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第6話 恋愛ダメージは致命傷

 翌日の昼休み。

 僕はいつも通り校舎を繋ぐ渡り橋の真ん中で一人購買のパンを頬張っていた。

 そういえば、雨宮さんの恋愛相談に乗ると約束は取り付けたが、具体的な時間を決めていなかった。

 ついでに言えば待ち合わせの場所も決めていなかった。

 更に言えば連絡先の交換も行っていなかった。

 えっ? もしかして3年の教室全部回って雨宮さんを探さないといけないの? 陰キャの僕が? 知らない人に「このクラスに雨宮さんって方おりますかねぇ、へっへっへっ」みたいに言って回るの? 地獄過ぎない? 不審者過ぎない?

 でも約束してしまったしなぁ。この手元のパンを食べ終えたら覚悟を決めて捜索始めるか。


「――この季節に外での食事は昼食が冷めてしまいませんか?」


「うわああああっ!」


 気が付くと雨宮花恋さんは僕の真横から食事の様子を覗きこんでいた。


「あ、雨宮さんいつの間に隣に!?」


 全く気が付かなかった。扉を開ける音すらなかったぞ。忍者かこの人は。


「気配消して近づきましたからね」


「なんで!?」


「なんか雪野さんを驚かせたくて」


「それもなんで!?」


「雪野さんなら可愛いリアクションをしてくれるかなーって思ったので。ふふ、私の想像以上に良い反応ありがとうございました」


「心臓に悪い試みはやめてください。パンがのどに詰まるかと思っちゃった」


 昨日とはまるで印象が違う行動を出してきたな。

 物腰が丁寧だからこんな子供っぽい悪戯絶対しない人だと思ってた。


「それは申し訳ありません。トマトジュースあげるので許してください」


 ストロー付きでトマトジュースを手渡される。

 ジュース系は野菜果汁が好みだったのでありがたくそれを受け取った。


「ありがとうございます。仕方ないから許してあげよう」


 上機嫌でストローを吸う僕。

 うん。上手い。やや薄味で僕好みだ。どこで売ってるんだろこれ。


「雪野さん。もっと照れてくれないと困ります。間接キスに慌てふためくリアクションを見たいのに」


「~~~~~~~~っっっつ!??」


 横から真顔でとんでも発言する雨宮さん。

 危うく吹き出しそうになる所をなんとかこらえる。


「げほげほげほっ!」


 ジュースは何とか飲み込んだがその後思いっきりむせてしまった。

 雨宮さんは優しく僕の背中を摩ってくれる。


「大丈夫ですか? 雪野さん」


「大丈夫じゃないですよ! たった数秒でどれだけ僕にダメージを与える気なんですか!?」


「ごめんなさい。苦しませるとかそういった目的ではなかったのですが、恋愛小説のネタとして定番の間接キスって実際やってみるとどんな反応をしてくれるのかつい確かめたくなってしまいまして」


「昨日言ってた恋愛を教えてくださいってこういう意味!?」


「はい。もっと恋愛っぽいことを色々試してみたいです。雪野さんのリアクション、大変参考になりました」


 とても満足そうな笑みで、悪魔のような一言を仰っていた。


「僕はもっと座学的な講座を行って恋愛小説の書き方を教わりたいのかと思っていましたよ」


「もちろんそれもぜひお願いしたいです! 弓野ゆき先生が執筆アドバイスしてくれるなら光栄です!」


 目を輝かせながら距離を詰めてくる雨宮さん。

 思わず僕は数歩下がって距離を取ってしまった。


「では雪野さんからは執筆アドバイスを、私からは恋愛っぽいことを仕掛けてリアクションを拾うことを、この2軸で今後お願いします」


「間接キスみたいな悪戯は今後もやるつもりなんですか!」


「もちろんです。あっ、でもやりすぎていたら言ってくださいね。ご迷惑になりそうでしたら自重しますので」


 初手間接キスは十分やりすぎの部類に入る気がするのだけど……

 まぁ、本人もちゃんと自重する意思はあるみたいだから大丈夫……かなぁ?


「じゃあ早速今日の放課後から雪野さんの執筆指導良いですか?」


「うん。でも昨日もちょっと言ったけどあまり期待はしないくださいね。偉そうに指導できるほど僕に力があるわけじゃないのだから」


 むしろ実績で言えば確実に桜宮恋の方が上だ。

 事小説内容に関して僕なんかが教えられることなんて本当にあるのか怪しいものだ。

 でも彼女はこう言ってくれる。


「私にとって弓野ゆき先生は原点であって頂点です。そんな人からアドバイスをもらえるなんて私幸せです」


 屈折のない笑顔。

 ああ、僕はこの笑顔の期待に裏切らない指導を行わないといけないのか。


「あのあの、雪野さん。ご連絡先を教えてもらっても良いですか?」


「あ、そうですね。僕もそれ思っていた所で」


 お互いスマホを出す。

 初めは電話番号交換にしようと思ったけど、無料通話アプリの方が正直便利なのでそちらを提案。

 雨宮さんも二つ返事でオーケーしてくれたので、昨日雫さんと通話したときに使ったアプリに新たに雨宮さんの連絡先を登録した。


「おぉ。ものすごく久しぶりに人と連絡先を交換した」


「久しぶり?」


「うん。僕はぼっちの化身ですからね。伊達にこんな偏狭でぼっち飯を喰らってないですよ」


「そっか。私は雪野さんにとって『久しぶり』の人なのですね」


「え、うん。そうですけど――」


 このアプリに誰かの連絡先が追加されたのは本当に久しぶりである。

 数年前雫さんにIDを教えてもらって登録した時以来であった。


「――雪野さんは私以外にもこのアプリで連絡先交換した人がいるのですね」


 な、なんだ?

 なんか雨宮さんの視線がやたら攻撃的なのはどうしてだ?


「私なんて……」


「えっ?」


「なんでもありません! 連絡先交換したのですから私から連絡があっても文句はいわないでくださいね!」


「えっ? は、はい。それはもちろん全然大丈夫なんですが」


「あと、放課後もよろしくお願いします! 集合場所は後で連絡します! アプリで連絡しますから!」


 声を荒げながら頬を膨らませて去っていく雨宮さん。

 なぜ急に荒ぶりだしたのか、この場で集合場所決めればよいのになぜわざわざアプリ連絡なのか。


「雨宮さんの琴線がわからない」


 小説家というのは孤高の思考を持っていると聞くがその代表例みたいな人だなぁ。

 小説界で上り詰めれば上り詰めるほど凡人には理解しがたい天才脳になってしまうということか。さすが桜宮恋だ。


    ブブッ


 不意にポケットの中のスマホが微振動する。

 たった今連絡先を交換したばかりの雨宮さんからメッセージが1件届いていた。


『やっぱり放課後迎えに行こうと思いますので教室で待っていてください。雪野さんのクラス教えてもらえますか?』


 わ、わざわざ迎えにきてくれるのか。

 嬉しいような恥ずかしいような。

 でも――


『3-Aですよ』


 でも、一度で良いから『放課後、女の子が自分を迎えに来る』というシチュエーションを味わってみたかったので正直にクラスを教える。

 まさか僕の人生にそんなシチュエーションを味わえる日がやってこようとは、しかもあんな飛び切り美人さんに。

 それに――


「なんだかこれって友達みたいじゃないか」


 初めての同年代の友達と呼べる存在。

 その事実はしばらく僕の表情をにやけ顔に変容させていたのであった。







    キーンコーンカーンコーン


 本日の最終授業を終える鐘が鳴る。

 これから雨宮さんがここにくる。

 ミスター催眠術師と称されている東山先生の国語の授業中も全く眠気に襲われることなく終えることができた。

 それだけ雨宮さんと会うのを楽しみにしている自分が居た。

 皆が帰り支度をしている中、僕は自分の席で背筋を伸ばしたまま待機する。

 クラスメイトが奇異の視線を一瞬向けるが気にせず次々と帰宅の路へ進んでいった。

 出来たらクラスメイトは早々に全員この場から退出してほしい。僕が女の子と会う現場をなんかクラスの皆には見られたくない。

 でもそうはいかないか。半数くらいのクラスメイトはすぐには帰らずその場で駄弁っている。

 彼らに『早く帰れ光線』を視線で送っていると、待ち合わせの人物は控えめに教室のドアの前に現れていた。


「…………ぁ、ぁのぉ……ゅきのさん……ぃますでしょぅか~~……」


 控えめにもほどがある!?

 ささやくような訴えにクラスメイト達は誰も気づいていない。

 蚊やハエの方がまだ大きな音を出しているぞ。

 もしかして雨宮さんって意外と恥ずかしがりなのか?

 ここは僕の方から迎えにいくべきだよな、うん。


「…………ぁ、雨宮さん……どうもぉ~……」


「声……ちいさっ」


「ぁ、雨宮さんに言われたく……ないっ」


 ドアの前に内緒話するような体制で会話する僕と雨宮さん。

 近くにいたクラスメイトの女子達が目を見開いて僕らの様子をうかがっていた。

 うっ、何か言われてる。『陰キャぼっち野郎が他クラスの超美人と話している』みたいな噂をしているに違いない。


「ぁ、雨宮さん。ひとまず場所を移そう。すぐに移動しましょう」


 言いながら僕は彼女の右手首をつかんで逃げるようにその場から駆け出していた。


「…………」


 雨宮さんは僕の顔と自分の手首を交互に見比べながら黙って僕についてきてくれた。


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