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第20話 クラスの陰キャは普通に話しているだけでも注目されてしまう件

「おはよう。雪野くん」


「あっ、う、うん。お、おはようございます。瑠璃川さん」


 登校して席に着くと隣の席の美人クラスメイトが気さくに挨拶をしてきた。 

 瑠璃川さんから挨拶されるのはこれで2回目のはずなのになぜか不意打ちを喰らった気分である。

 だってクラスのアイドル的存在よ? 小説だとしたら必ず人気が出るタイプの属性よ。改めて見ると顔のパーツ整いすぎていて逆に怖いレベルよ。僕なんかが気軽に挨拶して良い次元にいる相手じゃないのよ?

 ほら。ただ挨拶交わしただけなのに、周りの生徒はこちらを見ながらざわついてる。


「昨日送ったアレ、見てくれたかしら?」


 瑠璃川さんが目をキラキラさせながら質問を投げてくる。

 でもなんのことか見当がつかず、僕は首を傾げてクエスチョンマークを投げ返した。


「見てないのね。この反応見てないわよね」


「いてててて」


 急に頬を引っ張られ、痛みやら驚きやらで頭が真っ白になる。

 なんだこの距離の近さ。いいの? サービス旺盛すぎるけどいいの?

 いや良くないよね。クラスメイト(主に男子)の視線に殺意籠ってるもの。

 この距離感も瑠璃川さんの人気の秘訣なのだろうか。なんていう小悪魔。この距離感絶対勘違いする男衆が出てくるぞ。


「スマホ出す!」


「は、はい!」


「アプリ立ち上げる!」


「う、うい!」


「ID名、カエデを選択する!」


「かえで??」


「私の名前! そこ忘れないでくれないかしら!」


「ご、ごめんなさい」


 アプリには3件のID登録がある。

 1つ目は『水河雫』、2つ目は『雨宮花恋』、そして3つ目は『カエデ』。

 雫も雨宮さんも本名のフルネームで登録されているものだから、瑠璃川さんのID名はかなり異質に見える。

 異質すぎる故に僕の中で『得体のしれないもの』として無意識のうちに視界にいれないようにしていたのかもしれない。

 ID名カエデを選択すると『例のモノ送ったわ 感想 `・∀・´ノヨロシク』というメッセージと共に文章ファイルが添付されていた。

 あっ、瑠璃川さんの小説!


「ていうか女の子からのメッセを既読すらつけないってどうなのかしら? んー?」


「ご、ごめん。昨日はちょっと色々あって忙しかったもんだから」


 色々あったのは本当だが、忙しかったというのは嘘である。

 昨日は雫との会話の後、すぐ寝ちゃったし。

 早寝のおかげで11時間くらい寝たかもしれない。


「雪野くん、もしかして女の子慣れしてる? 私なんかのメッセなんて貴重でもなんでもないのかしら?」


「そ、そんなことないよ!」


「疑わしいわね。なんだか雨宮さんとも仲良いみたいだし、実はもっと仲の良い女の子とかも居たりして」


「…………」


「居るのね。雪野くんは陰で女の子を引っかけまくっているチャラ男と。硬派だと思っていたのに残念ね」


 悪い方の陽キャみたいな認定をされてしまう。

 確かに異性に親友はできたけど、さすがにチャラ男認定されるほどではない――


「それはない――ないよね?」


「聞き返されても知らないわよ」


 口に手を当てながらクスクスと笑みを浮かべる瑠璃川さん。笑い方まで上品な人だ。


「まー、雪野くんの女性関係はおいおい突き詰めるとして」


「突き詰めるんだ」


「今は我が自信作を見てほしいわ!」


「えっ? 今ですか?」


「そ、今」


「もうすぐ授業始まりますけど」


「スニーキングミッションね。先生に見つからないように頑張って」


 授業よりも自分の作品を見てほしいというわけか。

 よほどの自信があるんだろうな。自信をもってお勧めできる作品って一刻も早く誰かに見てもらいたいものだのだ。


「わかりました。先生に見つかりそうになったら上手くフォローしてくださいね」


「まかせておきなさい」


 親指を立てながら微笑む瑠璃川さん。

 今日の授業参加は諦めるしかなさそうだった。

 本音を言えば家のPCでゆっくり読みたかったのだけど。スマホだと文章読みづらいんだよなぁ。

 そんな風に思いながら文章ファイルを開き、瑠璃川さんの作品に目を通していくことになった。







 瑠璃川さんの作品は僕にとってかなり衝撃だった。

 正直言えば『一目』で心を奪われるほどのものだった。

 まだ文章は途中ではあるが、今の時点でわかる。

 これは『商品化』したら売れる。かなり売れる。

 ただそれは小説で売るのではなく……まぁ、結論出すのはまだ早いか。

 まずは全て読破してから……だ。


 ………………

 …………

 ……







 放課後。

 授業の内容は全然覚えていない。

 ていうか授業にはほぼ参加せず、僕は机の下でずーーっとスマホを眺めていた。

 授業内容が雑音に思えるほど、僕は瑠璃川さんの作品に夢中になっていた。

 瑠璃川さんの作品は全202ページの大作だった。

 僕は一日かけてようやく全てを読み終えた。


「……ふぅ~」


 一日中首を下げていたかもしれない。

 首を鳴らすようにコキコキ音を鳴らしながら天を見上げた。


「あっ、雪野君、戻ってきたわね」


「随分と夢中になっていたようですね。雪野さん」


 顔を上げた僕に二人の女の子が反応を返してきた。

 瑠璃川さんと――


「うわっ! 雨宮さん!? いつの間に!?」


「30分以上前から居ましたよ」


「マジでか! 全然気づかなかった……っ!」


 雨宮さんもよく30分も別のクラスに居られたな。


「声掛けてくれたらよかったのに」


「掛けましたよ! 何度も何度も!」


「花恋ちゃん、キミのほっぺ抓ったり、腕を引っ張ったり、耳元で大きな音鳴らしたり、めちゃくちゃ頑張ってたわよ。でもどれを試しても無反応だったから雪野君目を開けたまま気を失っているのかと思ったわ」


「か、花恋ちゃん?」


 僕が無反応だった30分間に二人の間に関係性が生まれていたみたいであった。

 しかし出会ってすぐの人間によく下の名前呼び出来るなぁ。


「昨日言っていた瑠璃川さんの小説を拝見させてもらう件、了承いただけました♪ 雪野さんは先に読んでいらっしゃったみたいですね。そんなに夢中になるくらい面白かったってことですよね。楽しみです」


「これは良い感想を期待できるわね。さあさあ早くお褒めの言葉を申してみなさい!」


 瑠璃川さんが感想を欲しそうに眼前でうずうずした様子を見せている。

 すごいなぁ。他のクラスメイトも微妙に残っている中なのにそんな場で自身の自作小説の感想を求めることができるなんて。

 この度胸は本当に僕も見習わないといけないな。


「まず、一言でまとめると『すごかった』」


「小学校低学年の読書感想か! どこがどうすごかったのか言ってみなさい」


「一目で心が奪われたよ。あれだけのもの一朝一夕で身につく技術じゃない。かなりの訓練の末に身に着けた技術だってことがわかったよ」


「あの雪野さんがここまで素直に褒めるなんて……」


「普段批評しかしてないみたいな言い方やめて雨宮さん」


 確かに雨宮さんの作品を『会話がつまらない』みたいな批評したことあるけど。

 あれ? もしかして根に持っている?


「ねえ! どの辺りを見てそう思ったの!? やっぱり終盤の山場の展開に心躍った!?」


「えっ? んと、ごめん、内容の方は正直そんなに頭に入ってこなかった」


「どういうことなのよ!?」


「出ましたね。雪野さんお得意の上げて落とす感想」


「雨宮さんが僕に抱いている印象がどんなものなのかよくわかったよ」


 ていうか雨宮さんが抱いている僕に対するイメージってなんかあまりよろしくない?

 小説の話題になると僕ってひょっとして遠慮ない感じになっているのかな。

 これからはもうちょっと雨宮さんに優しくすべきなのかもしれない……そうしよう。


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