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第3話 急にスケベ要素を発揮してくる天才美少女作家

「才の里は主人公の独唱でストーリーが展開される純文学だ。それ故に窮屈な文面にどうしてもなっていく。それがまた良い味を出している作品ではあるんだけどさ、雨宮さんはあの主人公そんなに好きじゃないんだろうなって思った」


「せ、正解です」


「これまた僕の感なんだけど雨宮さんが書きたかったのはもっと大衆に向けた作品だと思う。キャラクターが生き生きするような、キャラクター同士の掛け合いに思わず笑ってしまうような、そんな作品」


 そんな作品を――僕も――

 いや、今は自分のことはどうでもいい。


「雪野さんすごい。私が編集さんに言ったことをまるで見てきたかのように……」


 なるほど。見えてきた。

 つまり編集さんと喧嘩したというのは作品の方向性について議論があったということだろう。

 編集は当然桜宮恋に芸術特化の純文学これからもを書いてほしい。だけど本人は俗に満ちた大衆向け作品を書きたい。

 たぶんどちらも譲らなかった為に、最終的に桜宮恋は出版社から見放されたということか。


「雪野さんの言う通りです。私は別のジャンルを書きたかった。いえ、書いたのです」


「ちなみにどんなジャンルなのか聞いてもいいですか?」


「はい。私は『恋愛小説』が書きたかった。運命的な出会いを果たした男女が仲を深めていって、ただただ甘く、時に甘酸っぱく、でもやっぱり甘い。そんな男女の物語」


 僕が想像していたよりはるかずっと大衆向けな内容だった。

 情景が動く作風が桜宮恋だと思っていたのだけど、本当はキャラクターが動く作風が書きたかったんだ。


「でもダメでした。その新作は編集さんには認められず、私自身も全く面白いと感じませんでした」


 書きたいジャンルイコール面白い作品というわけではもちろんない。

 それが例え天才桜宮恋でも同じということか。


「私って結局何がしたかったのかなぁ」


 遠くを見つける雨宮さんの顔から悲痛の表情が浮かび上がっている。

 これはかなり思い詰めているなぁ。


「それで雨宮さんは自殺未遂を?」


 書きたくないジャンルで成功して書きたいジャンルで失敗した。

 それで自暴自棄になってしまったのだろう。


「――いえ中庭で男子が着替えていたので身を乗り出して覗いていただけです」


「どういうこと!?」


「恋愛小説の参考になるかなーって」


「男子の着替えが!?」


「刺激的じゃないですか。インスピレーション刺激されまくりです」


「男子の着替えで!?」


 自殺未遂と思われていた身の乗り出しだったが、その真相がそれ!?

 小説で失敗したから凹んでいたので自暴自棄になったとかいう話ではなく、単に小説ネタになりそうな光景を見つけたから見ていただけと?


「雪野さんうるさいです。私だって異性が裸になっていたら身を乗り出して覗きますよ。悪いですか」


「悪いよ!? 覗きは悪いことだよ!?」


「むぅ、正論言われました。雪野さんだって身を乗り出して覗きしてたくせに」


「僕のは転生未遂!」


「言っておきますけどそちらの方が意味わからないですからね!」


「雨宮さんなんかに正論言われた!」


「あー! 『なんか』とはなんですか『なんか』とは! まるで私が変人みたいじゃないですか!」


「少なくとも変態だよ!」


「なお悪いです! うわーん雪野さんがいじめましたぁ!」


 これが、こんなのが孤高の天才桜宮恋。

 なんというか……なんというかだなぁ。


「今、こんなのが桜宮恋なのかってがっかりしましたか?」


 心を読むな孤高の天才。


「がっかりなんかしてないよ。でも――」


「でも……なんですかぁ?」


 桜宮さんがジト目でこちらを睨んでいる。

 上目遣いやめて可愛いから。


「でも――納得したよ。こんなに人間くさい女子なんだから、そりゃあ純文学よりも恋愛小説書きたいよねぇ」


「あー! 馬鹿にしました! 馬鹿にしましたよねー!」


「馬鹿になんてしてないよ。ただおかしくって」


「何がおかしいっていうんですか」


「うん。だって……」


 雨宮さんの飾らない態度に僕の緊張も鈍化し、同時に隠し事をする気も失せたので僕は正直に告白することにした。


「僕が書いていたジャンルと全く同じなんだもん」


「えっ? 書いていたって?」


「僕も小説書いてるんだ」


「あっ、そうだったのですね! 道理でなんか作品に関する感想が適切だと思ってました」


「あはは。それは光栄だなぁ」


「ちなみに雪野さんの小説ってどんな内容なのですか? 著者名は?」


 あー、そこまで突っ込んでくるよねぇ。

 うーん、雨宮さんにならいいか。言っちゃっても。


「著者名は弓野ゆき。代表作は『大恋愛は忘れた頃にやってくる』。まぁ知らないと思うけどね。実はひっそりと出版なんかもされていたり―――」


「どえええええええええええええええ!?」


 僕が言葉を言い終えるよりも先に雨宮さんの怒鳴り声が渡り橋に木霊する。


「ゆ、雪野さんが、あの弓野ゆき先生!?」


「え? 知ってるの?」


「知っているも何も!!!!!!!」


 ずずい、と距離を一気に詰めてくる。

 鼻と鼻がちょこんとぶつかった。


「私、貴方の小説を読んで恋愛小説が書きたいって思ったんですから! 大ファンです!」


 興奮状態の雨宮さんが鼻息を荒くして声も荒らげる。


「いやいや、僕なんて『大恋愛~』だけの一発屋だよ」


 出版されたのはそれで最初で最後。

 今はだろぉに駄作を投稿しているだけの落ちた物書きであることは黙っていよう。


「それを言うなら私だって『才の里』だけの一発屋ですもん」


 うーん。僕と雨宮さんでは意味合いが違うと思うのだけど……

 雨宮さんはこちらを見つめたまま真剣に何かを考えこんでいた。

 若干小声でぶつぶつ何やらつぶやいている。

 一瞬聞き取れた声として『これ、チャンスかも』という言葉だけ。

 そのまましばらく待ってみるとようやく雨宮さんの瞳に焦点が入り、改めて僕の瞳へ視線を飛ばしてきた。


「あの、弓野先生。一つお願いしても良いですか?」


「なに? 桜宮先生」


 お互い著者名で呼ぶことになんだかくすぐったさを感じる。


 日が暮れた渡り廊下。

 北風が差し込む小さな寒気の夜空の下で。

 止まってしまった二人の小説家の運命が動き出す。


「私に――恋愛を教えてください!」

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