目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

『死後の世界への憧憬』。

 カーナビを利用しながら、ようやく、山奥深くの場所に辿り着いた。

 都内から車でたっぷり、五時間掛かった。

 更に、山道を登るのに、一時間以上は経過した。


 時刻は正午の四時を少し過ぎている。


「どうやら。此処に、誘拐された子供達はいるみたいだ」

 白金は車を停める。


「地下室へと続く入り口があるみたい」

「では、地下に向かいましょう」

「教会の中に誰かいる気配がする」


 化座と白金は肩を竦めた。


「私は教会の方に行くわ。貴方は地下へ」


 そう言うと、化座は教会の入り口へと歩いていった。

 白金は地下へと向かう。



 地下室には気配があった。

 複数の人間の気配だ。


 鉄格子のようなものを見つけた。


 鉄格子の中には、誘拐された子供達がいた。

 中には、結構な年齢の人間もいる。

 みな、生きている。

 誘拐された状況から、時が経って、彼らは誘拐されてから年齢に成長していた。


 白金は彼らの数を数える。ちゃんと八名いる。


 鉄格子は子供達を監禁しているというよりも、子供達を外部から守っているような印象を受けた。鉄格子の向こう側は広く、様々な家具が揃えられている。更に、奥にはトイレや風呂場、個室といったものへと続いているであろう、回廊らしきものが見えた。


 鉄格子は後から付けたもので、元々は、この地下室は普通の部屋だったのだろう。

 改装されているものは、鉄格子だけだ。

 建築業者などに頼んでいない。個人が出来る範囲内の改装だ。

 教会にいるであろう、犯人は単独犯、という事になる。


「やあ。こんにちは」

 白金は子供達にたどたどしく挨拶をする。



 大きな教会だった。


 ステンドグラスは古びて埃だらけになっているが、未だに荘厳な輝きを放っている。


 この教会。

 元々は身寄りの無い子供達を育てていた福祉施設も兼ねていた。


 老人は十字架を眺めながら、祈りを捧げていた。

 十字架の下には聖書が広げられている。


 化座は十字架を見ながら、少しだけ物憂げに考える。

 十字架。

 善と正義の象徴。それに背信した者には裁きが下される。

 吸血鬼が十字架を恐れるのは、元々、吸血鬼が人間だった頃、信仰厚い人物だったと聞いた事がある。


 化座は元々、無神論者だ。

 キリスト教も、仏教も、神道も信仰していない。スピリチュアルも懐疑的だ。

 何者も自分を裁けない、と、彼女は考えている。


「貴方が連続誘拐犯『ドール・ハウス』ね」

 化座は老人に近付く。


 白金は教会の地下室から戻ってくる。


「八人いました。誘拐された子供達、全員です」

 白金は小さく溜め息を付く。


 老人は振り返る。


「貴方は何の為に?」

 化座は腕を組んで訊ねる。


「此処は墓標なんですよ」

 老人は安らかそうに言う。


「子供達は、みな、親や学校といった場所から逃げ出したかったんです。だから、私は匿っている」

「でも、貴方は世間では連続誘拐犯の犯人にされている」

「それでも構わない」

 老人は疲れた顔をする。


「子供達の何名かと話をしました。みな、この世界に生きる事を望んでいない……」

 白金は少し、悲しそうな顔をしていた。


「ええっ。彼らはこの世界に居場所が無いと言っています。そして、私の貯蓄も、もうすぐ、尽きようとしている。いつまでも、匿う事は出来ない。彼らも納得しています」

 老人は死を覚悟した、殉教者の安らかな顔をしていた。


「大量のガソリンと、睡眠薬の錠剤があの地下室には置いてあった。子供達を眠らせて、安らかな死を与えたいと。……だが、睡眠薬をオーバードーズで飲ませた処で、意識が蘇る筈だ。生きながら焼かれる苦痛を与える事になる」

 白金は冷たく告げた。


「全ては、私達は神の元に向かいますから」

 老人は答えにならない答えを返す。


「貴方は、子供達と一緒に、心中するつもりですね?」

 白金は訊ねる。


 老人は答えなかった。


「親元に返すつもりは無い。学校にも……。彼らは、安息の場所を欲している筈……。此処では無い、正規のフリー・スクールに通わせるべきだ。児童相談所にも」

 白金は無表情のまま、老人を見据える。


「…………、きっと、それが正しい事なのでしょう」

 老人は頷く。


「これから、警察に、匿名で電話を入れる。了承出来ますか?」


 老人は答えなかった。

 ただ、老人は十字架と聖書を見続けていた。


 白金と化座は共にステンドグラスを見ていた。

 眼の前の老人は、何を思って、死後の世界を見い出すのだろうか。彼は死後に子供達と共に天界に昇れると信じているのか。


 ………………。


 老人は白金と化座が眼を離した隙に、走り出していた。

 教会の奥の部屋へと向かう。


 化座は動かなかった。

 白金は動いていた。


 教会の奥は、地下へと続いていた。

 子供達がいる地下へ。

 螺旋階段を白金は走り続ける。


 得体の知れない空間へと入り込んでいる事に、白金は気付く。


 そこは、時間が止まった部屋だった。


 部屋には大量のクマのぬいぐるみが置かれている。

 おそらく、この教会に寄付されたものだろう。子供達の為に。キーホルダーになっている、クマのぬいぐるみだ。ヌイグルミが大きめのサイズなので、キーホルダーとして使った場合、すぐに留め金が取れてしまいそうなもの。


 八名の子供達がいた。


 先ほど、地下室で檻の外側から見ると、年相応に成長した姿だった。


 だが。


 今、老人に寄り添っている少年少女の姿は、誘拐された時の年のままだった。時間が止まったままの姿で、子供達は老人に寄り添っている。


 この異空間では、時間が止まってしまっている…………。


 白金は気付く。

 これが“異能力”なのか、と。

 牙口令谷の言葉で言う処の“狼男”。“人では無い力を持つ犯罪者”。


 鉄格子の外にも、ガソリンのタンクが置かれていた。

 だが…………。

 この鉄格子の内部にも、ガソリンのタンクは置かれている。

 老人はまるで、襲撃者が来た時に、必ず自殺出来るように周到に準備しているみたいだった。警察を想定していたのだろうが…………。


「わたしは、子ども達と分かり合っている。みな、この世界で生きる事を望んでいない」

 老人は松明を手にしていた。

 彼は床にガソリンを撒いていく。


 白金は地面を蹴っていた。


 老人を押し倒して、松明を奪う。

 そして、それをつかんで、ガソリンの浸かっていない階段の方へと投げ飛ばす。

 ライターやマッチなど、他にも持っているかもしれない。

 白金は手っ取り早く、老人の首を締め落として失神させる事に決めた。


 白金の腕によって、両手を拘束された時に、老人は抵抗するのを止めた。


「君達は生きたいかい?」

 白金は訊ねた。


「うん…………」

 少女の一人が言った。


「お兄さん、俺の話を聞いてくれて、ありがとう」

 別の少年がそう言った。


 それを聞いて、老人は涙を流し始める。

 白金は老人の拘束を解く。

 老人は顔を覆って泣き続けていた。


「わたしは、子ども達に残酷な事を…………。………………」


 少女二人が老人の背中を撫でていた。


「私は外の世界で、生きてみたいと思う」

 少女の一人が言った。

 一番、年長者。

 二十歳くらいの子だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?