警察署の近くにある喫茶店で、葉月と令谷はファイルの見直しをしていた。
「『リンブ・コレクター事件』の解決の後で、私の銀行口座に給料が振り込まれていたわ。私も『特殊犯罪捜査課』の“捜査官”として、正式に任命されているって事ね。私も、警察組織の人間って事になるのかしら。それにしても、公務員並みの給料が入るとは思わなかった。警視庁、見直すかも」
「ああ。そうだな。警察組織の犬だとも言えるな」
令谷は少し自嘲を帯びた口調で言う。
「別にいいわ。誰だって、組織の犬だし。何にしても、私はアルバイトを新しく探さずに済むわ。親から自立出来る段階を踏める」
「俺は強制的に、親から引き離されたな」
令谷はブラックのコーヒーを口にしていた。
エスプレッソだ。
葉月はサラダとコーンスープを口にしていた。
「ドール・ハウスは倒錯性があると思うか?」
令谷が珍しく、葉月に訊ねる。
「小児性愛者。ロリコン。ペドファイルの類では無い、と、私は断言したわ」
「だが。何らかの異常者には変わらないのだろう?」
令谷は首を傾げる。
「処で、変態倒錯ってのは、異常犯罪者の特性なのか?」
令谷は異常者の気持ちが理解出来ない。
彼の頭の片隅には、つねにあの“狼男”の存在がある。
満月の夜に犯行を行う化け物…………。
「私が変態だと遠回しに聞いている?」
「それは深読みだ。だが…………、もし、そう受け取ったなら、お前の見解を聞いてみたい。お前は倒錯者なのか?」
令谷は、あえて異常性、倒錯性、変態、といった言葉の意味を混同するように訊ねる。
「ああ。私が変態? でしょうね」
葉月はあっさりと認める。
「加虐心と死体愛が抑えられないの。この前、道路で大きめのウシガエルを見かけて、思わず、手づかみにしてしまった。ひんやりしていて、気持ちいいの。変温動物は死体の感触に似ているわ。空想を止められなくなる」
彼女は温かいコーンスープを口にしながら、真っ黒な感情を吐露していく。
「まあ。普通の女の子だったら、生きているカエルとか、ネズミとか、手づかみなんて出来ないわよね。きゃあきゃあ言って、煩い。でも、私は蜘蛛でも触れる。……その代わり、犬や猫と触れ合うのが好きじゃない。見ている分には可愛いけど、触りたくないのよね」
しばらくして、ハンバーグ・ステーキが運ばれてくる。
それから、小豆アイスクリームのデザートも。
葉月はハンバーグ・ステーキをナイフで切り分けていく。
口に運ぶ。
「人間の愛のカタチに、ノーマルとかアブノーマルとかあるのかしら?」
葉月は考える。
「それは社会的に見て、健全か不健全かに過ぎない。誰もが、少し病的で、倒錯的な面を持っている。専門分野では無いけれど、古典的な精神分析医であるフロイトはそんな事を言っていた気がするわ。……もっとも、大学の講義で習った程度の知識だけど」
葉月は佑大にメールを送っていた。
彼女は佑大をこの事件で巻き込むべきかどうか迷う。
結論として、巻き込まない事を選び、葉月は他愛も無いメールを彼氏に送る。
…………。佑大はワー・ウルフとリンブ・コレクターの分析に付き合わされて、精神的に参っていた。彼は葉月のプロファイルを手伝っているが、繊細な性格をしているので気鬱になりやすい。無理はさせられない。
それから、怜子にもLINEでメールを送った。
令谷の友人の彼方とは、上手くいっているか、といったメール。
「『ドール・ハウス』の件は、現時点では、分からないわ。刑事課の連中に任せましょう」
そう言うと、葉月はデザートの小豆アイスを口に入れる。
『ドール・ハウス事件』を整理して、書き記したノートを鞄の中にしまう。
ファイルにも丁寧に行方不明になった場所や顔写真、経歴、名前、年齢、事件の起きたと思われる日付けなどなどが、記載されていたが、メモとして書き記す事によって、脳内で記録情報が再構築され、頭の中で改めて再構築される。コピーとして、メモを書き記すのは良い。
『ドール・ハウス事件』。
五年前から起こっている誘拐事件だ。
被害者は八名。
最初の事件は9歳の少女が誘拐された事件だ。それが五年前。生きていれば14歳。
二番目の事件は四年前、13歳の少年が誘拐される。生きていれば17歳。
三番目の事件。四年前。8歳の少女が誘拐される。親から虐待された形跡あり。生きていれば12歳。
四番目。三年前。11歳の少女。親から虐待された形跡あり。生きていれば15歳。
五番目。三年前。17歳の少女。学校でいじめられていたらしい。生きていれば20歳。
六番目。二年前に、14歳の女子中学生が誘拐される。生きていれば16歳。
七番目。一年前に、10歳の男児が誘拐される。生きていれば11歳。
今回、八番目となる、誘拐されたのは12歳の男の子だ。
今の処、五名が少女で、三名が少年。一番、幼いのは八歳。一番、上は十七歳。
子供を性的対象にして暴行を加える犯罪者は、幼い子なら男女問わずの傾向があるらしい。今の処、一番下が八歳。一番上が十七歳。
葉月は考える。
そして、ある推理の一つに行き当たる。
犯人の正体に関してだ。
被害者は学校か家庭と不和だった。
なら、彼らは救いの手を差し伸べてくれる大人を必要としていた筈では……?
葉月はあえて口に出さなかったが、どうしても、この可能性が引っ掛かる……。
不登校児が集まるフリー・スクールの経営者。
それが誘拐犯の正体なのでは? と。