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第10話 『だ~れだ』を普通にできない美少女作家

 著書【才の里】

 若き天才桜宮恋の処女作。

 ジャンルは純文学。

 純文学はいつも大衆文学と比較される。

 大衆文学で必要なのは『娯楽』。

 対して純文学で必要なのが『芸術』。

 桜宮恋は若きして純文学の心得を完璧になぞり、賞を得た。

 彼女の文章は常に美しい。

 単語の選び方、澄まされた文法の規律。視覚的描写だけじゃなくて嗅覚すら刺激されるような文章選びが桜宮恋の一番の特徴だった。

 恐らくその年でここまで芸術表現が巧みなものは桜宮恋以外において存在などしないだろう。

 『純文学の神童』。

 それが桜宮恋に与えられた称号だった。







「2話投稿完了……っと」


 やっぱりプロットを組みなおして正解だった。

 たった今投稿した第2話は第1話と比べて自信が持てる出来となっていた。


「でも連休は執筆だけでつぶれちゃったな。まぁ、いつも通りだからいいんだけど」


 大きく伸びをして満足感に浸る。

 プロットも良いものが出来上がっている為、恐らく第3話も近いうちに投稿できるだろう。

 さて、明日も学校だ。寝不足のまま授業に出るわけにはいかないし、早く寝ようかな。


「……と、その前に一応雫さんに2話投稿の完了報告と1話に挿絵を入れさせてもらったことの連絡しておかねば」


 アプリを立ち上げる。

 あれ?


「未読メッセージ……雨宮さんからか」


 タップで開き、内容を確認する。


『冒頭だけですが、小説書かせて頂きました

 良かったら読んで頂けると幸いです


 ‘添付ファイルあり’』


 相変わらず固いなぁ。

 そんなことを思いながら添付ファイルをダウンロードして早速中身を拝見させてもらう。


「うぉ、90ページもある!?」


 この土日だけでそこまで書いたのか。相当集中しないとできない所業だぞ。

 さすが桜宮恋というべきか。

 さて、肝心の内容の方は……と。


 ………………

 …………

 ……







「だ、だだだ、だーれだ?」


 『だ』が多い。

 って、そうじゃない。そうだけどそうじゃない!


「あ、雨宮さん」


「せ、正解です」


「…………」


「…………」


 放課後の教室。

 雑躁飛び交う3-Aの教室で起こった僕と雨宮さんのおかしなやり取り。

 そのやり取りを見ていたクラスメイトの雑躁が瞬時にピタっとやみ、僕らの方に視線を集中させる。

 昨日と同じように教室で待っていたら、雨宮さんがまっすぐこちらに歩みを寄ってきてこのようなおかしな行動をとってきた。

 冷や汗というか脂汗というか、ともかくおかしな汁が僕の体内から噴き出している。

 見ると雨宮さんも僕と同じように困ったような表情をこちらに向けていた。


「い、いいい、行こう!」


「は、はい」


 やや乱暴に雨宮さんの手をガッと掴み、急いでこの場から飛び出した。

 噂される。僕らが出て行ったあと、絶対に噂される。そして笑われる。

 そんなことを思いながら僕らはいつもの渡橋の前まで足早にやってきた。


「どういうことなの!?」


 開口一番、真っ先に雨宮さんに先ほどの行動に対して問い質す。

 雨宮さんはとても申し訳なさそうな表情で俯きながら謝ってきた。


「ご、ごめんなさいっ! 恋愛の定番と言えば『だーれだ』と思い、その、ついあんなことを」


 例のノンフィクション恋愛行動の検証か。

 確かに『だーれだ』は定番だけど、正面から真っすぐ突き進んできて『だーれだ』はないと思う。

 雨宮さんもそれが分かっていてか後悔の表情でうつむいていた。

 ていうか今にも泣きそうな表情だ。

 僕としたことが、女の子にこんな表情をさせるのはいくら何でも駄目だろ。

 僕も自分が高圧的になっていたことを反省し、今度は優しく小動物に言い聞かせるように口調をやわらかくする。


「そ、そうだったんだね。うん。それならそれで全然いいんだよ。女の子から『だーれだ?』をされて喜ばない男なんていないよ」


「でも、雪野さんに迷惑をかけてしまいました。どう見ても私の暴走でした。ごめんなさい」


 雨宮さんの表情が更に曇る。

 まずい。これはいけない。迷惑なんかじゃない、とすぐに言い聞かせないと。


「ほ、ほら、その、急にあんな友達っぽいことされてちょっと驚いただけなんだ。実は内心すごく嬉しくて今にも『ひゃっほーい』って叫びながらここから転生未遂したいくらいだよ」


「飛び降りたいくらい恥ずかしい思いをされたと」


「全然恥ずかしくなんかないから! 喜びで飛び降りも苦じゃないよっていう比喩だよ。いやー、驚いたけど嬉しかったなぁあ」


 め、めちゃくちゃわざとらしい。

 僕の会話力のなさが不自然さを際立たせていた。

 雨宮さんも僕が無理して励まそうとしていることを察したようで更に泣きそうな顔になっていた。

 あーもう! やけだ! 普段絶対やらない行動を起こしてこの空気を換えてやる。

 僕は震える手をゆっくりと伸ばし、彼女の頭に手を置いた。


「~~~~~~~~っ!!」


 泣きそうな表情は瞬時に変容し、今度は目を見開いて顔を真っ赤にさせていた。

 たぶん同じくらい僕の顔も真っ赤だろう。

 でも泣きそうな顔をされ続けるよりマシ!

 僕はゆっくりと彼女の頭に置いた手を左右に動かし始めた。


「…………」


「…………」


 場に沈黙が戻る。

 だけど彼女の表情が徐々に緩んでいく様子が見られた。

 落ち着いたようだな。逆に僕の心臓はハードロックを奏でているけど。

 この渡り廊下が全く人通りのない場所で助かった。

 もしこの場面を誰かに見られていたら、本当に転生未遂を起こしかねない羞恥である。


「あの、雪野さん。ご迷惑おかけして本当にすみませんでした。さっきの私どうかしてました。それと、ありがとうございます」


 なんのお礼なのか一瞬わからなかったが、彼女の視線が少し上に向いたので頭を撫でる行為のことだと察することができた。


「全然迷惑なんかじゃないよ。でも『だーれだ』は僕に気づかれないように背後に回ってからやらないと意味ないと思うよ」


「うぅぅ、反省です」


「でもさっきも言ったけど、なんか嬉しかったのは本当だよ」


「それは、光栄です。その、私も、今、その、嬉しいです」


 もうだいぶ落ち着いたようだな。

 僕は右手を左右に振るのを止め、彼女の頭から手を放す。


「あっ……」


「うっ」


 そんな物惜し気な目をしないで。

 正直僕も雨宮さんのサラサラブロンズヘアーを触り続けていたかったけど、これ以上は理性が保てそうもなかったんだ。


「出会った時から思っていましたが雪野さん優しいですね」


「いやいや、全然優しくなんかないよ」


「こんなに気配りできるのに、優しくないわけありませんよ」


「評価してくれるのは嬉しいけど、本当に優しくなんかないからね」


 雨宮さんは若干頬を膨らませながら納得のいっていない表情を向けてくる。

 そう、優しくなんかない。

 僕はこの後雨宮さんに優しくない言葉を向けないといけないのだから。

 でもその前にちょっとだけ意地悪してみようかな。


「今日の出来事はさすがに文章化できないね」


「えっ? どうしてですか?」


「ど、どうしてって。なんか微妙に気まずくなったし」


「そうでしょうか。私にとっては文章化止む無しの素晴らしい出来事でしたよ」


 ポツリと『雪野さんに迷惑をかけてしまったのはさすがに失態でしたが』と言葉を加える雨宮さん。

 物惜し気に上目遣いで自分の頭を触っていた。

 うっ、やっぱり頭を撫でるのはやりすぎた気がする。雨宮さんは喜んでいるようだけど、それほど親しくない間柄の場合は普通に気持ち悪い行為だもんな。

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