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Re 反魂の儀式・怜子 2

 いつだったか。

 高校生活で、活発なグループの男子生徒が悪ふざけをしていて、四階から転落した。


 頭から血を流していた。


 みんなが慌てふためいている中、葉月ちゃんだけは、その男子生徒の様子を真剣に眺めていた。


「もしかすると。これから死んでいく人の映像を撮れるかもしれない」

 そう言いながら、彼女は男子生徒をスマホで撮影し、動画を撮っていた。

 そう言う、彼女の眼は、まるで博物館に初めていった子供のそれだった。


 結局、その男子生徒は病院に行って、頭に何針も縫って、左手の指と両脚を骨折しただけで済んだ。葉月ちゃんは、とても残念そうだった。



 家に帰ると、私の前にはお父さんが待っている。


 私はお父さんの奴隷だった。


 お父さんは一流企業の責任者でおかしくなっていた。

 だから、お父さんは私に酷い事をし続けた…………。

 その事を、私は誰にも言えなかった。

 高校二年の頃は、親友と言ってくれた、葉月ちゃんに対しても……。


 葉月ちゃんに家族の話を訊ねたら、葉月ちゃんは、両親との関係が、とても良好だと言う。

 葉月ちゃんは、父親を尊敬しているし、ファザコン気味かもしれない、と語ってくれた。中学校の時、葉月ちゃんが問題行動を起こした時も、父親は一貫して彼女を庇い、相手に対して謝る理由も一切無いと言ってくれたと。だから、反抗期でも、両親に対しての犯行行動はやらないようにしているのだと。


 その話を聞かされて、私は葉月ちゃんに、自分の家庭の事を打ち明けられなくなった……。


 私は私の父から、罵倒される。

 いつだって…………。



 葉月ちゃんには、お気に入りの場所があった。


 それは廃神社の周辺にあった『ペットの墓地』だった。


 いつからあるのか分からないが、みんなして、亡くなったペットを此処に埋めに来るのだ。元々は神社跡地で、神聖な雰囲気があって、供養をするのに相応しい場所、という認識で広まったのだろう。



「中学校の頃に読んだキングの小説に、こんな雰囲気の場所があったけど、此処は美しいわね。沢山の死が眠っている」


 この先は沼地になっているらしい。

 そして、沢山の虫が飛んでいる。


「怜子。真夜中に見る小動物の死骸の事を教えるわ」


「それは何?」


「何度も何度も、車にひき潰されてコンクリートの大地と一体化した猫の死骸は、とっても美しいの……。血が砂と混ざり合い、虫が集っている。頭蓋骨や臓物までもが平らになっている。既に物体になってしまった、その猫に触れる時、私は仲良くなれた気がする」


 こんな話をする時の葉月ちゃんの眼は怖かった。


 彼女の眼からすると、それは素晴らしいものに映っているらしいから……。


「………葉月ちゃん…………」


 私は彼女の言っている事に引いたし、怖くなった。


「そんな顔で見ないでよ、怜子。私は死んだ猫さんを見たら、線香を買ってきて、焚いてあげているわ。安らかに、空に登れるように」


「ねえ。その猫さんを見る時、どんな気持ちなの…………?」

「子供の頃に行っていた、大聖堂のステンドグラスを見ている気持ちになる。なんだろ、そうだ。崇高なものに触れている気分になるんだ」


 葉月ちゃんは、明らかに異常だった。

 そして異常なまま年齢を重ねている。

 でも、彼女自身は自身が明らかに異常である事を忘れて、こんな話を始める。


 私達は、よく“ペットの墓地”で、お月見をしていた。


 葉月ちゃんは御団子とおはぎ、お茶を買ってきて、沢山の墓石と簡易的な十字架を眺めていた。


 墓場の匂いは、心地よい、と彼女はいつも言うのだった。



 高校二年生の冬頃だった。


 葉月ちゃんは、最近、彼氏を作ったらしい。


 私は驚いた。


 私達二人はいつものように、屋上でご飯を食べていた。


「ん。性的関係にならない事と、キスとかハグとかもしないとかの条件で、その男の子と付き合う事にしたの。告白されたから」


「…………。意外だね。ずっと彼氏作らないと言ってきたのに……」

 私は少し寂しくて複雑な気持ちになった。

 なんだか、友達に見捨てられたような感覚……。

 実際、最近、葉月ちゃんは、私とお昼ごはんを一緒に食べてくれない事が多くなった。


「私も意外。告白されて、最初は、断ったんだけどなあ。でも、彼は美術部で、宗教的な絵を描いていた。十字架に張り付けられたキリストの絵。それを見て、私は彼と付き合ってもいいかな、と思った」

 そう言いながら、彼女はお昼ごはんのハムカツサンドを口にしていた。

 何でも、母親の手作りらしい……。


 私はいつも、コンビニ弁当だった。

 私の母親は、昼食代こそ渡すが、私の弁当を作ったりはしなかった。仕事で忙しいとかなんとか……。


「だから。彼とデートしたり、お昼ご飯を食べたりしている。あ、ごめんね、怜子。怜子との時間を共有出来ない事が増えて」

 そういう葉月ちゃんは、私に対して本当に申し訳なさそうだった。


「怜子。私はずっと、誰とも自分の感性を共有出来ない世界で生きてきた。だから、友達なんていらなかったし、彼氏とかも、まるで興味無かった。でも、彼、佑大ユウタって言うんだけど、彼と話しているうちに、思いのほか、私と話があって…………」

 彼女はハムカツサンドを全て食べ終わった後、少し口を閉じる。

 そして、悲しげで空しそうな顔で、私にこんな話をした。


「小学校の時に、親戚のお姉さんの首吊り死体を見た……。第一発見者は私。……あれ以来かな? 私が死とか、死体とかに強い興味を抱くようになったのは…………」

「そうなんだ。そんな事があったんだね……」

 私はコンビニ弁当を食べながら、悲しそうな顔をしている彼女の話を聞いていた。


「佑大とはキリストの話をよくしている。それから、宗教の話も。特にキリストの復活の奇跡の話が好きなの。佑大は憑かれたように、宗教の絵を描くの」


 そう言う葉月ちゃんの横顔は、完全に恋する乙女だった。


 ただ…………。


「佑大に。貴方を殺して、張り付けにしてみたい、って言ったら、嫌な顔をされたなあ。私は人間が冷たくなった身体に、もう一度、触れてみたいのに」


 やっぱり、葉月ちゃんは、葉月ちゃんだった…………。


「今日は学校帰りに、佑大とデートする。怜子、本当にごめんね。貴方といる時間も、もっと作るようにするから」

 葉月ちゃんは本当に済まなさそうな顔をしていた。


 そしてお昼休みの終わりのチャイムが鳴った。



 月日は流れ、もうじき、高校の卒業式の日が訪れた。


 商社マンで年収も多い、私の父親はねっとりとした口調で私を見ていた。


「怜子。お前は一人暮らしをしたいと言ったな。だけど、お父さんは怜子にずっと、傍にいて欲しいんだ。服飾系の専門学校に通う事は認めよう。だけど、お父さんから離れる事は許さないよ?」

 そう言って、父は私の部屋で、ネクタイを解いて、ワイシャツを脱いでいく。

 私は眼を閉じた。


 父は私に裸で近付いてくる…………。

 私は考えるのを止める…………。

 自分自身を人形だと思うようにする……。


 私は篭の鳥。

 本来は感情を持ってはならない籠の鳥。


 どんなに踏みにじられ、どんなに凌辱されようとも籠の外に出てはいけない鳥。

 あるいは、綺麗な肌の白い人形…………。


 数日後。

 私は気付けば、全てに絶望して、マンションのベランダから飛び降りていた。

 地面に落下していく直前、私はまるで殉教者のような気分になった。


 頭の中で走馬灯となって、葉月ちゃんの顔と、彼女が語るキリストの話が駆け巡っていた。



 それから、記憶が断片的になる……。

 何故か、私の意識はある。

 私はただただ、ひたすらにお腹が空いていた。


「怜子。なんで、死んだの?」

 葉月ちゃんの声が、この暗い世界の中に響き渡っていた。


「葉月、ちゃん…………?」

 声帯はとっくに無いが、私は声を発していた。


「怜子が死んだ事に私、耐えられない。ねえ、ずっと親友でいようって、ずっと親友でいたい、って言ったのは、確か怜子の方だよね? 高校一年の終わり頃だったかな?」

 葉月ちゃんの透明な声が私の耳に響き渡る。


「私は…………、一体…………」


「怜子。そちらは“死”の世界? 処でブードゥー教とか、日本の神道関連の本を漁っていてね。胡乱な大量の黒魔術の本もね。だから、私、試したくなったの、怜子にまた会いたいから」


「…………えっ?」


「“反魂の儀式”って行えるのかな? 死者は復活する? キリストは弟子達の前に復活の奇跡を起こした」


 強い蓮の匂いが、私の鼻を焼いた。

 そもそも…………、今の私に鼻なんてあるのか分からないが…………。


 ただその時、分かったのは……。

 私は自ら命を絶ったのに生きている……。


 そして、どうやら此処は病院の集中治療室では無くて、闇の世界なのだ。

 自分が今、何処にいるのかまるで分からない……。



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