宗教的な意味については、化座彩南は、少し調べている。
吸血鬼は“神の冒涜者”。“神の反逆者”とされている。
日本にも人の血を吸う妖怪の類は存在するが、基本的には、吸血鬼は西洋の怪物だ。当時の暴君とされる権力者の比喩とも言われている。
あるいは、西洋圏においての、ドラゴンや悪魔、蘇ってくる死体の類型とも。
“ブラッディ・メアリー”とは、16世紀のイギリスの女王メアリー1世の事らしい。
血塗れのメアリーと呼ばれていた存在だ。
当時、宗教的な異端者を沢山、虐殺した女王なのだそうだ。
警察が化座の犯人像を特定する際に分かったのは、犯人は女である、という、ただその一点だけだった。年齢さえも、彼女を特定する事は出来なかった。警察の見解では、当初は、四十代くらいの女。結婚詐欺を繰り返している人物と、推察していた。だが、未解決事件として続いている。
当時は“ブラッディ・メアリー”だの“ブラッディマリー”だのマスコミは呼ばれていたが、レストランで報道を聞いていた化座は、悪戯心で、マスコミに手紙を送った。
彼女は“ブラッディ・メアリー”のメアリーを、メリーと聞き間違えた。
……はあ? 私はメリーさんの羊か何かか?
その冗談みたいな、名前を、化座は少しだけ気に入った。
その後、スマートフォンで、ブラッディ・メアリーの名前の由来を検索した。
……イギリスの女王? ブラッディマリーにしてもトマトジュースの酒の名前だ。
そう言うわけで、マスコミに抗議文のようなものを送り付けた。
そもそも、歴史の女暴君と自分を重ね合わせる事に違和感があったし、トマトジュースの酒の名前というのも何とも言えない気持ちになったからだ。
化座は、メアリーやマリーではなく、メリーにして欲しかった。
大きな差異は無いが、名付けられた女暴君の人生と自分は違うし、名前の一文字くらい変えてはどうか、との感想が、化座にはあった。
その抗議文があった翌日、二日後くらいから、犯行声明文を送られたという報道がなされた。そして、名前を少し変えてくれ、という意見は取り入れられた。
抗議文には、被害者の血痕を付着させていたので、一般人の悪戯とは捉えられなかった。本人からの手紙なのだと、マスコミも警察関係者も充分に理解してくれた。
そして、化座は『ブラッディ・メリー』という名前を今では気に入っている。その名は日本中を恐怖に陥れる異常なサイコパスの名前として、よく知れ渡っているからだ。
化座は『ブラッディ・メリー』と呼ばれてから『ブラッディ・メリー』を演じ続けている。マスコミがこぞって喧伝する。彼女はマスコミのラブコールを嬉しく思う。大衆の彼女に対する憎悪は、まるで。一人の連続殺人犯に対して、邪悪な暴政を生み出し、民衆を虐げる暴君のように思い描いているのか。
化座は、自分自身の容姿を美しいと思う。
それは自他共に認めている。
だが、心の中はどうなのだろうか。
獰猛で、強い狂暴性を帯び、グロテスクに人間の身体から血を吸っている。
幼い頃から起きた吸血衝動。
自分は“吸血鬼”として、生まれた。
けれど、伝承によれば、吸血鬼は夜にしか歩けなく、日光の下では灰になるらしい。
化座は、太陽に照らされながら歩いている。
伝承によれば、吸血鬼は不老不死だ。
化座は、伝承の怪物を、羨ましく思う。
自身の身体は老いて、自身はいとも簡単に死ぬ。
…………。
化座は、幼少期のトラウマを思い出す。
彼女は四歳の頃に、交通事故にあった。
輸血が大量に必要だった。
覚えている記憶は、自分の身体の中に、輸血の血が入り込んでいく。
死の恐怖が、彼女の中に植え付けられた。
…………。
それから、思春期が始まる。
自身を理解してくれない両親。
学校の人間関係の不和。
誰も自分を理解してくれる存在などいない…………。
自分が他人と違う、という孤独は、絶望的なものだ。
SNSで、自傷行為を繰り返す人間や、中二病的なモチーフを好む者達と交流してみたが、何かが違う。やがて、彼らと自分も、絶対的に分かり合う事が出来ない、何かだと知るのに、たっぷり五年以上の歳月を費やした。
そして、彼女は、23歳の時に、犯行を決行する事に決めた。
あれから、二年。二年半くらいか……
そして、26歳の化座は、心を開ける人間と共にいる事を嬉しく思うのだ。
自分は、彼らの為になら、死んでもいいとさえ思った…………。
†
スワンソングは、ドール・ハウスの分析を続けていた。
建物は人里離れた場所にある筈だ。
人から隠れる為には、山の上のような気がする。
おそらく教会だろう。
山の中にある教会なら、幾つか絞られる。
別に自分達は、警察の人間じゃない。プロファイルが外れていたとしても、上から何か咎められる事も無い。ただ、正体に興味があるだけだ。
スマホを弄りながら、ネットで散々、検索した結果。
ある場所を発見する事が出来た。
関東圏の田舎にある。
山の上の廃教会だ。
8年くらい前に、打ち捨てられている。
もし、その教会に誰かが住んでいたとしても、今では誰にも分からないだろう。
取り壊される予定も無さそうだ。
その教会は元々、福祉施設であったらしい。
孤児達を沢山、育てていた。
そして、孤児達を別の孤児院に預けた後、潰れた。
この児童養護施設は、極めて、経営不振だったらしい。
福祉の手が行き届いていなかった。
国からの援助を出し惜しみされていたのだ。
「彩南さん。運転を変わって戴けませんか?」
「えっ。いいけど、私の車、疵付けないでよ?」
「…………。はい、大事に運転します」
ムチャ運転をしている彼女が言う事か…………。
「僕は『ドール・ハウス』の居場所を特定出来そうだ」
有休を使って、こんなドライブもたまには悪くない。