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第12話 転生未遂は忘れた頃にやってくる

「(うっ……)」


 翌日の朝。

 教室に姿を現した僕を迎えたのは奇異と興味の交じり合う視線の数々だった。

 だよな。クラス内で居るか居ないかわからないような根暗ぼっちが別クラスの超美少女から『だーれだ』をやられている姿を見たらそりゃあ興味沸くよな。

 誰も僕に話しかけてこようとしないのが逆に救いだった。

 クラスメイトの噂話が耳に入ってくる。『雪野って友達いたんだ』とか『あの美少女とどういう関係?』とか『昨日の二人のやり取りウケる』とか『珍しいものみた』とか。

 隣の席の瑠璃川さんだけも無言でじーっとこちらを観察してきている。

 居たたまれない。クラス内の会話が全部僕に関する噂話に聞こえる。

 失敗したなあ。授業が始まるギリギリで教室に入ってくるべきだった。

 仕方ないから僕はスマホをポチポチ弄ることで時間をつぶすことにした。


「(あれ?)」


 メッセージがある。

 雨宮さんだ。

 もしかして昨日夜に送った小説を読んでくれて、その感想を送ってくれたのかな?

 期待を込めてメッセージを開く。

 そこにはただ一言、こう記されていた。


『ちょっと転生してきます』


「…………」


 一瞬意味が分からなかった。

 でもすぐに察知できた。

 『転生』。

 これは僕と雨宮さんの中で共通して別の意味を表す言葉。

 ――まて、ちょっとまて。

 これが送られてきたのはいつだ?

 送信時間を見る。

 約10分前。

 10分も経ってしまっていた!


    ガタッ!!


 勢いよく立ち上がる。

 クラスメイト達が一斉に驚いた表情で僕に視線を集めていた。

 でもそんなことお構いなしに僕は教室を飛び出し、迷惑招致で廊下を全力ダッシュする。

 何度か登校中の生徒にぶつかりそうになるが、僕は真っすぐ走っていった。


「(雨宮さん、お願いだから早まらないでくれ!)」


 どうして急に飛び降りを示唆するような文章を送ってきたのだろうか。

 純文学を止めたとき編集と揉めたと聞いた。そのことを引きづっているとか?

 それとも僕が知らないだけで雨宮さんには大きな悩みがあったのかもしれない。

 なんにしても知り合いとして彼女の悩みに触れなかった自分をとにかく呪った。

 雨宮さんと初めてあった場所。

 そしてその日から毎日ともに過ごした大切な場所の扉の前にたどり着く。

 お願いだ。ここにいてくれ!


    キィィ


 古びた扉を開け、僕すぐに鉄柵の方向に視線を向ける。


「…………」


 居た。

 居たけど非常にまずい状況だ。

 雨宮さんは鉄柵の上に座り、足をユラユラ揺らしながら対面から拭く風に揺れる横髪抑えて遠くの景色を見ていた。

 まずいまずいまずい。

 雨宮さん、今にも飛び降り可能な状況いる。

 思いとどまってくれているようだけどちょっとでも刺激を与えるとそのまま飛び降りてしまいそうな不安定さだ。

 下手に声を掛けてしまったら驚きで柵の向こう側に落ちてしまうかもしれない。

 とりあえず僕はゆっくりと、雨宮さんに気づかれないように歩みを進めるのだが――


「雪野さん、おはようございます」


 残念ながら気づかれていた。

 雨宮さんは視線を外の景色に向けながらつぶやくようにただ言葉だけど後方にいる僕に向けていた。


「あ、あああ、雨宮さん。おちついて。お、おおおおお、おちつてて」


「雪野さんが落ち着いてくださいよ」


 小さく吹き出しながら雨宮さんは口元に笑みを浮かべる。


「私を心配して来てくれたのですか?」


「だ、だだだ、だって、あんな文章を送られてきたら、さ、さすがに心配になるよ」


「やっぱり雪野さんは優しいです」


「や、やさしくなんかないって」


 昨日の会話の再現みたいな話を繰り出しているが、僕はいつ雨宮さんが体制を崩してしまうのか気が気でなかった。


「そうですね。雪野さんは優しくないです」


「えっ? あ、う、うん」


「雪野さん、どうして今私に優しくないって言われてのか考えてください」


「な、なぜって……あ、昨日雨宮さんの小説はまだ純文学くさいって言ったこと……だよね」


「違います。はぁ……」


 思いっきりため息をつく。

 ここで今日初めて雨宮さんはこちらに顔を向けてくれた。

 その表情は若干怒っているように見えた。


「雪野さん。私が恋愛小説を書こうとしていたこと内心笑っていたんじゃないですか?」


「そんなわけないじゃないか! 何を根拠に!?」


 本心からの叫びを彼女に投げる。

 だけどそんな想いがまるで届いていないかのように彼女は表情を変えなかった。


「私の書く恋愛小説なんて雪野さん自身の書く恋愛小説に比べるとお遊びみたいなもの」


「なっ……!?」


「そんな風に思っていたんじゃないですか?」


「思うわけないじゃないか! 僕は本心で桜宮恋の書く恋愛小説を読みたいと思っているよ!」


「どうだか」


 彼女が放つ視線は冷たい。

 怒りだけじゃない。僕に対する軽蔑のような感情が混じっている。

 なぜだ? どうして彼女はここまで怒っているんだ?


 ――『私の書く恋愛小説なんて雪野さんの書く恋愛小説に比べるとお遊びみたいなもの』


 この言葉が……答えなのか?


「私ね。弓野ゆきに本当に勝とうとしていたの。7000文字勝負で弓野ゆきに勝つことで私は初めて大衆小説のステージに立てる」


 敬語が一切ない、雨宮さんらしからぬ感情爆発の言葉だ。

 僕に勝つって……

 現時点であらゆる点で雨宮さんの方が上なのにどうしてそんなことを。


「雪野さんの7000文字小説を読んだとき、自分が如何に自惚れていたかに気が付いた。貴方の小説は私がなりたい自分の形だった。こんな小説をいつか書きたい。それの具現化だった」


 僕の7000文字の文章はここまでも少女の感情を揺さぶって、追い込んでしまったというのか。


「勝負になんてならなかった。私が何年、何十年かけても貴方の小説に勝てる気がしない。そう思ったらなんか軽い自暴自棄になってしまって」


 雨宮さんをこんなにしてしまったのは弓野ゆきの作品のせいだった。

 原因の中心に自分が居ることに対し自分自身に腹が立つ。


「僕なんかをキミの理想にしてもらえたのは光栄だけど、何もここまで追い詰めなくても……」


「僕――『なんか』!? あなた今私の目標の人を『なんか』なんて言った!?」


 こ、こええ。

 こんな迫力のある怒りを向けた雨宮さん始めてだ。

 普段の姿からはまるで想像つかない迫力がある。


「貴方、自分の価値をわかっていないの!? あんなものを見せつけられて、自信を保つことなんてできるわけないじゃない!」


「持ち上げすぎだよ。どうしてそこまで僕の小説に入れ込むのさ」


「貴方の7000文字会話劇が面白すぎて、胸が躍らされて、切なさで締め付けられて、生き生きと掛け合いする主人公とヒロインが一瞬で大好きになったの! それをたった7000文字で表現した貴方はもう化け物だ!」


 小説家としてこれ以上ないくらい嬉しい感想を言ってくる。化け物扱いはさすがに言いすぎだけど。


「もう、小説は諦めようかな」


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