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『リンブ・コレクター・決着。』

 紙森朝は試合を終えて、ホテルに帰宅していた。

 そして、彼女はベッドの中で眠って、何か悪い夢を見て目を覚ました。


 昨日は練習のみだった。週末には試合が控えている。


 有名人なので、一目を避けるようにマスクとサングラスを着用している。……といっても、芸能人やアイドルの類では無いので、そこまで必要するか、と思ってはいるのだが……。


 紙森朝は、何だか、無性にコンビニに行ってみたくなった。

 漫画でも購入してみたい。

 食事制限をしているとは言え、ほんの少しくらいは太るようなものも食べてみたい。


 …………、この処、練習尽くめだったんだもの、ケーキ一切れと漫画本くらいいいよね?

 しばらくして、彼女は誘惑に負ける事にした。


 彼女はホテルを出て、深夜のコンビニに向かう事にする。

 深夜といっても、もうすぐ明け方近い。

 彼女はコンビニに入って、目当てのものを購入すると、ホテルへ戻る事にした。


 ふと。


 何者かが背後を尾けているような気配がした。


「何……?」

 朝は背後を忍び寄ってくる者が確かにいる事を確認する。


 何者かが歯軋りするような音が聞こえた。


 薄らぼんやりと。

 影が輪郭を形にして、姿を現し始めた。


 それは醜い男だった。

 全身がガリガリの体型だが、腹がやたらと膨れ上がっている。

 顔はぶよぶよとしていた。

 男は口を開く。

 乱杭歯が覗いていた。


「綺麗な眼…………。綺麗なお眼目…………。…………」

 男は涎を垂らしながら、朝を見ていた。


 ふと、男の身体が奇怪にねじ曲がり、ひねり動いたように見えた。


 朝は…………。

 自分の身体から、血が噴き出ている事に気付く。

 痛みが後から襲ってきた。


 男はニタニタと笑っていた。


「恐怖に……。表情が動いたね…………。へへっ。ひひひっ、ひひひひひひっ…………」

 男はゆっくりと彼女に近付いてくる。


 怪物は大口を開けて、朝へと襲い掛かった。


「素晴らしい、お眼目と。とても均衡の取れた身体をしているねえぇ…………」

 男は舌を伸ばして、唾液を地面に垂らしていた。


 朝は眼を閉じる。

 一体、自分の人生は何だったのか。

 必死で頑張って生きてきたのに、こんな理不尽に殺されるなんて…………。


 銃声が聞こえた。


 朝は眼を見開く。


 眼の前の怪物は、激痛でうめいていた。



 ばしゅ、と、銃口の引き金が引かれる。


 弾丸が発射され、その怪物に命中する。

 令谷は狩猟銃を手にして、数百メートル先の“敵”の肩を撃ち抜いていた。


 牙口令谷の眼はよく見えていた。

『リンブ・コレクター』……。

 その怪物の肩の辺りに確かに命中した筈だ。

 この快楽殺人犯のターゲットもまだ生きている。


 場所は見ず知らずの人間の住んでいるアパートの屋上だった。

 まるで軽業でも行うように、彼はアパートのパイプなどを使って地面に降りていく。

 そして、彼は崎原の車に一度、戻る。


「さて。急ぐぞ」

「令谷。私はどう援護しようか?」

 葉月は訊ねる。


「ああ。後ろからやってくれ。俺が直々に距離を詰めて、そして撃ち殺すっ!」

 令谷の顔付きは、殺人者のそれに変わっていた。

 彼の形相は怒りに満ち溢れている。


「ネズミの死骸を蘇らせて、追撃しましょうか?」

 葉月は訊ねる。


「いや、頼みがある。それよりも、ターゲットの方を守ってくれ! 紙森朝だっ!」

「…………。分かったわ」

「じゃあ。俺は再び、奴を撃つ。俺の銃は車よりも早いからな。敵はもう逃げられない」

 令谷は狩猟銃を構えて、別の狙撃出来る場所を探した。



『リンブ・コレクター』方蛾 均史 (ほうが ひとし)は、ターゲットを探していた。

 そして、自分を攻撃してきた何者かも同時に探していた。

 今の彼は人間を超越した何かへと変貌を遂げようとしていた。


 アスリート達の肉を喰らい、自分の身体は確実に別の存在へと進化している。

 今や自分は人間以上の存在だ。

 より強力な遺伝情報を持つ人間を喰らい、より強力な存在へと変化を遂げたい。

 それは彼の長年の夢でもある。


 虚弱体質だった過去。

 自分は何もかもが無力だった。


 だから、健康的で強い肉体を持つ人間を身体を口にする。

 その事によって、別の存在へとなり代わる事が出来るのだ。


 方蛾は唸っていた。

 口から涎を垂らす。

 標的と、自身を攻撃してきた者を探す。


 ビルの数階から、何者かが狙っていた。


 確かにその声は聞こえた。


「お前はもうおしまいだよ。おしまいなんだよ」

 拳銃使いは、そう告げる。


 ぼしゅり、と。

 方蛾の腹が撃ち抜かれる。


 方蛾は走りながら、スナイパーを探すよりも、自身が喰らおうとしたターゲットを狙う事にした。せめてそうしなければ収まりが付かない。紙森朝の血の臭いが覚えている。

 まだ、近くにいる。


 血の臭いを辿りながら、彼は走り続けていた。

 幾つもの道を曲がり、ようやく臭いの元を発見する。

 路地裏の、しかも、行き止まりになっている場所に、紙森朝は居すくみながら、こちらも見ていた。先に胸や腹の辺りを伸びた爪によって切り裂いてやった。負傷は深い筈だ。


 方蛾はせめて、彼女の両眼だけでも喰らおうと、この若い女子テニスプレイヤーへと迫る。


 突然の事だった。

 路地裏の横から、何者かが現れる。

 手にシャベルを持った女だった。女と言っても少女にも見える年齢だ。


「『リンブ・コレクター』。方蛾 均史。後ろの彼女を狙うなら、私が迎撃するわ」

 少女は線香を手にしていた。

 線香から煙が漏れている。


 方蛾は構わず、この少女ごと喰らおうとした。


 少女の行動は極めて冷静だった。

 手に持ったシャベルを、全力で迫りくる方蛾の顔面へと向けていた。

 方蛾の顔面に、めりめりっ、と、尖ったシャベルの先がめり込んでいく。

 方蛾は激痛の余り、絶叫していた。


 シャベルは即座に引き抜かれる。


「汚らわしいわねっ! 貴方の血が私の服に少しだけ付着したじゃない? さてと。此処で死ぬ? それとも、別の場所で死ぬ? それくらい選ばせてあげるわよ」

 そう言いながら、少女はターゲットの女を横の道に逃がす。


「ああ、そうそう。鼻がシャベルの先端で裂かれると、そんな形になるんだ? 面白いわねっ!」

 そう言うと、少女はスマホでパシャパシャと方蛾の顔を撮影していた。

 方蛾は怒り狂いながら、その少女を攻撃しようとする。

 少女は指先で何かを弾いた。


 方蛾は両腕で、目の前の憎らしい女を挽肉にしようとするが…………。

 全身に、何かによって撃たれたような激痛が走る。

 見ると、方蛾の身体には、無数のネズミが喰らい付いていた。


 方蛾は咄嗟に、元来た道を戻り、走り去る。


 そして身体に喰らい付いているネズミを全て引き剥がしていく。

 ……畜生、一体、なんなんだ?


 彼は全身から冷や汗が流れ続けていた。

 そう言えば、自分のような異常な存在を始末する『特殊犯罪捜査課』というものが警視庁にはあると聞かされた事がある。刑事課の刑事達とは別の部隊として。


「まさか。その『特殊犯罪捜査課』って奴かああああぁあぁー!?」

 方蛾は痛みと怒りで叫び狂っていた。


「ああ。そのまさかだよ。お前は死ね。さっさと死ね」

 牙のような絵が描かれたマスクを付けた少年が、目の前に佇んでいた。

 水色の髪に耳にはピアスを幾つも付けている。

 まるで夜空のようなマントを纏っていた。

 その少年は背中に狩猟銃を背負い、右手にサイレンサー付きの拳銃を構えていた。


 雲に隠れていた月が少年を照らす。

 少年は、まるで処刑人のように思えた。


 方蛾はその少年に向かって突撃する。

 少年の両眼は極めて冷静だった。


 パシュ、パシュ、と、サイレンサーにより発射される拳銃が、水鉄砲でも撃つような音を立てて、何度も響かせていた。


 方蛾は両脚を撃たれ、胸にも重症を負い、何よりも頭蓋を酷く損傷していた。

 彼は地面に倒れる。


 水色の髪の少年の青色のマントは血塗れだった。

 方蛾の血だ。


 方蛾は頭を撃たれてもなお、必死で抵抗して、少年を引き裂こうと立ち上がろうとするが。

 無慈悲にも、銃弾が方蛾の頭蓋にもう一発、撃ち込まれた。


「死ねよ。化け物。さっさと死んでしまえよ。テメェらが生きていて良い道理なんて、何一つとして無ぇんだよ」

 そう言いながら、少年は方蛾の顔面を何度も何度も蹴り飛ばし、頭蓋を踏み砕いていく。血しぶきが少年にまとわり付いていく。


 更にトドメとして『リンブ・コレクター』方蛾の頭蓋に弾丸が無数に撃ち込まれる。方蛾は地面に倒れて、生命の灯火が消え去っていく。


 …………。こうして、方蛾均史の死亡と共に、一連の連続・アスリート殺害事件は終止符を打たれたのだった…………。



「私。自分を律する事が出来なくて、外に出てしまって…………」

 紙森朝は震えていた。


「気にする事は無いわ。むしろ、好都合だった。逆に、ホテルに篭っていた方が、私達の到着が遅れて、貴方は死んでいたかもしれないわ。そう考えると、ラッキーだったわね」

 葉月は、淡々と泣きじゃくる十代の女子テニス選手に対して、そう告げる。


 令谷が彼女の身体の傷口に、簡易的に包帯を巻いていく。

 深く傷付けられている箇所もある、入院が必要になるだろう。

 残念ながら、彼女はしばらくテニスの試合に出られなくなる、という事だ。

 もっとも、マスコミからは大盛況になるだろうが…………。


「女の涙は煩わしいわ。私はもう早く帰りたい。令谷、貴方、美男子でしょ? エスコートを宜しく頼むわ」

 そう言うと、葉月は朝に興味を無くしたみたいだった。


「もう大丈夫だからな」

 令谷は言われたように、小さな声で、朝を励ましていた。


「なあ。おい。こういう場合は大抵、女の子が傷付いた女の子に寄り添って気持ちを汲んであげるもんだろ?」

 崎原は少し呆れたように言う。


「はあ? 私は同性の気持ちがよく分からない。本当の本当に分からないのよっ! それにしても、疲れたわ。貴方の車の後部座席で寝かせて貰うわ」

 そう言うと、葉月はそっけなく、崎原の車の中へと戻っていった。


 後、数分もすれば、近くの警察が到着するだろう。

 それで、紙森朝を病院に連れていくつもりだった。


 空を見ると、夜が明け始めていた。


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