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第7話 恋愛小説におけるタブー 

「ふぅぅ~、ここまでくれば安心だ」


 結局たどり着いたのはいつもの渡橋。

 秋の冷たい空気が肌寒い。


「うぅ、やっぱりこの季節外は寒いですね」


「そうですか? 私は暖かいですけど。その……手の辺りとか」


「手?」


 言われ、自然と彼女の手首に視線が移る。

 なぜか僕の手もそこにあった。


「うわあああぁ! ご、ごめんなさい!!」


 慌てて彼女の手首から手を放す。

 僕はなんてことを……! 慌てていたとは言え、女の子の手を引っ張って走るなんて、最低だ。


「いえ、全然気にしていないですよ。むしろ暖かくて良かったです」


「雨宮さんいい人だなぁ。でもいいんだよ悪いのは僕なので。正直に『チョベリバー。クソきめぇんだよ、チビ!』って罵っていいんですよ」


「そんなこと微塵も思っていません! ていうか雪野さんの中で私のキャラ、ビッチすぎませんか!? なんかテイスト古いですし!」


 テンパりすぎて自分でも何を言っているのかわからない。

 女の子との関わりがなさ過ぎてどうしたら良いのか僕の頭では思いつかなかった。


「と、とにかく、本当にごめん! 親しくもない人間が急に手を掴んできて不快だったですよね」


 自分の突拍子のない行動が信じられない。

 雨宮さんは許してくれているが自分を戒める意味でもう一度真摯に頭を下げた。


「手を繋いだことは全然いいのですよ。むしろ今の発言の方が私的に怒りポイントです」


「えっ? また僕何かやっちまいました?」


「『親しくもない』って所です。確かに出会ってまだ二日目ですが、そんな風に言われてしまったらこれから親しくしづらくなるじゃないですか」


「い、いや、そんなことは全然! 微塵も! この謝罪は僕なりのけじめみたいなもので! 親しくなりたくないなんてことは一切ありませんので!」


「もう良いですって。雪野さんの誠意は十分すぎるくらい伝わりましたので、頭を上げてくださいよぉ」


「せめて、行動で謝罪をさせてください!」


「手を繋いだくらいでそこまでやられると、こちらも困ります」


 本当に困ったような表情でこちらを見つめてくる雨宮さん。

 このままでは埒が明かないか。謝罪以外で誠意を見せないとこの場が収まらないような気がした。


「じゃあ。なんでも好きなことを命令してくれればそれに従うってことで! それでこの件は終わりにしましょう」


「な、なんか無理やり話に終着点を付けましたね。なんでも好きなことって言われましても……うーん」


 雨宮さんが腕組をして首を傾げながら考える仕草をする。

 そうだよな。僕に出来ることなんてたかが知れている。こいつに何ができるんだ、という検討も交えた長考もあるだろう。


「あっ、思いつきました」


「言ってください!」


 距離感を保ったまま食い気味を詰め寄る僕。

 雨宮さんは姿勢を正して立ちなおし、軽い咳ばらいを入れ、僕の瞳の中を覗き込みながらまっすぐにこう言った。


「――私と親しくなってください」


「…………」


 まーたこの人は意味深のことを言ってくる。

 昨日の『私に恋愛を教えてください』発言に次ぐ意味深ワードだ。


「も、もちろん、オーケーです」


 とりあえず肯定しておく。

 親しく、って具体的に何をすればよいのか見当ついていないが、ここは下手に発言せずに相手の言葉を待った方が良い。


「では、たまに発せられるぎこちない敬語をやめてくださいね」


「えっ?」


「雪野さんには自然体で私に接してほしいので」


 良い笑顔で重圧をかけてくる雨宮さん。

 敬語なしか。もっと距離感が近くなってからそうしていければ良いなとは思っていたけど、本人がこの場でそういってくれたのは僕にとってもありがたかった。


「わ、わかりま――わかったよ、雨宮さん」


「はい!」


 雨宮さんは胸元でちいさく拳を握りしめていた。

 僕が敬語をやめることで多少なりとも彼女の感情を揺さぶったようだ。


「雪野さん、雪野さん」


 上がったテンションを緩めないまま、雨宮さんの方から僕に一歩詰め寄ってくる。

 テレが先行し思わず一歩下がりそうになったけど、踏ん張ってその場に耐えしのぐ。


「今の一連の流れ、小説にして良いですか!?」


「なんで!?」


「出会ったばかりの男女がちょっと仲良くなる素晴らしいノンフィクションじゃないですか、コレ!」


「そ、そうかなぁ?」


「そうです! 手を引っ張って教室から連れ出すシーンから敬語呼びを止めるシーンまで完璧な流れです! これはもう文章化止む無しです!」


 多少美化入っている気がする。手を引っ張ったのは不可抗力だし、連れ出すっていうよりは逃げ出すって感じだったけど。


「ま、まぁ、あの桜宮恋が良いと思ったのなら僕もこのシーンの文章化を見てみたいかな」


「やったっ、許可取れました。ありがとうございます」


「い、いえ、喜んで頂けたのであれば幸いです」


「また敬語!」


「あ……ご、ごめん」


「ふふ」


 なんだこれ。

 すごく楽しい。

 会話に詰まらないのが新鮮だった。

 ドキドキする。ワクワクする。

 これが今まで経験なかった『友人』って感覚なのかな。


「そうだ。小説の話題になったところでそろそろ本題に入る?」


 もともと今日集まった理由は彼女に恋愛小説の指導を行うことだ。


「はい! よろしくお願いします」


「といっても桜宮恋みたいな大先生に僕なんかが教えられることなんてあるのかどうか」


「そう言うと思いまして、私の方で質問を用意させて頂きました」


「おっ、助かるよ」


 そのやり方だったら僕もありがたい。

 正直何を指導すれば良いのかわからず途方に暮れていたからなぁ


「では一つ目の質問なのですが」


「うん」


 天才桜宮恋が苦戦する恋愛小説。

 彼女からどんな高度な質問が飛んでくるのか正直ハラハラする。

 僕に答えられる内容なら良いのだけど。


「恋愛小説のタブーってなんだと思いますか?」


「…………」


 なんて質問を初っ端からかましてくれるんだ。

 僕の中で答えは決まっているのだけど、恋愛小説の根本を否定しかねない内容なので言葉にしづらい。

 雨宮さんは真剣な面持ちで黙って僕の言葉を待ってくれている。

 その真剣さには僕も真剣に応えなければいけないと思った。

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