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第4話 フィクションとノンフィクション 

 そのお願いごとは正直言ってぶっ飛んでいた。


 現役高校生且つ天才小説家桜宮恋。

 輝かしい受講歴のある天才作家からの願いごとだ。

 よほどのことがない限り、もちろん引き受けることにする――予定だったのだが……


『私に――恋愛を教えてください』


 彼女は確かにそういっていた。

 意味を探ろうとするが思考が停止して脳も全然働かない。

 何も考えず、その言葉通りの意味で受け取ろうとすると、こういうことになるのだけど……


「つまりその、付き合ってほしいとか、そういう話で?」


「えっ? 何を言っているのですか?」


 真顔で返される。声色に若干の軽蔑の色も見える。

 うん。早まった。思考停止なんかしてないでもっと奥底の意味を考えないといけなかった。

 えっと情報を整理しよう。


 1.雨宮さんは別に僕と付き合いたいとかそんなことは微塵も思ってない。当然だ。数分前にあったばかりの人なのだから。

 2.桜宮恋は今恋愛小説を書きたがっている。しかし執筆は上手くいっていない。

 3.桜宮恋の作品はリアル描写が売りだ。つまり創作恋愛よりもリアル恋愛を描きたいと思っている可能性が高い。

 4.一応僕は過去に恋愛小説を書いていた。彼女は僕の作品のファンである。


「――というのはもちろん冗談で。恋愛小説のヒントが欲しいんだよね。恋愛小説家の僕雪野弓――いや『弓野ゆき』に」


「さすが弓野先生です。私の考えを瞬時に察するとは。それでこそ私の憧れる大先生です」


 よかったぁぁぁぁ。合ってたぁぁぁぁ。

 無理やりごまかしたけど、危うく恥ずかし勘違い野郎の称号をもらってしまう所だったぁぁ。


「でも僕に教えられる恋愛なんて何もないですよ?」


「またまたご謙遜を。あの『大恋愛は忘れた頃にやってくる』の作者さんなんですからさぞ恋愛経験豊富なのでしょう?」


「雨宮さん。僕のどこを見てそんな風に思えるの?」


 なんとなく問いてみる。

 はっきり言って僕なんて平凡で――いやむしろ平凡にも劣る容姿をしている。

 見た目ぱっとしないし低身長だから人権も薄い。恋愛経験なんて微塵もないのだ。


「うーん。俗にいうイケメン系ではないかもですが、とても可愛いお顔しているから普通にモテそうな印象です。何よりお話しやすい空気を持っていらっしゃるので好きになる方は多いかと」


 マジか。

 モテそうな印象とか言われたの初めてだ。お世辞と分かっていてもなんか嬉しい。雨宮さんみたいな超絶美人から言われると余計に嬉しい。


「あ、あんまり褒めないで。調子に乗っちゃうから」


「そういう反応が可愛いって言っているんです。雪野さんあざといですよ」


「あざといとか言われた!? 生まれて初めて言われた!」


 喜んで良いのか良くないのか微妙に分からない。

 ていうかあざとさを持つ男とかそれはそれでどうなの?


「その反応を見るに、意外とご経験ない方だったりするのですか?」


「意外も何も女性との交際経験もなければ初恋もまだですよ、僕は」


 って、僕は初対面の人になんてことを激白してるんだ。

 童貞丸出しの発言に後悔が募る。


「う、嘘です! じゃあなんで『大恋愛は忘れた頃にやってくる』を書けたのですか!?」


 雨宮さんは驚愕の表情を隠しきれずにいた。

 『その年で初恋もまだなの!?』という驚きというよりかは『恋愛経験もないのになぜ恋愛小説が書けたのか』という驚きの方が勝っているようで少し安心する。


「『大恋愛は忘れた頃にやってくる』は100%僕の妄想でしたから。超自己投影させた主人公に理想の相手をこうくっつけたい、って赤裸々に綴ったのがあの作品ですよ」


「美麗ちゃん、めちゃくちゃ可愛かったですからね! あの挿絵も関心するレベルの上手さでした」


 美麗ちゃんというのは『大恋愛は忘れた頃にやってくる』の中に登場する僕好みの理想の女の子を形にしたヒロインだ。

 現実にこんないい子いるわけがないというレベルで男子の理想を詰め込みまくった相手。ある種完成された自慢できるキャラクターだと僕自身も思っている。


「ですがフィクションであんな大作を書けるなんて弓野先生はやっぱりすごいです」


「いや、恋愛小説なんてノンフィクションの方が珍しいんじゃないですか? むしろフィクションだからこそ面白いんだと思いますよ」


 現実の恋愛にうんざりした人が行き着くのが恋愛小説だったり恋愛ドラマだったりするのだと思う。

 作り物の恋愛の方が見ていて楽しいし、現実の恋愛には無い安心感がある。


「うーん、私は妄想とかは少し苦手で。できればノンフィクション寄りの恋愛小説が書きたいです」


「うーん……」


 なんて難しい注文をする子なんだろう。

 ノンフィクションの恋愛小説で面白いものなんて僕は知らない。いや僕の知見が浅すぎることが勿論要因なんだけど、18年間生きてきた若造の観点からすると今まで出会えなかった産物である。


「もちろん100%ノンフィクションの小説なんてありません。塗す程度に自分の創作を加えますが、事実に近い恋愛モノが好みです」


 彼女は担当編集と揉めたと言っていたがその一端が見えたような気がした。

 担当編集もおそらく僕に近い考えをしたのだろう。

 彼女の領域は純文学。できたら次も純文学で勝負してほしい。

 仮に大衆向け恋愛小説を書くとしてもフィクションにすべきである……と――


「でも私一人がいくら頑張っても面白いものが書けませんでした。だから雪野さん。改めてお願いします。私に恋愛を教えてください」


 ――だけど雨宮さんは決して自分の意見を曲げない。

 どんなに難しくてもそれに挑戦する姿勢。何よりも書きたいものがはっきりとしている純粋さが眩しかった。

 僕程度に彼女の助けになるかは疑問ではあるがその姿勢は応援したい。

 それにこんな不安げで潤んだ瞳を向けられては断ることなんてできそうもなかった。


「わかった! 僕で良ければ協力させてください!」


「ほ、本当ですか!? やったっ」


 胸元で小さくガッツポーズする雨宮さん。

 仕草が小動物みたいで可愛い。


「でも僕が教えられる――いや大先生に『教える』なんて何様だよって感じだけど、僕が伝えらることはやっぱりフィクションになるけど……良いですか?」


「もちろんです! フィクションの良さを私に教えてください。ノンフィクション派の考えを弓野先生が曲げてくれるならそれはそれで面白そうです」


 奇妙な合意がここに生まれる。

 しかし、あの桜宮恋に僕が恋愛指導とは……

 この数奇な状況こそフィクションに思えて仕方がない。

 だけど――

 おかげで灰色に染まりかけていた僕の残り少ない高校生活に小さな彩りが宿りだしたのは確かであった。


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