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War.Point 35・139
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SF空想科学
2024年08月28日
公開日
3,194文字
連載中
 首都直下型地震により崩壊した東京。折り重なる瓦礫とその下に眠る白骨死体の存在は忘れ去られ、今は機械の兵隊が闊歩する危険な抗争地へ変貌した。鳴り響く銃声と煙を噴き上げて倒れる巨人、砕ける鋼の装甲……昼夜問わず機械の駆動音が鳴り響く旧東京は戦争地点―――War.Point35・139と呼ばれる金と欲望渦巻く紛争地帯。

 勝って生き残れば手に入るのは富と名誉、敗けて差し出す対価は自由と命。金に眼が眩んだ外国人違法入国者が機械の巨人……アーマー・ドール通称ADに乗り込み操縦桿を握り命を散らし、莫大な掛け金を参加者に駆ける富裕層は血で血を洗うリアルな戦場の空気に酩酊する。朝も昼も晩も照り輝くは赤熱した銃身と真紅の爆発、二チームに分かれた人間が死ぬ度に消えるオッズの山。罵声と矯正入り混じる観客席に今日も入り浸る金糸の少女は一人の男をジッと見つめ、決意する。

 ロボットバトル・アクションSF小説

終わった男と、始まりの少女

 何時の時代も人間は闘争を求め、何もかもが壊れて消えてしまっても争いという剣を手離すことは無い。破壊の為の創造か、創造の為の破壊か……何方にせよ、人間という生き物は戦う為に産まれ、限られた命を使い潰す為に生きている。


 黒い戦闘装甲服に身を包み、アーマー・ドール……ADと呼ばれる人型二足歩行戦車の操縦桿を握り締めた男は、コックピット内にぶら下がるヘルメット式全方位投影装置、HMDを被り酸素マスクを口に当てる。冷えた酸素が舌を撫で、食道を通りながら肺に満ち、肺胞の隅々まで酸素を行き渡らせた。


 『霧島』


 HMDから雇い主の酒焼けした声が響き、男……霧島の鼓膜をビリビリと震わせる。


 『今日の試合のことだが』


 「安心しな親っさん、素人のようなヘマはしねぇさ」


 『ならいい。何時も通り頼むぜ? 黒塗ファントム・りの亡霊イェーガー


 「任せとけ」


 耳障りな試合開始のコールと共に、分厚い鋼鉄扉が開かれる。違法賭博場アウト・バレットを包み込むはスラムの住人の罵詈雑言と欲に満ちた歓声と、視界に映るは薄汚れた白雪が降り積もる直径一キロメートルのリング状コロッセオ。模擬戦場に姿を見せた十五機のAD達は皆銃器を手に、挨拶代わりの六連装ロケット・パレットを射出した。


 弾ける爆薬と吹き飛ばされる三機のAD。動力燃料に引火した炎が雪を溶かし、流れ出すオイルが白を黒に染める中、霧島はフットペダルを踏み付け自機の脚部に取り付けられたホイールを全力で回す。


 違法賭博場アウト・バレットに出場するAD乗りに命の保証など在る筈が無い。機体に致命的な損傷を負えば情け容赦無く弾丸を撃ち込まれ、命乞いをしても無意味。War.Pointよりもマシだとは云え、一機を潰す為に敵が結託する可能性も十分にある。現に、何も知らない三機を破壊した他のADは霧島目掛けてホイールを唸らせ、対AD弾頭を装填した大型アサルトライフルの照準を覗き込んでいた。


 馬鹿が―――ターン・ピックを地面に突き刺し、急旋回した霧島のライフルの銃口が敵ADのコックピット部位を撃ち抜き、連動して放たれたショルダー・ミサイル砲弾が鋼を木っ端微塵に吹き飛ばす。仮初の味方が撃破されたとて他のADに躊躇の選択肢は存在する筈が無く、雪煙の中を突っ切って来たADが霧島の頭部装甲を殴り飛ばし、続けざまに現れたADのロケットミサイルのロックオン警告がHMDに響き渡る。


 「塵共がッ!! 死に腐れ!!」


 頭部装甲を殴られたことでカメラにノイズが奔り、体勢が崩れかける。だが、バランサー機能を起動し、セミオート操縦からマニュアル操縦に切り替えた霧島は近接戦闘を挑んだADの腕部装甲へバック・ダガーを刺し込み、肉盾にするとミサイルの直撃を免れる。


 ウゥン―――と、敵が後退し五機集まる。他のADは別の場所で互いに互いを殺し合い、爆発四散しては命を業火へ焚べていた。


 死にたいのなら掛かって来い、死にたくなくても殺してやる。獰猛な笑みをマスクの下に浮かべ、爆炎を噴き出すADを投げ捨てた霧島はホイールを回し、ライフルを乱射しながら敵ADへ迫る。その姿は蛇を思わせる蛇行運転であり、どれだけ弾丸を撃っても掠りもしない黒鉄のADは宛ら亡霊のよう。


 黒塗ファントム・りの亡霊イェーガー……。生唾を呑み込んだパイロットの一人がショルダー・ミサイルの餌食となって吹き飛び、迫り来る死に怯えた一人が他の二人を押し退け背を向ける。しかし、逃げ出そうとしても亡霊の鎌は生者を求め、首を狩る。霧島は背部装甲に吊っていた鉄塊を肩部に担ぎ、柄を握り締めると一振りで三機のADをコックピットごと叩き飛ばす。


 殺意を向ける連中を殺せ、殺せば敵が居なくなる、殺して、殺して、最後に生き残った奴が正しいんだ。人を殺して金を得るような奴は、人を殺す事になんの迷いも抱かなくなった奴が生きていてはならない。戦争以外で、日常の選択肢に殺しがある人間は既に人間などではない。だから、己も―――。


 鋼を潰し、フレームの隙間から流れ出る血を蹴り、微かに息がある敵を踏み躙る。ゲラゲラと笑い転げ、ロックオン警戒を心地よい音色と断ずる亡霊は残った命をカメラに映し、操縦桿を強く握り締める。


 何故にと問い、故にと答える。馬鹿馬鹿しい……何故なに問答による答えは既に得ている筈だ。其処に戦争があるから戦場に立ち、命を粗末に扱う連中が居るから殺しているだけ。戦いがある故に持てる能力を使い、それを金に換えているに過ぎないのだ。戦争中毒者は戦場という薬物を服用し、殺しては増える敵をまた壊す。能力を金に換える手段が違うだけで、のサラリーマンと何が違うというのか。


 殺してみろ……一歩、鋼の足が雪を圧し潰す。


 殺せよ……たじろぐADを睨み付け、得物を構えた霧島から笑みが消え。


 生きたいのなら、死にたくないのなら、俺を殺せッ!! 戦いの騒音に掻き消された男の叫びは更なる

血を呼び死を招く。徒党を組んでも霧島を殺せず、ただただ無惨な鉄屑へ成り果てたADは燃え盛る炎を装甲に映し、殺戮の連鎖を見つめるのみ。


 破壊の為に創造があるのなら、殺す為に命は増えて消え果てる。創造の為に破壊があるのなら、一度崩壊した文明はまた戦争によって崩れ去る。人間という存在が居る限り、闘争と呼ばれる自滅感情が人間性に深く根ざしている限り、人は戦いを求め、破壊と創造を繰り返す。それは何と……愚かで美しい姿だろうか。仄暗い螺旋を巡る、輝かしくも残酷な命の循環。戦いとは、生きることなのだ。


 残虐非道、悪逆無道、悪鬼夜叉の黒塗り鉄鋼……敵と見做したADを殲滅し、血とオイルで濡れた生の実感に叫んだ霧島は敵ADの頭部装甲を引き千切り、脊髄を引き摺り出すと観客へ掲げゲタゲタと狂笑する。己こそが勝者であると、敗者を無惨に殺戮せしめる権利者であると誇示するのだ。


 「……爺や」


 「はい、何でしょうお嬢様」


 「あの黒いADのパイロットがWar.Pointの三大会連続優勝者なのね?」


 「はい、敵対者への戦闘動作からあの者で間違い無いかと。しかしお嬢様、本当に奴を此方側に引き込むつもりですか? それは些かリスクを取り過ぎているかと存じ上げますが」


 霧島の戦いぶりを望遠鏡で観察していた見た目麗しい少女が白い息を吐き、執事服に身を包む屈強な老人へ妖しい微笑みを向け。


 「リスクを取らなければ得られない利益もある。爺や、私達に足りないものを言ってみなさい」


 「優秀なパイロットと非合法技術に詳しいメカニック、瀕死の重体であろうとも戦える状態にするメディックでしょうな」


 「そうよ、潤沢な資金があろうともADを操作するパイロットが居なければ意味が無い。それも劣悪な環境下に耐え得る強靭な戦士が必要で、合法的な技術と違法技術を知り尽くしたメカニックも要るわ。見てみなさい爺や、あの黒塗りのADを……随分とまぁピーキーな性能をしていると思わない?」


 クスクスと笑い、霧島のADをジッと見つめた少女は機体を構成している違法パーツを数え、奇跡的なバランスで成り立つ歪んだフレームを指先でなぞる。


 「試合も終わりのようね、さぁスカウトに行きましょう。彼が首を縦に振る材料は準備してる? 爺や」


 「ご心配なく……全ては貴女様の思惑通りに。アイリス様」


 アイリスと呼ばれた少女はコートに付いた煤を手で払い「思惑なんて人聞きが悪いわね、計画と呼んで頂戴な爺や」ゆっくりと立ち上がる。


 「お嬢様」


 「なに? 爺や」


 「御身体を少しだけ右へずらして頂けませんでしょうか?」


 スッとアイリスの身体が右に寄ると同時に、敗けがかさんだ難民のナイフが煌めいた。音も無く、それこそ瞬間移動でもしたかのような動きで難民の顎を砕き、複数の急所を素手で貫いた老人は血塗れの手袋を脱ぎ捨て、鋼の手を露出させる。


 「どうにもスラムという場所は治安が宜しくありませんね。お嬢様、お怪我の方はありませんか?」


 「大丈夫よ爺や。さ、行きましょう。時間が勿体ないわ」


 「御意に」


 そう言った老人はナイフを懐に仕舞う難民を睨み、悠々と歩を進めるアイリスの後を追うのだった。









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