カーナビを利用しながら、ようやく、山奥深くの場所に辿り着いた。
都内から車でたっぷり、五時間掛かった。
更に、山道を登るのに、一時間以上は経過した。
時刻は正午の四時を少し過ぎている。
「どうやら。此処に、誘拐された子供達はいるみたいだ」
白金は車を停める。
「地下室へと続く入り口があるみたい」
「では、地下に向かいましょう」
「教会の中に誰かいる気配がする」
化座と白金は肩を竦めた。
「私は教会の方に行くわ。貴方は地下へ」
そう言うと、化座は教会の入り口へと歩いていった。
白金は地下へと向かう。
†
地下室には気配があった。
複数の人間の気配だ。
鉄格子のようなものを見つけた。
鉄格子の中には、誘拐された子供達がいた。
中には、結構な年齢の人間もいる。
みな、生きている。
誘拐された状況から、時が経って、彼らは誘拐されてから年齢に成長していた。
白金は彼らの数を数える。ちゃんと八名いる。
鉄格子は子供達を監禁しているというよりも、子供達を外部から守っているような印象を受けた。鉄格子の向こう側は広く、様々な家具が揃えられている。更に、奥にはトイレや風呂場、個室といったものへと続いているであろう、回廊らしきものが見えた。
鉄格子は後から付けたもので、元々は、この地下室は普通の部屋だったのだろう。
改装されているものは、鉄格子だけだ。
建築業者などに頼んでいない。個人が出来る範囲内の改装だ。
教会にいるであろう、犯人は単独犯、という事になる。
「やあ。こんにちは」
白金は子供達にたどたどしく挨拶をする。
†
大きな教会だった。
ステンドグラスは古びて埃だらけになっているが、未だに荘厳な輝きを放っている。
この教会。
元々は身寄りの無い子供達を育てていた福祉施設も兼ねていた。
老人は十字架を眺めながら、祈りを捧げていた。
十字架の下には聖書が広げられている。
化座は十字架を見ながら、少しだけ物憂げに考える。
十字架。
善と正義の象徴。それに背信した者には裁きが下される。
吸血鬼が十字架を恐れるのは、元々、吸血鬼が人間だった頃、信仰厚い人物だったと聞いた事がある。
化座は元々、無神論者だ。
キリスト教も、仏教も、神道も信仰していない。スピリチュアルも懐疑的だ。
何者も自分を裁けない、と、彼女は考えている。
「貴方が連続誘拐犯『ドール・ハウス』ね」
化座は老人に近付く。
白金は教会の地下室から戻ってくる。
「八人いました。誘拐された子供達、全員です」
白金は小さく溜め息を付く。
老人は振り返る。
「貴方は何の為に?」
化座は腕を組んで訊ねる。
「此処は墓標なんですよ」
老人は安らかそうに言う。
「子供達は、みな、親や学校といった場所から逃げ出したかったんです。だから、私は匿っている」
「でも、貴方は世間では連続誘拐犯の犯人にされている」
「それでも構わない」
老人は疲れた顔をする。
「子供達の何名かと話をしました。みな、この世界に生きる事を望んでいない……」
白金は少し、悲しそうな顔をしていた。
「ええっ。彼らはこの世界に居場所が無いと言っています。そして、私の貯蓄も、もうすぐ、尽きようとしている。いつまでも、匿う事は出来ない。彼らも納得しています」
老人は死を覚悟した、殉教者の安らかな顔をしていた。
「大量のガソリンと、睡眠薬の錠剤があの地下室には置いてあった。子供達を眠らせて、安らかな死を与えたいと。……だが、睡眠薬をオーバードーズで飲ませた処で、意識が蘇る筈だ。生きながら焼かれる苦痛を与える事になる」
白金は冷たく告げた。
「全ては、私達は神の元に向かいますから」
老人は答えにならない答えを返す。
「貴方は、子供達と一緒に、心中するつもりですね?」
白金は訊ねる。
老人は答えなかった。
「親元に返すつもりは無い。学校にも……。彼らは、安息の場所を欲している筈……。此処では無い、正規のフリー・スクールに通わせるべきだ。児童相談所にも」
白金は無表情のまま、老人を見据える。
「…………、きっと、それが正しい事なのでしょう」
老人は頷く。
「これから、警察に、匿名で電話を入れる。了承出来ますか?」
老人は答えなかった。
ただ、老人は十字架と聖書を見続けていた。
白金と化座は共にステンドグラスを見ていた。
眼の前の老人は、何を思って、死後の世界を見い出すのだろうか。彼は死後に子供達と共に天界に昇れると信じているのか。
………………。
老人は白金と化座が眼を離した隙に、走り出していた。
教会の奥の部屋へと向かう。
化座は動かなかった。
白金は動いていた。
教会の奥は、地下へと続いていた。
子供達がいる地下へ。
螺旋階段を白金は走り続ける。
得体の知れない空間へと入り込んでいる事に、白金は気付く。
そこは、時間が止まった部屋だった。
部屋には大量のクマのぬいぐるみが置かれている。
おそらく、この教会に寄付されたものだろう。子供達の為に。キーホルダーになっている、クマのぬいぐるみだ。ヌイグルミが大きめのサイズなので、キーホルダーとして使った場合、すぐに留め金が取れてしまいそうなもの。
八名の子供達がいた。
先ほど、地下室で檻の外側から見ると、年相応に成長した姿だった。
だが。
今、老人に寄り添っている少年少女の姿は、誘拐された時の年のままだった。時間が止まったままの姿で、子供達は老人に寄り添っている。
この異空間では、時間が止まってしまっている…………。
白金は気付く。
これが“異能力”なのか、と。
牙口令谷の言葉で言う処の“狼男”。“人では無い力を持つ犯罪者”。
鉄格子の外にも、ガソリンのタンクが置かれていた。
だが…………。
この鉄格子の内部にも、ガソリンのタンクは置かれている。
老人はまるで、襲撃者が来た時に、必ず自殺出来るように周到に準備しているみたいだった。警察を想定していたのだろうが…………。
「わたしは、子ども達と分かり合っている。みな、この世界で生きる事を望んでいない」
老人は松明を手にしていた。
彼は床にガソリンを撒いていく。
白金は地面を蹴っていた。
老人を押し倒して、松明を奪う。
そして、それをつかんで、ガソリンの浸かっていない階段の方へと投げ飛ばす。
ライターやマッチなど、他にも持っているかもしれない。
白金は手っ取り早く、老人の首を締め落として失神させる事に決めた。
白金の腕によって、両手を拘束された時に、老人は抵抗するのを止めた。
「君達は生きたいかい?」
白金は訊ねた。
「うん…………」
少女の一人が言った。
「お兄さん、俺の話を聞いてくれて、ありがとう」
別の少年がそう言った。
それを聞いて、老人は涙を流し始める。
白金は老人の拘束を解く。
老人は顔を覆って泣き続けていた。
「わたしは、子ども達に残酷な事を…………。………………」
少女二人が老人の背中を撫でていた。
「私は外の世界で、生きてみたいと思う」
少女の一人が言った。
一番、年長者。
二十歳くらいの子だった。