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『化座と白金 ドール・ハウスの独自・捜査』

 土曜の午後だった。

 白金は、今日、仕事は休みだ。

 いつもは事務職をしているが、最近は腐敗の王の処にいる。

 この処、腐敗の王のアジトに寄ってから、彼のアジトであるリビングルームで寝て、職場に向かう事が多い。

 白金は可能な限り表の顔を取り繕っていた。

 腐敗の王といると、居心地が良い。

 人生において、ぽっかりと空いた穴が埋まっていくような気分だ。

 ……僕に、友人なんて出来るのか。本当の友達など…………。


 そんな白金だったが、数日間、住んでいるマンションに戻っていない為に、着替えを取りに帰ろうかどうか考えていた。


 そんな時、化座に声を掛けられた。

 近くで見ると、気が強そうではあるが、気さくな美人といった感じだった。

 白に近い金髪を長く伸ばしている。

 服装は真っ赤なドレスだ。

 服のデザインは龍や薔薇の絵が描かれている。

 両耳には、真っ黒な十字架のピアスを付けていた。


 独特のファッションをしているが、水商売の仕事では、ちゃんと仕事用の服を持っているのだろう。彼女も社会には溶け込んでいる筈だ。


「朔ちゃん。いいかしら? 少しドライブに付き合ってくれない?」

「いいですけど。車は持ってらっしゃるんですか?」

「ええっ。王のガレージに私の車を置かせて貰っている。もっとも、お金が溜まらないので、百万くらいの車だけど。外装のデザインが美しい」

「そうか。僕も運転出来ますよ。ドライブなら連れていきましょうか?」

「いいのよ。私がリードしてあげる」

 化座は屈託無く、笑った。


 そして、化座は白金を乗せて、車で高速道路を走っていた。


「連続誘拐犯『ドール・ハウス』に関して、どう思うかしら? 私がせっかく、特殊犯罪捜査課の連中に挑戦状を送ってやったのに、この犯人のせいで、台無しにされた。出足をくじかれてしまった。正直、腹が立つわ」

 車内でトランス・ミュージックが流される。


「誘拐犯は、小児性愛者では無いと思います。おそらく、家族を欲しがっている」

 白金はそう答えた。


 しばらくの間、化座は黙っていた。

 そして、ふうっ、と、小さく溜め息を吐く。


「プロファイラーの連中は、誰もが人間を解剖したがっている。私と同じ。朔ちゃんも、少し、その傾向と、才能があるわね」

「そうですか……? 僕は、そう思いませんが」

「でも、腐敗の王は、貴方をそういう風に評価している」

 彼女の運転は少し危なっかしい。

 カーブのコーナーでも、スピードを出し過ぎている。

 ハイリスクのスリルを求める傾向があるのだろう。

 スワンソングは、そんな化座の行動を見て、シートベルトをちゃんと締めるように指摘した。


「朔ちゃん。親と仲は良い?」

「どうでしょう? 僕の両親は僕が中学生の時に離婚している。多感な時期だった。母親の下で育てられました。とても孤独な学生時代でしたよ。彩南さんは?」


「私も悪くはない。ただ父親が厳しい人だった。社会的な名誉を求めたがる人。昔はそれで窮屈な想いをしていたかな。でも、私に対する強い愛情はあった。お祖母ちゃんはかなり甘やかしてくれた」

 化座は車の速度を上げていく。


「そうですか。僕も親には感謝している。社会人になって父親とも和解しましたし」

 白金は化座の運転を危なっかしく思う。


「私は異常快楽殺人鬼や連続殺人犯が必ずしも過剰に親から虐待を受けて育っている、という説を疑っているわ。そのケースは多いけど、そのケースだけじゃないって事。戦争のトラウマ、貧困。いじめ、性暴力被害、色々あるわね」


「そうですね。虐げられた弱者が、社会に対して牙を剥く。分かりやすい構図だ。そうやって人は“理解出来た”と思って、安心するんです。異常者を自分の心と同化させたがる」

 白金は言いながら、少し考える。

 社会的な秩序を破壊した者を憎悪する感情と、秩序を破壊した者に共感、理解、同調を示す感情は何なのかと。大衆と言っても、もしかすると、憎悪する者と共感する者は、別の人種なのかもしれない。


「それにしても、親には申し訳ない事をしたと思っているわ。本当はマトモに社会的地位を持って、親に認めて欲しかった。そういう人生があっても良かったかもしれないわね。でも、私は駄目だった。化け物として生まれたから」

 彩南は溜め息を吐く。


「それは仕方無い…………。確かに僕も申し訳ないと思っていますよ。自分の息子が世間を賑わせている、連続殺人犯なんて嫌でしょうに」

 白金は深く溜め息を吐いた。


「でも。私達の仲間で、菅原と空杭は親との関係に相当な問題があるらしいわ。菅原は反社会組織の家庭で育ち、ギャンブル依存とアルコール中毒の父親に殴られながら育ったって言っていた。極めて典型的。親が死んでスッとしていると。空杭はよく分からないけど、あれも酷い虐待があったらしい」

 そう言いながら、化座は少し考えを巡らせていた。


「この私が、実の父親から幼い頃から、性的虐待を受けて蹂躙され続けていた、っていう事実でもあれば、世間は納得するのかしら?」

「さあ。少なくとも“共感したような錯覚”を得るとは思います」

「でも、現実には、そんな事は無い」

 化座は、せせら笑う。


「私は洋画が好きで、ラブロマンスが主に好きだった。他にSF、ホラー、アクションと色々、観たけど。そうね、ゾンビ映画も好きだったな」

 化座は更にスピードを上げていく。

 信号が黄色でも、スピードを上げる。

 交通違反をした際に、警察に止められるとやっかいだ。

 この車から、自分達の正体に辿り着く事は出来ないと思うが、あまり痕跡を残したくない。何から、自分達の正体を特定されるか分かったものじゃないからだ。


「そうだ。幼い頃は英才教育みたいなのを受けさせられてね。私は過保護に育てられたと言ってもいいわ。塾、英会話、絵画教室、書道、色々、やらされた。偏差値の高い大学に入る事を望んでいたんでしょうね。父は私が医者や弁護士など、社会的に地位が高い存在になる事を望んでいた。思い出してきたわ。小学校の頃から、吸血衝動が酷くなってきた。最初は自傷して。自分の血を飲み始めた」

 彩南は少し考え込む。


「父親に認められたい。その反動ね。高校の頃、志望校に入学出来なかった時、お父さんは、少し落胆していたわね。大学の時はそうじゃなったけど」


 トランス・ミュージックの音楽は、激しくなっていく。

 CD内の激しい曲調のものが、再生されるのだろう。


「…………。サディスティックな衝動は、身体的虐待ではなく、過保護の経緯から発露するとも聞いた事があります。あるいは、世間への恨みよりも、他者を支配したいという欲望の根底には、親からの過保護の経験があると」

「ああ、それね。きっと、そうだわ」

 化座は頷く。


「自分自身の闇を見つめなければ…………。自分自身をプロファイルする事によって、他人をプロファイルする事が出来る。違う? 朔ちゃん。王から、貴方は他者へのプロファイルを求められている筈。王の期待に応えて欲しいわ」

 そう言った後。

 化座は少しだけ、獰猛な眼付きをする。


「だけど。私が世間から認識される栄光は、破壊と残酷。犯罪史に名を遺す悪名高き凶悪犯として、怪物として、名を残す。邪悪なる遺物を生み出した存在として、闇の歴史を刻む」

 化座の眼付きは鋭く尖っていく。


「親が子供にしてあげられる事と同じように、子供が親にしてあげられる事って何かしら? 特に私達のような存在には分からないわ」

「それはそうだ」


「菅原に以前、少し訊ねたら、復讐だ、と言っていたわ」

 赤信号だったので、化座は急ブレーキを踏む。

 後ろの車がクラクションを鳴らしていた。

 やはり、化座の運転は危険極まりないな、と、白金は思う。


 先ほどからの、化座との会話で、白金は、ある結論に達する。


「『ドール・ハウス』は、誘拐した子供達の親になりたがっている。僕はそう思います」

 白金はそう告げた。


「そうだ。話題を変えましょうか」

 化座はトランス・ミュージックのCDを取り出して、代わりに、グレゴリオ聖歌の音楽を入れる。


「アーティストの本質は何だと思う?」

 化座は唐突に訊ねる。


「どうでしょう? 自分の才能を世間に知らしめたい、と、僕は認識していますが」

 白金は答える。


「不信感が強そうな眼と声ね。流石、スワンソング。でも、私の考え方は違う。それは“自分の感性をより多くの人間と共有したい”だと思う。少なくとも、私はそう」

 信号が青に変わる。


 世界観の共有か…………。

 それは、きっと、家族にも言える事なのかもしれないなあ、と、白金は考えていた。

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