「いや、その、僕はちゃんと否定したんだよ? いくら瑠璃川さんがすごい人でも『小説』って舞台で雨宮さんに勝つことなんて不可能だって」
「………………」
いつもの新校舎と旧校舎と繋ぐ間の渡り橋。
そこに到着した瞬間、僕の言い分が炸裂した。
だけど雨宮さんは無言で睨むのみ。
こ、こええ。最近、雨宮さん無条件で怖い時がある。
「あはは。笑っちゃうよねぇ。素人があの桜宮恋を上回るだなんて。まぁ、瑠璃川さんも冗談で言ったんだと思うから雨宮さんも広い心で許してあげなよ、うん」
「別にそのことで怒っているわけではないので大丈夫です」
ようやく聞けた雨宮さんの声は物凄く尖っていたのであった。
「え、ええと、そ、それではどうして怒っているのでしょう……ね? あはは」
乾いた笑いしか出ない僕に対し、雨宮さんは先ほどとは打って変わって満面の笑みでこんな風に言葉を返した。
「自分の胸に聞いてみたらどうでしょう?」
え、笑顔が怖ええええええええ!
先ほどまでの怒り満面の時の方がまだよかった。
無言の圧力に圧倒され、僕は言葉を出すことができなくなってしまった。
本当にどうして怒っているのだろうか。昨日の転生未遂と言い、雨宮さんはたまに思考の掴みどころがなくなってしまう。
そんなことを思っていると雨宮さんは不意に頬を膨らませ、若干瞳を潤ませながらボソッと言葉を絞り出す。
「……私だけの特権じゃなかったんですね」
「へっ?」
「なんか私とお話している時より楽しそうに小説について話してました。ズルい」
えぇ……拗ねてるだけだ、これ。
嫉妬深い系ヒロインみたいな拗ね方でちょっとかわいいとおもってしまったが、誤解は早く解かねばいけない。
「いやいやいや、瑠璃川さんとはさっき初めて話したんだよ。ついでに言うと緊張で楽しむ余裕なかったよ。雨宮さんと話している時の方が何倍も気楽で楽しいから」
「……私には魅力がないから緊張しないと」
どんな拗ね方だ。
「雨宮さんは一緒にいて落ち着く系だからね。気兼ねなくしゃべれるってやっぱり大きいいよ。同じ美人系でもこうもタイプが違うのだから面白いよね」
そう言うと雨宮さんはみるみる顔を赤くしていき、やがて耳まで真っ赤になっていった。
「~~~~~~っ! も、もういいです! ちょっと拗ねてみただけですから、思いっきり照れされること言わないでください」
ただただ本音で語っていただけなのだけど、機嫌を直してくれたみたいだ。
雨宮さんの扱いが段々わかってきた気がする。この人怒っている時や拗ねている時は照れさせれば機嫌が直るみたいだ。
「で、でもでも、他にも怒っていることがあるんですからね! あったんですからね!」
ぽかぽかと僕の胸を叩きながら怒りアピールをしてくる雨宮さん。過去形に言い直すところがなんだかかわいらしい。
「他にも怒っていることって?」
僕はまた知らないうちに雨宮さんを怒らせてしまったのだろうか。
「読みましたよ! 『小説家だろぉ』での『ユキ』先生の小説!」
「あー、読んじゃったのね」
『ユキ』というのは僕の『だろぉ』での著名だ。
すでに出版作を持っている関係で『弓野ゆき』の名前は避けた方がよいと判断し、だろぉでは『ユキ』が僕の名前である。
そういえば昨日僕が『だろぉ』で小説を書いていることを告白したんだった。
なるほど。雨宮さんの怒りの理由がなんとなくわかった。
「『平凡小説家~異世界に渡りペンで無双~』があまりにも駄作だから憤りを感じているんだね」
「えっ? 何を言っているのですか? あの作品尻上がりに面白くなっているじゃないですか。私普通に続き楽しみなんですが」
うそぉ。
あの雫さんですら駄作と称するレベルのアレを初めて面白いって言ってもらえた。
嬉しい反面、なんで?っていう感情が湧き出てしまう。
「異世界転生モノ? っていうのですか? 私的にはあのジャンル新しさを感じられてとても楽しめています。何よりも弓野先生のキャラが輝いている感じがして私はとっても好きですよ」
なるほど。今まで純文学の世界に生きてきた彼女にとって、今やあり触れている『異世界転生モノ』が真新しく見えるんだ。
そういえば僕も初めて読んだ異世界転生モノは今でも深く心に残っているなぁ。
どんなジャンルにしても先駆者って偉大だ。
「あ、ありがとう。なんか初めて雨宮さんに褒められた気がする」
「普段からたくさんリスペクトしているじゃないですか! 雪野さんの中で私とんでもなく嫌な人じゃありません!?」
「いや、雨宮さんのイメージって僕の中では孤高のクールビューティだから。むしろ褒めたりせずに常に貶してほしいまであるよ」
「勝手に人を女王様みたいないキャラ付けしないでください! まったくもぉ」
そっか。
あんな作品でも楽しみにしてくれる人がいるんだ。
幸いにもあの作品は何とかPV数5桁は維持できている。
雨宮さんの他にもきっと楽しみにしてくれる人がいると信じて、あの作品はなんとしても完結させよう。
「そういえば、結局どうして怒っていたの? 異世ペンの件じゃないなら一体?」
「あの作品異世ペンって略すのですね。私が怒っているのはもう一つの作品の件です!」
「あっ……」
あっちか。
『だろぉ』での投稿は2作あった。
『異世ペン』は2作め。
その以前にもう1作書いていたことがある。
ある意味僕の中で一度小説家人生を打ち切るキッカケとなったのがあの作品なのである。
「ユキ先生の1作目『ウラオモテメッセージ』」
「…………」
「小説家だろぉで投稿された102話の作品。私、夢中で読み漁りました。気が付けば徹夜です」
僕の作品は1話1話が長い。
だから102話の話をじっくり読み更けると数時間かかるだろう。
雨宮さんはかすかに肩を震わせながらつぶやくように言葉を紡ぎだす。
「――面白かったです。文句なく。この間の『7000文字小説』よりも、『大恋愛は忘れた頃にやってくる』よりも、貴方に関わるどの作品の中でも間違いなく最高峰に君臨する大名作でした」
「ど、どうも」
「貴方は何度私を驚愕させれば気が済むのですか。次から次へと物凄い作品を見せてきて」
「いや、そんないうほど大したものでは……」
「大したものです! アレはとんでもない作品でした! なんでもっと早く教えてくれなかったのですか!」
褒めてはくれている。
だけどその声色の奥底で彼女は怒りを見せている。
僕は顔をそらしながら横目でちらりと彼女の表情をうかがっていた。
――あの作品を読んで、彼女はどこまで真実にたどり着いた?
――彼女の怒りはどっちを向いている?
「それに! どうして『ウラオモテメッセージ』を途中で書くのを止めちゃったんですか! 勿体ないです! あんな名作を途中で放り投げるなんて作家としてあり得ない! おかしいです!」
なるほど。
怒りの矛先はそっちを向いていたか。
僕は少し胸を撫で下ろした。