「さて、小説書くか」
小説談義を行ったからか創作意欲は僕も沸いている。
駆けこむように自室へ流れ込み、PCの前に腰を下ろす。
「そういえば『だろぉ』に投稿したアレ、どうなったかな」
投稿者の楽しみはPV数を見ての一喜一憂することだ。
前作は感想をもらった時も嬉しかったなぁ。今作は感想受付拒否してるけど。
自分の小説のPVが映し出される。
「うーん。前作とどっこいくらいか」
投稿小説の1話はそれなりにPV数が増える傾向がある。
そこから微下降するか大下降するかは投稿者の腕次第だ。
「でも嬉しいなぁ。こんな駄作にもこれだけの人が見てくれたのか」
これだから『だろぉ』の投稿はやめられない。
早々にプロットを仕上げて2話目投稿をしなければ。
「――あっ」
PCのタスクバー隅っこに存在する手紙マークに“2”という数字が浮かび上がっているのが目に入る。
アプリのメッセージ未読通知だ。
えっ? “2”?
1件はいつものように雫さんだろう。
じゃあもう1件って……
その通知が雨宮さんからのチャットだろうとすぐに察知できた。
このアプリには雫さんと雨宮さんしかID登録されてないからなぁ。
いつもは“1”という数字があるだけでも嬉しいのに、その数字が2倍になるとこんなにも新鮮で嬉しい気持ちになるのか。
交友関係の広がりを実感するなぁ。
しみじみと噛みしめながらまずは雨宮さんのチャットを開く。
『お疲れ様です
先ほどはご指導誠にありがとうございました
このアプリ文書ファイルも添付できるみたいですので
新作が完成したら真っ先に雪野さんへ送ります』
か、固いなぁ。
なれないアプリを使っているからか、文章から妙な緊張が伝わってくる。
でもこの堅苦しい感じの文章、雨宮さん! って感じがして微笑ましくも思えた。
続いて雫さんの方のチャットも確認する。
文章だけでなく画像ファイルも添付されていた。
「うぉぉぉっ!!?」
思わず声が出た。
画面いっぱいに飛び込んできた色彩のキャンバスは僕が頭の中に思い描いていた通りの第1話のベストシーンの情景だった。
相変わらずの鬼クオリティ。
特に驚愕したのは主人公のイラストだ。
確かにキャラクターの容姿描写はしつこいくらい作中で記したけど、あれだけでこんなにも作者の意図を汲み取ってこれほどまでに完璧なキャラクターを描いてくれるなんて……
それだけじゃない。雫さんの絵は世界観の変更にもしっかりマッチしている。
現実世界の恋愛小説からコテコテのファンタジーに変更になったにも関わらず、雫さんはしっかり世界観に合わせた挿絵を画いてくれていた。
水河雫。
桜宮恋とは別のジャンルではあるけれど、彼女もまたイラスト界では孤高の天才なのである。
画像は即保存。僕のピクチャファイルの雫さんフォルダがまた潤った。
おっといけない。チャットの方も確認しないと。イラストのお礼もしたい。
『弓さん弓さん
第一話の挿絵できたから送るね
私的には今一つの出来だけど、もし良かったら使ってくれると嬉しいです。
あと電話頂戴。これ緊急だから』
雫さんはよく僕に電話要求をしてくる。
最初のうちはド緊張してあまりしゃべれなかったけど、今は少し会話になれたかな。
もう昔と違い通話開始ボタンを押すことに躊躇などしなかった。
「あ、もしもし雫さん?」
「ちょっと弓さん! 弓さんったら弓さん!!」
「いつにもましてテンション高いですね」
「そりゃあテンションも上がるよ! 驚きと興奮でテンションマックスの助だよ!」
「マックスの助でしたか。どうしてそんなに興奮しているんです?」
いつもテンション高めの雫さんだが、この上がりっぷりは若干異常だ。
何かいいことでもあったのだろう。
「弓さん! 1話のPV数見た!?」
「あっ、ついさっき見ましたよ。そうそう雫さん、1話のイラストありがとうございました。今回も素晴らしいイラストでしたよ」
「だああああああ! 私の駄絵なんでどうでもいいの! 弓さんあのPV数見てどうしてそんなに落ち着いているの!?」
「え? いや、前作と同じくらいだなーとしか思わなかったですけど……」
「はぁ……なんか落ち着いてるね弓さん。なんかいろいろな意味であきれたよ弓さん。弓さん的にはあのPV数は普通なんだね」
というより平均値が良くわからない。
好きな作品はたくさんあるけれど人の小説をアクセス解析を見るのはなんか気が引けるのでやっていないし、とりあえず昨日よりPV数多ければなんか嬉しい、そんなレベルである。
「えっと、一応聞きたいのですが、雫さんがPV数のことで驚いているのって『少なすぎる』って意味ですよね?」
「だろぉ系の無自覚主人公みたいなこと言い出した!? 弓さんわかってて言ってるでしょ!?」
半分冗談で言ってみたけど雫さんはしっかり乗ってくれる。突っ込みを返してくれる人ってありがたい。
でもそうか。雫さんのこの反応を見るに僕の作品は他に比べると多いんだな。
嬉しいのだけど、実は複雑な心境も奥底で存在する。僕も雫さんもあの作品は駄作と認めているからだ。それなのに多くの閲覧履歴が存在することがなんだか申し訳ない。
「こんな作品よりももっともっと面白い作品あるのに、どうしてこんなことに……」
「んー、前作のファンが見てくれたんじゃないかな?」
「あっ、なるほど。確かに好きな作者が新作を投稿したら絶対見てしまいますからね」
どんなに内容が微妙でも第一話は見てしまう。
でもたぶんその人たちも次は見てくれないだろう。
見限られたらそれで終わりなのだから。
「なんだか第2話を投稿するのが怖くなってきました」
「そんなこと言わないで。弓さんの2話を待っている乙女がここにいるんだから」
「ありがとうございます雫さん。なんでそんなに優しいのですか?」
「昨日も言ったでしょ。弓さんの作風に惚れているからだよ」
いつも雫さんはこの言葉で僕を励ましてくれる。
頑張って2話から軌道修正してこの人にだけはこれ以上ガッカリさせないようにしないとな。
「でも辛くなったら無理して書き続けなくてもいいと思う。ただでさえ弓さんは病み上がりというか、久しぶりな執筆なんだから。ちょっとずつリハビリするのも良いと思うよ」
「そうですね。ありがとうございます」
「お姉さんの癒しが欲しくなったら言ってくれたまえ。甘やかしてあげるよ」
「雫さんってたまにお姉さんムーブかましてきますよね。やっぱり本当に年上だったりするんですか」
「『やっぱり』ってところが老けてるって言われているみたいで微妙なんだけど。まっ、いいや。年齢については引き続き秘密ですっ」
雫さんは自分からプロフィールを明かしてこようとしてこない。
というか顔合わせすらやったことなかった。
『大恋愛は忘れた頃にやってくる』のイラストを担当したのは雫さんだけど、データやり取りはウェブで何とかなっていた。
僕が雫さんについて知っているのは人懐っこい性格と可愛らしい声くらい。
彼女の顔とか年とか住まいとか、それにどうして『大恋愛』のイラストを担当する経緯に至ったのかとかその辺のことは全く知らなかった。
「じゃ、弓さん、今日はこの辺で! あ、そうそう、たまにはキミの方から私に連絡してもいいんだぞ~」
「確かにいつも雫さんから連絡もらってましたね。今度僕から連絡します。たぶん」
「あー、絶対しないやつだコレ。まっ、いいや、またね」
それだけ言い残すと雫さんは通話を切った。
「さてさて、物語全体のプロットを組みなおしますかね」
首をコキコキ鳴らして戦闘モードに入る。
2話がある意味勝負だな。1話から閲覧数が激落ちするのは仕方ないにしても、如何にしてその数を落とさず保つことができるかでこの作品の運命は決まる。
目標としては1話の閲覧数の7割は残したい……な。
と、なると――
「PV数4桁キープできれば僕の勝ちって感じかな」
目標が明確に定まるとモチベーションも上がってくる。
読者の皆に忘れられないうちに2話を上げないと。
集中だ。集中。脳を物語の構想にすべてに捧げる。
自然と雑音は消え、やがて自分の作り出した世界観にしか意識が向かなくなる。
この感覚――懐かしい。
長らく小説から離れていたが、この感覚ばかりは忘れられなかった。
この日、僕が現実に意識が戻る頃には外から朝日の光が降り注がれていたのであった。