リンブ・コレクター事件の犯人が『特殊犯罪捜査課』の者達の手によって、始末された。今、犯人が残っていた死体や戦利品を隠していた小屋は警察関係者やマスコミで溢れかえっていた。この事件は今、世間の一躍ブームになっている。
腐敗の王の仲間達である二人は、ある地下のBARで飲んでいた。
真っ赤なドレスの長い金髪の女と、真っ黒なスーツを着た髭面の男だ。
「今、働いているキャバクラ店『アニマ』の二歳下の子がさ。私に嫉妬してきた。“アヤさん、肌綺麗になりました? 化粧品、何使っているんですか?”。いつも嫌味ったらしい先輩からも言われた“いつまでも若くいられる秘訣はなんなの?”と。私は答えたんだよね~、それは、真っ赤な口紅を使い続ける事なんだって。誰よりも、真っ赤な口紅だって、それから、私は勤務外も赤いドレスで生活している。夏なら赤いキャミソール。飲み物はローズヒップ・ティーに少量の砂糖。重要な事なの、そういうコダワリが、自分自身を形作るんだって。でもね、そんな事を言ってさー。真面目に返しても、また嫌味や皮肉を言われた」
そう言いながら、化座彩南(ばけざ あやな)は、ジャズを流すBARの中で、菅原と飲んでいた。
菅原は顎下の無精髭を撫でながら、アブサン酒をちょびちょび口にしていた。
退廃の酒、アブサン。
菅原はアブサンが好きだった。
「俺の雇われている組なんだが。関東・吐古四会(とこしかい)。若い衆の何名かが、ヘマをやらかした。上物のドラッグを数十万程、抜きやがったんだ。ヤク中だからな。それで、そいつらの始末を頼まれているんだが。化座よ。お前、貰うか? 若くて美しい肌だ。以前、ヤク中の美青年が欲しいと言っていたな…………」
「うん。それは嬉しいねっ! で、スガー、スガー。聞いてっ! あまりにも、先輩と年下の子の妬みが喧しいものだからさー。そいつら、その“化粧品”と“香水”にした。……今日はプレゼントがあるの。スガー、香水の方、貰わない? 良い香りだよ?」
そう言って、グッチのブランドバッグの中から、化座は、桃色の香水を取り出す。市販に売られているものだ。もちろん、中に詰められているものは、入れ替えられている。
菅原はそれを受け取って、少し手の甲に振りかけて臭いを嗅ぐ。
「上物だな。色も美しいんだろ? だが、化座、あまり、目立つ事はするな。やはり、俺達は、社会や組織に従属した方がいい。俺は吐古四会のメンバー、組長、若頭、武闘派連中含め、構成員計千数百名を、日本中何処にいても一晩で一人残らずバラして、十数億の金を持ち逃げする事も可能だが。吐古四会の暗殺部隊のメンバーとして、ヤクザをやっている。月々の給料は、三十万程度だが、それで人生に満足している。足る事を知れ、化座」
そう言いながら、菅原は煙草に火を点けた。
二人は互いに近況を報告し合っていた。
化座はLINE依存症で、菅原ともLINEを交換していたが、あまり返していない。菅原は化座に好意を持っているのは分かっているが、どうにも、異性として見る事が出来ない。……ただ、仲間である、という事の大切さを感じてはいるが……。
天使のアイコンから、二人のLINEグループにメールが届いた。
『腐敗の王』の片腕である、天使を名乗る人物・空杭が、化座と菅原に“ギルド”の指示を送っていた。腐敗の王は、協力、あるいは共存、共生し合う事を望んでいる。
『ブラッディ・メリー』。化座彩南(ばけざ あやな)。
『ヘイトレッド・シーン』。菅原剛真(すがわら ごうま)。
二人は腐敗の王の意見を尊重し、捕食する側の人間達だ。
警視庁は彼らを『連続殺人犯』だとマークし、警視庁の裏部隊である・特殊犯罪捜査課からは『狼男』と呼ばれている。
化座はポシェットから、口紅を取り出して化粧直しを始める。
それを見て、菅原は化座の唇に触れる。
菅原は口紅の付いた指先の臭いを嗅ぎ始めた。
「ちょっとー。何するのよ」
「いや。おめーよおぉ。そういう処が、何て言うか。駄目なんだぜ。匂いがもう出てしまっている。テメェ―の自作品の匂いがな」
「別にいいじゃない」
「よくない。俺は陰に隠れたい。お前は派手過ぎる」
二人はしばらくの間、互いを睨み合っていた。
たっぷり三十秒後。
二人は、取り出したそれぞれの得物を、相手の喉に向けていた。
化座は取り出した細長いナイフを菅原の喉に突き付けていた。
菅原は玩具のような銃を化座の喉に押し付けている。
「どちらが強いか。試してみるか? ええっ? 『ブラッディ・メリー』。テメェ、頭吹っ飛ばされたくらいじゃ死なねぇーんだろおぉ?」
「ははっ! 吸いたいなー、吸いたいなー、スガーの真っ赤なジュースを吸いたいなー。これ後、数ミリ動かせば、動脈から真っ赤なシャワーを浴びれるんだよねえぇー!」
二人はしばらくの間、睨み合っていた後、互いの得物をしまった。
二人のスマートフォンからLINE音が鳴ったからだ。
天使からのLINEだ。つまり、腐敗の王の指令だ。
「ほう? 狼男狩りを自称しているガキ、牙口令谷を始末しろ、だとよ。賞金を出す、と。賞金額は…………」
「ふふっ! この子イイネっ! 水色に髪を染めているのかな? 肝臓とか胃とか、綺麗そう。煙草は吸っているのか。じゃあ、肺はダメだなー。でも、うなじとか抜きたい。血抜きがしたいっ! 決めたっ! この子を使って、バスクリーンを作るっ!」
化座は、賞金額を見ていなかった。
菅原の方は、まじまじと、牙口令谷のプロフィールを眺め、提示された賞金と釣り合うものか考えていた。
二人は『シリアルキラー』だ。
警視庁・特殊犯罪捜査課に指名手配犯として犯行手口を見られて“俗称”で、マークされている。正体は未だ、知られていない。
そして、化座も菅原も『シリアルキラー』としての矜持を持っている。
菅原は、二杯目のアブサンを注文する。
「『ブラッディ・メリー』。この獲物はお前にやる。俺は吐古四会のご機嫌取りの為に、対抗組織のメンバーを四人程、始末するように言われている。一人五十万。四人で二百万だな。腐敗の王が提示した金額も二百万だ。牙口令谷の実力には興味があるが、そのリスクを今、取るつもりは無い。特殊犯罪捜査課を敵に回すのも面倒だ」
「じゃーあー。私、やるねー。やるやるー。ちょうど、腸詰め用の道具を買おうと思っていたのねっ!」
「ああ、そうだ。お前。俺の処の若頭がキレていたぞ。……怒りを通り越して、ドン引きもしていたなあぁ。この前、何故、バラす人間を“花壇”のようにガーデニングしやがったんだあ? 今時、裏社会の人間でさえ、あそこまで残忍な殺害方法はしない。“頭蓋骨に生きたまま、大量のストローを刺しやがって……”、しかも、ストローが頭から出ている分には、多種多様な花が飾ってあるときてやがる。…………、若頭以外もドン引きしていた」
「さっきは、若い連中に、落とし前を付けさせたい。私にそれを依頼したい、って言っていたのに、矛盾しているなあー。私に頼むんなら、好きなようにさせてくれないと。スガーも、若頭の五黄さんもさー。別の組で同じ事をやったら、喜ばれたよー!」
「いや、喜ばれていない。お前は恐れられているんだよ」
菅原は苦々しく苦言を言う。
彼自身も、同じような眼で裏社会の人間からは見られている…………。
化座彩南は、そろそろ出る、此処はスガーの奢りでねー、と言って、店を出ていった。
菅原は化座の事が好きだった…………。
だが、今の関係は“友達以上恋人未満”の関係だ。
性交渉も無い……。
化座は性行為をした相手は必ず殺害している。残虐に。
菅原は、化座になら、殺されてもいいな、と考えていた。
性行為には、互いの合意が必要だ。
その辺りは、菅原は紳士的に考えている。
「残念なのはだ。化座、お前は腐敗の王が好きなのかな? 王を殺したいのか? それとも殺されたいのか? 俺も腐敗の王を尊敬している。唯一無二の俺の理解者だ。…………、神ってのがいるのなら、残酷だ。何故、俺にこのような感情を与えたのか…………」
そう言いながら、菅原は三杯目のアブサン酒を頼んだ。
そう言えば、最近、入った新入りの白金朔。
『スワンソング』。
化座は、妙に、彼にも気があるような素振りをしている。
腐敗の王に向ける視線とも、また違う。
女の眼を見れば、大体、分かる。
「成程。本当に好みの男ってわけか」
菅原は苦々しくアブサン酒を飲み干した。
成程。
腐敗の王は、彼女にとって“父親”のような存在。
スワンソングこそが、彼女の本当に“好みの男性”なのだろう。
お互いに、異名でTVのニュースでは知れ渡っている。
二人は気が合うに違いない。
†
化座は、元々、別の組のお抱えの“処刑人”をやっていたが、菅原の所属している吐古四会に回された。“狂暴過ぎて手に負えない獣”だ、と、その組の組長は、泣き言を言っていたらしい。その関係で、菅原と化座は知り合う事になった。
化座彩南が、暴力団組織・関東・吐古四会の若頭である五黄年春(いつき としはる)の女を寝取った男を始末したのは、二ヵ月前の事だった。
その男は、上半身裸で和彫りを見せながら、椅子に縛り付けられていた。
化座が、依頼された内容は、目の前の椅子に座っていた男の財布の中に入っていた金額、十二万五千六百十七円を報酬に、その男を好きに使っていいという事だった。
化座は“いつも通りに”大量の花を買ってきて、経費と交通費が余計に掛かるなあ、と愚痴った。
縛られていた男のマスクをはぎ取ると、化座の美しい顔を見て、その男は何故か安堵感に包まれた顔をして、その後、すぐに化座に卑猥な言葉を吐き散らしていた。
彼女は、屠殺される前の豚が暴れているなあ、くらいにしか思わなかったが、余りにも喧しいので、まずはその男の処遇をどうするかを教える事にした。
「ねえ。今から、これを貴方の頭に突き刺そうと思うの。全部で二十四本ある。二十四種類のお花を花屋さんで買ってきたよー」
そう言って、化座は金槌と、鉄製のストローを男に見せた。
「薔薇にカーネーション。菊にガーベラ。素敵な花瓶になるね。あ、そうだ。二十四本、全部、刺しても生きていたら、見逃してあげる。ほら、海外とかで、頭に異物が刺さって、脳が半分くらい無くなっても生きていた人っているらしいから」
そう言いながら、化座は、男の毛髪を剃刀で丁寧に剃り始める。シャンプーを泡立てて、事が始まる前は、頭皮をなるべく傷付けないように。
すっかり、男の頭から毛髪が無くなった後、化座は一本目のストローを刺し込む事にした。金槌で丁寧に叩いていく。その頃には、男の顔面も固定されていた。
ストローが深く食い込む度に男の絶叫と、血と、頭蓋骨の破片が飛び散っていく。次第に、その中には脳漿も混じるようになった。ピシィ、ピシィ、と、化座の綺麗な顔や肌、服に血と脳漿が飛び散っていく。唇に脳の欠片が付着して、化座はそれを舌で舐めとる。
やがて、二十四本分の花を挿し終えた後、男も全身をガクガクと痙攣させていた。大小便を大量に漏らしていたので、股間も臭っている。壁一面には、血と脳と頭蓋骨の骨片が付着している。
「生きているんだねぇ。生きている、って良い事だねえぇ。若頭さんに私の方から頼もうかな、見逃してあげてもいいんじゃない、って」
そう言いながら、化座は男の心臓の音を聞いた。心臓は激しく胸打っていたが、やがて、それは小さくなっていって止まった。男の痙攣も収まった。
「記念撮影しよっか?」
事が終わると、パシャパシャとスマホで“ガーデニング”された男を撮影していた。後で、五黄にもデータを渡せば、ミッションは完了だ。当然、趣味でツーショットも撮る。
しばらくして、見張り役をしていた吐古四会の組員が、倉庫の中を見た時、盛大に吐いているのを化座は笑顔で背中を揺すっていた。
「ねえ、ねえねえっ! 君ぃー。私と一緒に、三人で記念撮影撮ろうかっ!」
その組員は涙と鼻水を垂らしながら、必死で首を横に振っていたのを覚えている。化座は、この前の組の時もそうだけど、やっぱり、最近の反社会組織は新人教育がなっていないなあ、と、溜め息を吐いたのだった。
既に、吐古四会も化座を持て余している……。
クビになるのは時間の問題だろう。
どうやって、体よく化座を追い出すかを、若頭は悩んでいるみたいだった。
†
腐敗の王の資金源の一つは、暴力団組織・吐古四会だった。
菅原は組の関係で、腐敗の王と知り合った。
最初、腐敗の王は『天使製造者』と名乗る若者と二人だけでつるんでいた。
「なあ。菅原。君は組織にいて、孤独なんだろう? 俺は今からやりたい事がある。極めて小さな規模のグループを作りたいんだ。どうだ? 俺のグループ。チームに入ってみないか? お前を入れてまだ三名しかいないんだけどなあ?」
菅原は二度返事で、腐敗の王に付く事にした。
具体的に腐敗の王が何をやりたいかは、まだ決まっていなかった。
彼は“家族”を作りたいとも言っていた。
やがて、二ヵ月前に『ブラッディ・メリー』化座彩南が彼のグループに入り、一、二週間程前に『スワンソング』白金朔がグループに入った事で、腐敗の王のやりたい事の全貌が見えてきた。二人共、悪名高い、連続殺人犯だ。もっとも、彼らの正体を知っているのは、腐敗の王と、暴力団組織の一部の人間だけなのだが……。
腐敗の王のギャラリーには、今の処、主に化座と、空杭の作品が展示されている。
今後は、菅原の作品も展示したいと言っていた。
そして、芸術評論家も兼ねて、白金には手伝って貰う、と。
「俺はアーティスト気質じゃないんだけどな……」
菅原は作品創りをどうしようか考えている。
だが、しかるべき時が来たら、何かアイデアが浮かぶかもしれない。
†
「メディアがやたらと騒ぎ立てているなあ。スワンソング。君と、方蛾の類似性を、もっともな識者らしき語っている馬鹿共が多いじゃないか」
腐敗の王は豪奢な玉座に座りながら、手紙を書いていた。
「本当に迷惑だ」
白金もゆったりとしたソファーに座り、大きく溜め息を吐いていた。
「代筆は済ませたよ。これから、複数のTV局に送る。本当に迷惑していると。君は消費社会文明における、怒れる消費者の代弁者みたいなもんだ、政治的な要素を入れよう。丁寧な声明文を送るとする」
腐敗の王は筆跡を変えながら、手紙を書き終えたのだった。
「ふうっ。頼みましたよ」
白金は以前、自身が殺したミュージシャンの音楽を聴いていた。
彼女が知名度欲しさに作風を変える前の作品。
とてもパンキッシュで前衛的な音楽だ。
想い入れの深い曲。
十代の時に聴いていた。
白金は自身の中にある闇と、スポーツ選手殺しである方蛾の闇を重ねて考えてみる……。
愛憎か。
理想像との一体化か。
ある意味は、それは同じものなのか…………。