「“スポーツ選手殺し”。リンブ・コレクターが“均一の取れた女のヌード”を好む、という話は先ほど、LINEでやり取りしたわね。続きを話してもいいかしら?」
葉月は窓の外の生い茂る樹木を見ながら、マロー・ブルーのハーブ・ティーを口にしていた。
「ああ。頼むよ。俺も少し、この事件には興味が湧いてきている」
佑大は甘いミルクと砂糖の入ったコーヒーを口にしていた。
「さっきも、伝えたけど、マスコミが報道していない事なのだけど、警察が『リンブ・コレクター』こと、方蛾 均史 (ほうが ひとし)の家から押収したものだけど。方蛾は大量のポルノを所有していたわ。ポルノのDVDの山だった。どんな内容だったと思う?」
「人の肉を食っていた犯人なんだろう? 猟奇的なアダルトビデオを沢山、持っていたのかい?」
「まるで違った。それどころか、サディズム、マゾヒズム、小児性愛、強姦もの、監禁もの、その他の少し変わった性的嗜好の類のものは一切、見つからなかった。普通のアダルトビデオ、というのものも変ね。せいぜい、人妻ものや女学生もの、そんな処。傾向としては、緊縛、強姦、ゲイビデオなどのシチュエーションを所有している快楽殺人者が多いと聞いた事はあるけど、それも無い。ただ、女優は肉体的に健康そうな肉付きの人間が多かったらしいわ」
「…………。ポルノと猟奇殺人行為は無関係、って事か…………」
「分からない。ただ、私はまた一つ、人間に対しての見識が深まったわ」
「俺もだよ。確かに、その話は面白い」
「あるいは、既存のアダルトビデオに、彼の性的欲望を満足させられるものが何一つとして、存在しなかったのかもしれない。だから、続きは、空想で保管した」
葉月は少しだけ、考える。
「そう。本当に性的衝動を満たしていたのは、アダルトビデオの方じゃなかったの。パソコンのデータの中に入っていた。所謂、ネット上で溢れかえっている、グロ画像、グロ映像の類。世界中で映された、事故現場で肉の塊となっていった、人間の映像。中には、女の死体もあったらしいわ」
「それを聞いたら、その、ある意味、分かりやすいね」
「ええっ。方蛾は本当に分かりやすい異常者だったとも言えるわね」
葉月は、リンブ・コレクターの“視点”で世界を観ようとする。
佑大も、それに続く。
欠陥に満ちた肉体。
そのコンプレックスは、他人に対する強い劣等感となって、憎しみと呪詛へと変わる。そして、いつしか思うのだ。他者になり代わりたいと。他者の優れている部位と同化したいと…………。そして、方蛾はおそらくは、社会的には極めて孤独だった。
「そうだ。人間は、社会的に自分の環境や感性が疎外されればされる程。アウトサイダーや犯罪者に近付いていくと文化人類学者が、何かの書籍で書いていたような気がするな。古来より、両者は同一に近いものだったと」
佑大は、うろ覚えの知識で申し訳ないね、と付け加えた。
葉月は首を横に振る。
「そうね。でも。現代的な意味でのサイコパスは、殺人よりも権力欲に支配されていると言われているわね。もっとも『キラー・クラウン』と呼ばれ、ピエロの格好をして少年達を殺害していたジョン・ゲイシーは営業成績が優秀なビジネスマンとして地元で有名だった。殺人と社会的名声。両方を手に入れていたのよ」
「しかし、スポーツ選手殺しの方蛾は、疎外された者だったんだね。……TVのニュースで知る限りでは、孤立している男だったと報道されていたよ。隣人との関係性も、学生時代の人間関係も希薄。おそらくは、女性経験にも乏しかったんじゃないかと報道されていた。…………、君が他に追っているシリアルキラー達は、どんな人生を送っているのだろう?」
「ワー・ウルフは分からない。腐敗の王もね。彼らは何処で生きて、何をしている? どう、私達の中に溶け込んでいるのかしら?」
「君が大学生をしているように?」
「ええっ。ロリータ・ファッションなんて、奇抜な格好をしている事以外は、ごく普通の女子大学生をしているように私のように」
このレストランは、森林によって囲まれている。
自然の景色が美しく、遠くには整った街並みが見える。
レストランの中は静謐で、整ったデザインのインテリアが配置されている。
言ってしまえば、此処は極めてシンメトリーに調和の取れた、均一性のある空間、という事になる。
葉月は一息付くと、佑大の顔をまじまじと眺める。
佑大の顔はやつれていた。
二日前に、ワー・ウルフのプロファイル。
現場写真を見せてしまってから、明らかに彼は心にダメージを負っているみたいだった。
「信じて欲しい事があるの?」
「なんだい?」
「私は貴方を利用対象として認識しているわけじゃないって事」
「ははっ。それは嬉しいよ」
佑大は二杯目のコーヒーを注文する。
「ねえ。佑大。私は貴方の事が好きなの。これだけは信じて、高校生の時に告白されて、貴方の描いた絵画を見てから。それから、今に至るまで…………、私の理解者でいてくれて、ありがとう」
「俺としては、もっと、普通のカップルらしい事もしたいけどね。そのなんだ…………」
佑大は少し考えて首を横に振る。
「ああ。君に告白した時から、君に言われていた。普通の女性じゃないって。普通の関係性を作る事は出来ないって」
「うん。分かっている。身体的接触が欲しいのよね? でも、私には出来ない。そういうセクシャリティだって思って。でも、私は貴方を愛している」
葉月は夜の闇を覗き込む。
その眼の先には、深い森の奥があった。
闇は底の無い、深淵のように暗く深い。
その闇の中で、葉月は、自らを重ね合わせる。
葉月は、自身の空想に耽る。
そして、その空想を目の前にいる彼女がもっとも愛する男に吐露した。
「ああ。貴方が生きた死体だったら、冷たい死体だったら、私は貴方と存分に身体を重ね合わせるのに。キスしてハグして、それから、ふふっ。恥ずかしいわね」
葉月は顔を赤らめる。
彼女は自身の空想に陶酔していた。
それは強いナルシズムを伴っている。
邪悪で、支配的で、極めて非倫理的な願望だ。
佑大は、ほんの少しだけ、冷や汗を流す。
「ねえ。私達を繋げる為に、指輪を買いましょう。結婚指輪のようなものがいいわっ! 赤い色をしているものとかいいわね。断ち切れない赤い糸のような。貴方との心の繋がりを深めたいの。素敵でしょう?」
葉月は極めて、獰猛で支配的な眼で佑大を見ていた。
自分の所有物を永遠のものにしたいといった顔だった。
「俺を支配したいんだよな? 身も心も」
佑大は笑っていた。
「ええっ」
葉月も笑う。
「でも。漫画や美少女ゲームの病んだ女の子のように、私は貴方を監禁したいとは思わない。何故なら」
「君は、俺の心を縛り付けて、閉じ込める事が出来るって思っている。そうだな?」
「うん。そうよっ!」
葉月の瞳には、佑大が映っている。
佑大の瞳には、葉月が映っている。
「葉月、誰だって、パートナーや好みの異性を独善的に支配したいと願望が隠れているよね。だからこそ、所謂、そうだ“ヤンデレ”っていうジャンルの需要があるんだろう? 過剰な愛の欲求は根付いているんだ」
「そう。あるいは、支配されたい、って願望かしら?」
葉月は微笑む。
「支配して、他の誰にも渡さないように、自分好みのデザインの異性に変えたがる」
「そして、永遠に自分の心の中で生かすの」
連続殺人犯。
異常快楽殺人犯。
彼らは他者への愛を求めているのだろうか?
依存か。
支配欲か。
破壊衝動か。
加虐的な衝動?
殺害して、自分という籠の鳥にしたがっている?
標的を、自分の作り出したファンタジーの一部へと変えたがっている?
「それにしても。私が思うには、他人を物理的な暴力によって、支配するのは有能な狩人(ハンター)じゃない。優れているのは、心を支配するの。ねえ。佑大。ワー・ウルフや腐敗の王とそのメンバー達は、性的嗜好は正常なのかしら?」
「知的好奇心はあるけど、実際の情報を調べてみないと分からないよ」
「そして。私は彼らにとても近い。あるいは、同じ存在」
「ああ。そうだね」
佑大は少し、視線を泳がせる。
葉月は攻撃的な瞳で、佑大を見つめる。
「ねえ。佑大。私はソシオパスだ。イカれている。いつから、だろう? 自分の異常に気付いたのは」
…………、自分は死しか愛せない…………。
初めて佑大の絵を見た時も、聖人の死体が描かれていた。
それに一目惚れをしてしまったのだ。
葉月は佑大を見ながら、幻視し、空想に浸っていた。
辺り一面が人間の骨の山だったら良いのに。
世界が荒廃し、人間の頭蓋骨ばかりが一面に広がっている。
朽ち果てた人間の死体ばかりが転がっている世界で、葉月と佑大の二人だけで豪華な食事をしている。この世のものとは思えない光景だ。
葉月は微笑んでいた。
佑大も微笑みを返す。
「葉月。サイコパスと聖人の脳は近しいものがあるそうだよ。君は聖人の側かもしれないよ?」
「ふふふっ、変な褒め方ね。私は狂気(サイコ)なのかもしれないけど、功利主義ばかりじゃないわっ! 純粋に貴方に愛情はあるのよ。その形は歪んでいるのかもしれないけど」
葉月は二十歳手前の女子大生っぽい、無邪気な微笑を浮かべた。
「今度の土日に、指輪を買いに行こう」
「ありがとう。デート・コースも決めて、楽しみにしているっ!」
真っ赤な指輪がいい。
銀に赤が映えるもの。
葉月は人生において“調和”を欲している。
佑大もそうだ。
誰だって均一の取れた“人生設計”。
あるいは“デザイン”を美しいものだと感じる…………。
スマホが鳴る。
葉月のスマホに、令谷からメールが入った。
先ほど、プロレスラーの死体が見つかったと。
今回は、胸の肉と腹の肉を切除された死体で見つかったと…………。