白金の父親は彼が二十五歳の時に脳梗塞で倒れた。
白金は既に連続殺人犯“添削屋”ないし“スワンソング”として三人目の犠牲者を生んでいた。父の代わりのように慕っていた劇団長も含めて四人殺していた為に、捕まれば死刑は免れず、家族は晒し者になるだろう……。
自分と母親を捨てた父親は白いベッドの上に寝たきりになり、見る影も無かった。
十年前、あれ程、威嚇的だった父の面影は何処にも無い……。
「父さん…………」
既に殺人犯として何度も経験を積んでいた白金は、動かぬ父を容易く殺す事も出来る…………。
だが…………。
白金は泣き崩れ、父の腕を握り締めた。
「朔か…………」
「はい…………」
「ありがとうな…………」
「はい。父さん…………」
多分、その時に憎しみでいっぱいだった父親と和解出来たのだと思う。
警察に自首しなかったのは、父と母を世間の晒し者にしたくなかったからだ。
自殺も考えたが、それも止めた。
今だ、彼は生きている。
そして、白金朔は、それからも三人のアーティスト達を殺害する事になる。
償いをさせたい、という衝動を抑える事が出来なかった。
凶悪殺人犯本人と、殺人犯の家族、親戚なども世間はこぞって吊るし上げる。
白金はその事実を忌み嫌う。
親兄弟は関係が無い。
白金には妹もいた。
父の下で引き取られていた。
父と再会した時は、中学生だった。
何とか父の貯金で生活費をまかなっている。高校に行ったらバイトしながら学校に通っていた。大学は行かずに今は社会人をしている筈だ。幸せになって欲しいと願う…………。
†
「仲間同士、分かり合うのは大切だと思う。けども、私は二、三ヵ月前に、腐敗の王のグループに入ってから、人間関係で苦労しているわ」
化座は、本音の心情を、白金に吐露する。
「空杭と菅原は駄目ね。空杭は親に虐待されまくって、幾つも人格が存在する。幼少期から、使い分けていたみたい。私は奴に幾つ人格が存在するか分からないけど、会話をしていて、奴からは正体不明の怖さしか存在しない…………」
「そう言えば、空杭さんの性別は?」
晩餐の顔合わせの際に、そして、あの後、何度か会話した空杭に関して白金は思い出す。
「どっちの性別でも無いんじゃない? 腐敗の王いわく、元の性別は女で、胸を手術で取ったり、ホルモン注射なんかをして男性的な身体に変えたらしいけど……“天使”に性別は無いらしいから、どっちの性自認でも無いって聞いた。……男女、どちらの人格もあるとも」
化座は空杭に対して、本当にウンザリしている顔をしていた。
空杭は、底が知れない。
白金も、何となく分かる。
あの好青年は、果ての無い程の闇があり、その闇の種類は複数存在するのだと。
そして、その闇の質は、化座とも、白金とも違うのだ。
「後。菅原がウザい。彼は私と理解し合えると思っている。でも、彼も幼い頃から両親に虐待されまくって、頭がおかしくなっている。強面のヤクザが美人でやり手のキャバ嬢に恋をする、ラブストーリーに憧れているけれど。彼は、何度も、女性関係で破綻しているらしいの。男性社会で育って、本音では女を軽蔑しているわ」
「ああ、います。僕の会社にだっています。本当に面倒臭い」
「どうせあれでしょ? 男の美学、みたいなのを持っていて、女性を理想化し過ぎている。理想化し過ぎて、不信感と軽蔑心も強く持っているタイプ」
「そういう人間は、酒やギャンブルや風俗の話をよくするんです。でも、僕はどれも余り興味が無い」
「分かる! 面倒臭い!」
化座は嬉しそうな顔をする。
「キャバ嬢やっていて、そういう客を相手にしていて、本当に疲れた。LINEで気持ちの悪い文章ばかり送ってくるの。菅原も、かなり性格がねじまがっているけど、そういう男の類型にしか思えない。奴に口説かれて、少し疲れているの」
「仕事においての有能性を誇示して、他人を軽蔑したがる。“俺はこんなに優れている。俺を見習え”。そんな事も言ってくる。けれど、女性社会からは裏で話のネタにされている」
化座は腹を抱えて笑った。
白金は、身内に対しての鬱憤を言い続ける化座の話題を何とか変えさせようと考えていた。おそらく、彼女は腐敗の王以外は信用していない。
腐敗の王は“家族”は、みなで仲良くするべきだと言っていた。
組織、グループの人間同士は仲良くするのがベストなのは当然だろう。
だが、化座はかなり不満を抱いている。
腐敗の王は理想的なグループを作りたがっているが、みな、心に深い闇を抱えている。何かを間違えれば、破綻して、最悪、殺し合いになるだろう。彼はそれを見越しているのか…………。
「話を少し変えますが、哲学者であるキルケゴールの本が僕、好きなんですよ。孤独とか、疎外感について、書かれているんです。他人と分かり合えない自分に関して、書かれているんだ。もっとも、彼の著作は哲学の本ですから、専門用語が多くて、内容は難しいですけど」
「ああ。小難しい話? 私、本は読まないけど」
化座は少し考える。
「貴方に勧められたら読むかも」
化座は嬉しそうな顔をしていた。
†
先ほど、口では、菅原の事を悪くいい、空杭にも嫌悪を示した。
だが、化座は、彼らを“仲間”だとは思っている。
恋愛対象ではないが、大切な仲間だとは…………。
菅原と空杭。
二人の闇が、ただ、自分の心の闇と違う、というだけだ。
これでも……、キャバクラ勤務をしていた為に、男の話を聞くのは上手い方だと、彼女は考えている。
だから、男性原理の強い、菅原に込み入った事を聞いてみた事がある。
菅原は、まるで、幼い子供が、母親に自分の全てを理解して貰いたいかのように、化座に対して、自分の人生を語り続けていた。
化座は菅原の話を聞いていて、彼のトラウマの話に関心を示した。
……幼い頃、俺の家庭は、親父が、いつも、飼っているペットを殺しやがったんだ。俺の目の前で……俺の大事なハムスターとか、小鳥とか、金魚もだ。酷い時は小犬や猫の時もあった。奴は人生の憂さ晴らしを動物虐待で晴らしていやがった……。
“親父が飲んだくれていた”や“殴ってきた”ではなく、一番、最初に菅原が話したトラウマがそれだった。勿論、菅原の父親は飲んだくれていたし、息子を殴ってきたりもしていたが、菅原が一番、トラウマを抱えているものはそれだった。
親は子供に何をしてやれるのか。
子供は親に何をしてやれるのか……。
菅原は彼を虐げていた父親が死んだ時は、爽快で、人生で一番、輝かしい気分になったのだと言っていた。
化座は、菅原のヤクザ的な気質がどうにも駄目だ。顔も好みでは無い。
男性のタイプでは無いが、菅原の力と、そして過去には興味がある。
だが、深入りしていく際に、共感する事は出来ない。
そのどうしようもない、決定的な違いが、化座が菅原を拒む理由の一つになっている。
破壊欲と攻撃衝動を隠して生きている化座にとって、理想的なパートナーのタイプは、女性的な男性だった。女に近ければ近い程、良い。
スワンソングの愛憎は、女性の二面性そのものだ。
それも、物凄くタイプだ。
スワンソングの存在をTVで知ってから“この殺人犯に自分の作品を見て貰いたい”。化座は、ずっと、心に秘めていた。このシリアル・キラーとなら、自身の孤独を共有し合えるのではないか、と…………。
ファンは、アーティストに対して“理想像”を求める。
アーティストの方もまた“自身の作品の全てを理解してくれるファン”を求めている。
本質的には、恋愛のパートナーみたいなものだ。
恋愛関係がこじれて“貴方は昔と変わった”と、失望し、憎しみを抱き、スワンソングは、人を殺害してきた。化座はそう理解している。
「朔ちゃん、貴方は何で救われる?」
化座は一人、呟いた。
彼の心を解剖してみたい…………。