 腐敗の王の仲間には、スワンソングは存在するのか?

 少なくとも、腐敗の王は、スワンソングのような目利きに興味を持つ筈だ。

 佑大は、そんな風に頭の中で考えを組み立てていた。


 それにしても、思うのは。

 ブラッディ・メリーにとっては、人間はキャンバスであり、絵の具であり、石膏であり、粘土にしか過ぎない。それをどうデザインして晒すかを自分で工夫する。


 彼女は強い自己顕示欲を持っている。

 そして、自分自身は“怪物”だと考えている。

 だから、怪物として振舞わなければならない。



 夕方の公園だった。

 児童養護施設に行った者や、親元に帰っていった者、八人の子供達の選択は様々だった。

 あれから、親との関係性が変わった子供もいる。


 二人は、ドール・ハウスの教会の中にいた、一人の少女と会う約束をしていた。

 白金は会社帰りに公園に寄る。

 先に、化座が公園にいて、少女と話し合っていた。

 話を聞くと、何気ない雑談をしていたらしい。


「ああ。カナエちゃんって言うの」

 化座は十二歳の少女と話していた。


「うん。カナでいいよ」

 十二歳の少女は笑う。


「お兄さん。……その、色々、ありがとうね」

 カナは笑う。


「僕は何もしてないよ。……強いていうなら、君達が、これから自分達の意志で動いていくんだ」

 そう言って、白金はカナの頭を撫でた。


 八人の中にいた、十五歳になった少女。親から虐待されていた彼女の方は、失踪してから、母親の方がDVを振るっていた父親と離婚して、今は母子二人で暮らしているらしい。関係性は良好だと、白金は聞かされた。


 誘拐された子供の中には、今年で成人している少女もいた。

 ネクロマンサーより年上だ。

 だが、二十歳の少女は遥かに幼く、他人と会話するのが苦手みたいだった。

 親元に帰り、来年、大検を受けるらしい。



 十二歳のカナエの背中には、ベルトか何かで叩かれた傷がくっきりと付いていた。

 親元には帰せない。


「ねえ。二人でこの子の親になる? 八人なら無理だけど、一人か二人くらいなら、いいかなって」

「彩南さん。子供は犬猫じゃない。それに、僕の家で言ってましたよね。子供は一生、産みたくないって」

「ええっ。だって、私が子供産んだら絶対に虐待しそうだから。それに、そうじゃなくても、両親が連続殺人犯なら、捕まったり、事件が完全に発覚した時に、子供が不幸になる。でも、血の繋がらない子ならいいかなって」

「…………。確かにそれは良い提案だけど。よく、考えてください。その子を傷付ける事になる」


 化座は白金と、いずれ結婚を考えている。

 だが、今はそれを口にしない。

 出来れば、白金の方から口にして欲しい。


 後、一、二年付き合ってみて、白金の方から言い出せなかったら、化座の方から、プロポーズしてみようと思う。白金彩南、という名前になるのも悪くない。


「サイコパスは他人に共感を示す事が出来ない。あるいは限定的にしか、他人に共感出来ない。どっちにしても、私は親になってはいけない、か」

 化座は、ふうっ、と小さく溜め息を付く。


「確かに貴方はサイコパシー(共感性の欠如、罪悪感の欠如)は強いが、完全なサイコパスとは言えない。貴方が僕と一緒に、ドール・ハウス事件を解決した、数日後、絵画を描きましたね。僕は、アーティストの繊細な感情や、作っている時の思考を読み取る事が出来る」

 白金は化座の肩に手を置く。


「貴方は以前、殺した被害者から抜き取った血液を絵の具にしていましたが。絵それ自体は、とても、優しい感じがしました。素敵な、太陽の絵でしたね」

「ありがとう」

 化座は嬉しそうな顔をしていた。


「サイコパスと聖人の脳は、機能として、かなり近いらしい。我々は、もしかしたら…………。いや、それは傲慢過ぎるか」

 聖人として生きる事も出来るのでは、と、白金は口にしかけて止めた。


サイコパスは先天性の脳機能ともされているが、アスペルガー症候群辺りと同じように、それはグラデーションを描いているとも聞く。サイコパシーの思考パターンを持つ傾向を持つとしても、その人間が正真正銘のサイコパス的な行動しかしないとは限らない。


 有名な心理学者が『キラー・クラウン』ジョン・ゲイシーの脳を調べた処、普通の人間と何ら変わりが無かった。


 白金は思う。

 自分達サイコキラーと、普通の人間に、どの程度の差異があるのか、と。


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