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第16話 気づけば急激に仲良くなっていた

「雪野くん」


「…………」


 放課後。

 突然隣の席の瑠璃川さんから不意に声を掛けられる。

 今まで挨拶なんてされたことなかった故に一瞬の硬直。

 自分に向けられた声であることを理解した瞬間、間を埋めるように慌てて言葉を返した。


「あ、あ、う、うん! なんでしょう?」


 気持ち悪い感じにドモってしまった。

 その様子を見て瑠璃川さんは愉快そうにクスクス笑みを浮かべている。


 瑠璃川さん。

 えっと、下の名前は確か楓さん。

 校内人気は非常に高いと聞く。

 理由はその容姿と性格にある。

 まず容姿だけど一言でいえば『お人形さん』である。

 日本人形のような恐々強い雰囲気ではなく、おもちゃ売り場に置かれているような愛くるしい感じのお人形さんだ。

 性格はクールでありながらしっかり社交性も持ち合わせている印象。普段は表情薄いけど、他人と話すときはちゃんと微笑んでくれる。

 文武両道、才色兼備、品行方正。

 小説の中でしかいないと思われていた設定盛り盛りのこの人とは席が隣ではあるのだけど、当然今まで一言もしゃべったことはなかった。

 僕としても遠い世界の人のように思えていたので無言を貫いていた。

 だからこそ急に声をかけられたことに戸惑ってしまう。


「雪野くんって、あの桜宮恋さんと付き合っていたりするの?」


「…………」


「あ、間違えたわ。桜宮さん、ってのは著名だったわね。雨宮花恋さんと」


「…………」


「聞いてる? 雪野くん?」


「はっ! ご、ごめんなさい。急にとんでもないことを質問された気がしてフリーズしちゃってました」


「面白い返しね」


 いや、フリーズもしますって。

 最近放課後になると雨宮さんがこの場に現れるのでこのようなあらぬ誤解を生んでしまったのだろう。

 これは正しておかねば雨宮さんにも迷惑をかけてしまう。


「えと、付き合っているわけじゃないですよ」


「ふーん。でも仲良さそうよね?」


「うーん、どうだろう?」


 もちろん僕の中では『友達』のグループにカテゴライズされているが、どうもお互いにまだ固い所がある気がしているのだ。

 それに雨宮さんとは出会ってからそれほど日が立っていない。故に固いのは仕方ないことではあるのだが。


「瑠璃川さんは雨宮さんが桜宮恋だってこと知っていたんですね」


「ええ。こう見えても私文学趣味も持っているから」


「そうだったんだ。自分で書いたりもしているのですか?」


「うん。まあ。独学で書きあげたことだってあるわよ。私、集中するとある程度のこと出来ちゃうみたいなの」


 茶目っ気交じりで言っているが実はとんでもないことをおっしゃっている。

 『物語を一つ書き上げる』。これって実はとんでもなく難しいことだったりする。

 その難しさに挫折して志半ばで諦めた人を『だろぉ』で何人も見てきた。

 それ故に今の瑠璃川さんの発言には素直に感心した。


「すごいですね。瑠璃川さん。さすがの才色兼備です」


「ありがとう。正面から褒められるのってなんだか久しぶりで照れるわ」


 目の前ではにかみながら照れている瑠璃川さん。正直、才色兼備という言葉では片づけられないレベルのスペックである。

 成績は学年トップレベル。超美人。教師受けも良い。そしておまけに小説も書けるときたもんだ。

 なんて神様は不平等なんだ。彼女の才能のうち一つでも良いから僕に分けてほしいものだ。


「良かったら私の小説見てみる?」


「えっ? 見せてくれるのですか?」


「褒めてくれたお礼に特別。雪野くん例のアプリID持ってる?」


「あ、はい」


「じゃ連絡先交換ね」


 マジか。

 皆が欲しくて欲しくてたまらないであろうあの瑠璃川さんの連絡先をあっさりゲットしたよ。

 この感じだと色々な人にもID交換はしているのだろうけど、それでも僕のアプリに登録先が増えたのは素直に嬉しかった。


「あとでアプリに小説データ送るわね。ふふーん。私ね、正直桜宮恋を超えたと自負しているのよ」


「あはは。それはさすがにあり得ませんって。でもとても楽しみにしています」


「えっ、あ、ええ。即否定されるとは正直思ってなかったけど、ま、まあいいわ、それじゃあ」


 思いっきり戸惑いを見せながら教室から出ていく瑠璃川さん。

 いやぁ、まさか隣の席の人が文学少女だったなんて。

 雫さんに続いて、雨宮さん、それに瑠璃川さん。最近急に小説つながりで人との交流増えたよなぁ。


「「「「………………」」」」


 うお!?

 ふと周りを見渡してみると、クラスメイト全員が怪訝そうにこちらを見つめてきていた。

 そうだよな。みんなからすると瑠璃川さんはアイドルのような存在だ。クラスの根暗ぼっちがごときが気軽に話をしていいわけがない。


「(じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!)」


 居たたまれない群衆の視線。その中でもひと際目立つ殺意を込めた視線を送っている人がいるようだ。

 恐る恐るそちらを振り向いてみる。


「あっ……」


 ものすごく見知った人が見たことない形相でにらみを利かせまくっていた。

 僕は急いで帰り支度を整え、その殺意の視線の主の元へ駆け寄った。


「お、お待たせ、雨宮さん。さっ、今日も、い、いこうか」


「(じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!)」


 こ、こええええ。

 そうだよな。今の僕と瑠璃川さんの会話は雨宮さんからしたら気持ちよいものじゃないもんな。

 いつもの場所についたらフォローしなければ。

 でもとりあえずこの場を離れることが先決なわけで。


    パシッ


 僕は雨宮さんの手首を取るとその場から逃げるように立ち去って行った。

 その間、終始雨宮さんのジト目攻撃は続きっぱなしだったのであった。


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