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第14話 ノベルを学べる専門学校は割とそこらにあったりする

「うーん。なんか緊張する」


 その夜、僕はPCの前で悶々としていた。

 例の地の文のない7000文字の恋愛小説。それを雫さんにも見てもらいたく小説データを送っていた。

 だけど30分経っても返信がない。

 雨宮さんは異様なくらいあの小説を気に入ってくれたから内容には自信をもっていたのだけど、他の人の視点から見るとまた違うのかもしれない。

 ただでさえ雫さんには僕が【だろぉ】に投稿している異世界モノにボロクソ言われてきているのだ。

 得意分野だった恋愛小説まで否定されまくってしまったら立ち直れるだろうか僕。


    ~~♪~~♪~~♪


「うぉ! 通話で来たか!」


 感想はチャットでくれると思っていたので通話メロディが流れた途端仰け反るように驚いてしまった。

 若干手を震わせながら通話開始ボタンをクリックする。


「も、もしもし? 雫さん。どうでした? 例のアレ」


「…………」


 な、なんで無言なんだろうか?

 いつも天真爛漫な雫さんとは思えないリアクションで戸惑ってしまう。


「し、しずくさーん?」


「――ノヴァアカデミー」


 開口一番、雫さんが全く聞き馴染みのない言葉を出してくる。


「な、なんですそれ?」


「演奏、電子音楽などを学べる音楽科。発声、演技などを学べる声優科。絵、CGを学べるイラスト科。そして小説、シナリオなどを学べるノベルス科。将来色々な分野で活動が期待できる専門学校なんだ」


「は、はぁ」


 小説の感想をくれると思いきや、いきなりぶっ飛んだ話題を持ち掛けてくる雫さん。


「弓さんはそこに入学すべきだよ」


「えぇっ?」


 話が突拍子なさすぎて全くついていけてない僕。

 なんだ? どうして雫さんは急にそんな訳のわからないアカデミーを推薦してくるんだ?


「たぶんすでに出版経験のある弓さんなら余裕で入学できると思う。まぁ、面接くらいはあるかもしれないけど、よほど変な受け答えしなければいけると思うよ」


「いや、『思うよ』じゃないですよ! 僕がそのアカデミーに進学することが決定したかのように言わないでください」


「ノヴァアカデミーは本当に才能の原石の集まりみたいな場所なんだ。弓さんほどの才能の持ち主がアカデミーに進学しないなんて駄目。在ってはならない」


 やたらアカデミー進学を進めてくる。

 確かにちょっと面白そうな学校だなとは思うけど、実際に入学するかどうかはやはり別問題である。


「あっ、もしかして雫さんはそのノヴァアカデミーの在校生なのですか?」


「ううん。違うよ。でも私は来年ノヴァアカデミーに進学するよ。親も許可してくれたし」


「へっ? てことは雫さんって高3? 僕と同い年?」


「――あっ……そ、それはまぁ……秘密」


 いや、自分から答えをばらしたようなものだけど、なぜそこまでして頑なにプロフィールを隠すのか。

 よほどの事情がきっとあるのだろう。一応フォローしておくか。


「雫さんが留年していたり、浪人していたりしたらまだ年上の可能性ありますもんね」


「留年も浪人もしてません! 一応学年成績上位の優等高校生だよ!!」


「でも病気とかで出席日数が足りていなかったりすれば留年の可能性ありますよね」


「意地でもキミは私を年上にしたいんか! もうバラすけど私は弓さんと同じ高校3年生だよ!」


 漆黒で埋まっていた雫さんのプロフィールに一つだけ晴れ間が差し込んだ。

 本当に同い年だったのか。年は近そうだなと感じはしたけど、ずっと年上だと思っていたから戸惑いがすごい。


「同い年の女の子と1年半以上ずっと通話でやりとりしていたのか僕。リア充みたいだな」


「弓さんのリア充の敷居低すぎないかな? 別に男女でお話するくらい普通じゃない?」


「いやいや、僕の友達の少なさ知っていますよね? 男女どころか男同士でも会話繰り広げてきませんでしたからね僕」


「弓さん……なんて不便な……私で良ければいつでもお話相手になるからね」


 この人の存在に救われたことは何回もあった。非常にありがたかった。

 雫さんのフランクな性格が根暗ぼっちの僕の言葉を引き出してくれていたし、いつの間にか普通に愚痴を言い合えるような友人みたいな関係性になっていたのである。

 雫さんにはいつか恩返ししないといけないとずっと思っている。


「って、私の年齢のこととか弓さんのぼっち自慢とかどうでもいいの! ノヴァアカデミー! 入学するよね! 弓さん!」


「いえ、しませんけど」


 恩返ししたいとは思っているけど、それとこれとは話が別問題だった。


「なんで!? アカデミー興味ない?」


「逆に聞きますけど、どうして雫さんはそこまでして僕にアカデミー入学を進めるのですか?」


「だって……キミの7000文字小説……超面白かったから……」


「えっ? そ、それが理由で?」


「……うん」


「…………」


「…………」


 沈黙が流れる。

 僕もだけど、ここで黙らないでほしい。なんか気恥ずかしいから。

 あの7000文字小説を雫さんも面白いって言ってくれた。

 その事実は僕にも自信になる。

 だけど、どうしてそれがアカデミー入学を推薦することになるのだろうか?


「あの7000文字小説。何度も読み返しちゃった。本当に面白すぎて。私的には『大恋愛は忘れた頃にやってくる』を超えた衝撃だった」


「あの地の文のない会話だけの小説が? キャラクター2人が駄弁っているだけの物語に対して、さすがにそれは過大評価が過ぎるというか……」


「弓さん! 7000文字であの面白さを表現できるってことは物凄い才能だよ! その才能を腐られるのはもったいない。勿体なさ過ぎる。弓さんは小説家にならないと駄目な人。アカデミーに入ってもっともっと進化して、もっともっともっともっと面白い小説を世に出すことを義務付けられた人なの! その自覚ある!?」


「全くないですよ!? 7000文字小説を雫さんも気にいってくれたことは素直に嬉しいですけど、進路先や就職先まで決定されるのはちょっと重すぎますって」


「うぅー、確かにそうかもしれないけどぉ」


「それに僕、地元の大学に推薦もらってますので」


「まだ推薦段階でしょ? 進学希望先を何校も受験するのは普通だよ。まぁ、確かに強制するような言い方しちゃって私も悪かったです。でもノヴァアカデミーも弓さんの進路先の一つとして候補に加えてくれると嬉しい……です」


 自分が言い過ぎたことを反省しているのか、尻すぼみに言葉が弱くなる雫さん。

 この人が語尾に『です』なんてつけて喋っているの初めて聞いたかも。

 ノヴァアカデミーか。ちょっと考えてみようかな。


「わかりました。僕も興味がないわけではありませんのでアカデミーについてもうちょっと調べてみます」


「うん。嬉しいよ。アカデミーを選んでくれたら私と同級生だね」


「雫さんはやっぱり絵を学べるイラスト科?」


「もちろんだよ。もっともっと絵を学んで弓さんの小説の担当イラストになるからね!」


 もう実質担当イラストレーターさんのようなものだけど、そんな風に言ってくれるのは素直に嬉しかった。


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