「えーっと、まぁ、ちょっと続きが思いつかなくてさ。読者には悪いことしちゃったって思っているよ」
「『悪いことしちゃった』ってレベルじゃありません! あんな良いところで中断なんて万死に値します! 今すぐ続きを書きやがりください! 『異世ペン』も良いですが、雪野さんが真っ先にすべきことは『ウラオモテメッセージ』の続きを書くことです!」
書きやがりください、と言われても僕はもうあの作品に携わるつもりは一切なかった。
あの作品は確かに未完だ。起承転結で言えば『転』の部分で筆が止まっている。
それでも僕の中で『ウラオモテメッセージ』はもう『終わった作品』として処理されていた。
「まっ、未完のまま作者が居なくなるっていうのは『だろぉ』ではよくあることだよ。僕には完結に導く技力がなかったということさ」
「うぅ、納得はできないですが、わかりました」
これ以上に詰め寄っても無駄と悟ったのか、もしくはこの話題に触れるべきではないと悟ったのか、雨宮さんはあっさり引いてくれた。
正直ありがたい。あの作品についてはあまり話を出したくない。
僕は強引に話題転換を行った。
「そういえば雨宮さんの7000文字小説は進捗どんなかな?」
「うぅっ! その、一度は書き上げたのですが、また最初から書き直しています」
「そうなの? 一度書き上げたものでも良いから見てみたいな」
「だ、駄目です! 雪野さんのあんな凄い7000文字小説を見た後だと私のなんて人に見せられない作品なので! 本当ゴミくずみたいな作品だったので! もうすぐ納得できそうな作品ができそうなので待っていてください!」
手をパタパタ振る動作が可愛い。
この人、日に日に表情や動作がコミカルになっていくなぁ。
これが雨宮さんの素に近い姿なのかな。素を見せてくれるくらい仲良くなれたのが嬉しい。
「そういえば先ほどの超美人さんの小説も見られるんですよね」
超美人さん。考えるまでもなく瑠璃川さんのことだろう。
「うん。成り行きで瑠璃川さんの小説を見させてもらうことになったよ」
瑠璃川さんがどんな小説を書き上げたのか、そちらも正直気になっている。
なんでもできる天才肌の人間は周りに1人はいるものだ。
その天才肌の集団の中でも瑠璃川楓は頭一つ飛び抜けているのだと思う。
なんたって学園一の才女なのだ。
勉強も運動も出来る。性格も人当たりも良い。
そんな彼女が『小説』という舞台ではどのように輝くのだろうか。
まさか本当に桜宮恋を超える作品を書いてくるとは思えないけど、才女の万能性は時に小説家の天才すらも凌駕してしまってもおかしくはない。
「私も興味があります。その、雪野さんからその瑠璃川さんって方に私も見て良いものなのかどうか聞いてみて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えー」
「どうして不満げなんですか! 私が瑠璃川さんの小説みてはいけない理由があるのですか?」
「いや、そうじゃなくてさ。さっきも言ったけど僕と瑠璃川さんってさっき初めて喋ったんだ。だからこっちから話しかけるなんてとてもとても」
向こうは大のつくほど人気者。片やこちらは学園一の不人気者。
本来なら話しかけることすら万死に値する。
「雨宮さんから話してみたらどうかな? 瑠璃川さん思ったよりも気さくな人だったし、桜宮恋を知っているみたいだったから」
「そ、そうですね。うぅー。他のクラスの人と話すの緊張します」
他のクラスで不意打ち『だーれだ』をした超度胸の持ち主とは思えない震えぷりだった。
「雨宮さんだったら瑠璃川さん並に美人だし、話している光景は絵になると思う。頑張って」
瑠璃川さんと僕の組み合わせはまさしく美女と野獣。在ってはいけない不協和音。
だけど瑠璃川さんと雨宮さんならば組み合わせ的にマッチしている。美少女同士の戯れる姿は間違いなく大衆の正義。
「あ、あああ、貴方はまた、そういうこと言うっ! 素で変なこと言うの禁止です!」
「どうして慌てているの? 雨宮さんほどの美人だったら褒められ慣れているのかなと思ったけど」
「褒められ慣れてなんていません! わ、わわ、私は全然美人なんかじゃないですし、性格も暗いし、その………………本当に美人だと思ってます?」
「思ってるけど」
「~~~~~っっ!!」
なぜかその場で屈みこみ、耳を赤らめながらぎゅっと目を閉じていた。
「な、なにか拙いこと言ったかな?」
「無自覚ですか! 無自覚で口説いていたのですか!」
別に口説いているつもりなどなかったのだけど。
でもめっちゃ照れまくっているなぁ。本当に褒められなれていないみたいだ。どうして彼女の周りの人はこんな素材を放っていたのだろうか。
――なんか楽しくなってきた。
「こんなに美人で、性格も良くて、小説の才能もあって、今さらだけどそんな逸材が僕なんかの相手になってくれているのって物凄く幸運なことなんだと改めて思ったよ」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!」
おぉ、縮こまって更に赤くなった。
なんていうか、可愛すぎないかこの生き物。
「び、美人じゃないもん! 性格も悪いもん! 小説家の才能なら雪野さんの方が上だもん! そ、そんな女と一緒にいてくれる貴方の方が希少だもん」
うぉ、カウンター繰り出してきた。だがパンチは弱い。その程度では僕は照れたりなんかしない。
しかし変な語尾になっているな。丁寧語以外の雨宮さん初めてみた。
「素で可愛いな。この人」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!」
あっ、やば、声に出ちゃった。
さすがに心の中で留めていようと思っていた言葉を口で滑らせてしまい、雨宮さんはもはや顔中が真っ赤になっていた。
若干瞳に涙を浮かべながら何かをこちらに訴えようと口をパクパクさせている。
でも喉奥で言葉を詰まらせている様子だった。
最後の一言は不可抗力にしてもさすがにやり過ぎてしまったか。
「ご、ごめん。雨宮さんの反応が楽しくてつい虐めちゃった。ごめんね」
言いながら縮こまっている雨宮さんの頭を軽くなでる。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」
真っ赤どころじゃない。深紅って呼べるほど全身が彩色されていた。
やりすぎたか。ていうか調子に乗りすぎだな僕。
「じゃ、じゃあ、今日はこの辺で。さようなら」
こういう時は退散に限る。
ギュっ
――しかし、去り際に左手を掴まれてしまい、逃走は不可能となってしまった。
「…………………」
手を掴んだまま涙目でこちらを睨み続ける雨宮さん。
逃がすまい、という意思が手に力を込めて伝わってくる。正直かなり痛い。
「…………………」
うっ――
――『あのですね。確かに僕に非があることは事実なのですが、異性に耐性がない男子にとってその視線と手の感触はかなり危険なわけですよ』
なんて口に出せるわけがなく、ただただ視線を景色の方へそらしてしまう僕。
お互い言葉が出ず、沈黙が続く。
たまに雨宮さんの顔を覗いてみるが、表情はずっと動かず、涙目の御顔でじーっとこちらを見つめ続けていた。
負けじと見つめ返してみようとするが、にらめっこは3秒も持たず、僕の方がすぐに視線をそらしてしまう。
なんともいえない桃色っぽい空気が僕をキョロ充に変えていた。
雨宮さん的にはこの場面も『恋愛小説のネタになりそう』みたいに考えるのだろうか。今の必死そうな表情からは心情を全然うかがうことができない。
何十分、こうしていただろうか。
夕日も姿を隠し、下校時間を告げるチャイムが僕らを現実に引き戻す。
「か、帰ろうか……その……一緒に」
「…………」
雨宮さんは無言のまま小さく首を縦に振って応えてくれた。
手を放そうと力を緩めるが、雨宮さんの方が離すまいと力を強めて逃がしてくれない。
「…………」
怒っているのか照れているのか、その何とも言えない表情に終始睨まれながら僕らは手を繋いで下校をした。
「――あら?」
その姿をクラスメイトに見られていたことに、この時の僕は気づくことはできなかった。