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第2話 天才美少女純文学作家

 日は完全に落ちていた。気温も下がっている。

 僕と、謎の女生徒は寒空の下、他に誰もいない渡り橋の中央で正座して向き合っていた。


「そ、それで、あの、つまり……自殺をお考えというわけではなかった……と?」


「う、うん。えと、はい。そちらも飛び降りを検討していたわけではない……と?」


「は、はい」


「…………」


「…………」


 赤面が止まらない。

 勘違いしてつい『はやまるな』なんて叫んでしまったことや、自分も同じような体勢していた故に妙な勘違いさせてしまったこと、その後の抱き合った時の感覚が未だに残っていることなど諸々な感情が混ざり合って、人生で最も顔を赤らめている自信があった。

 だけどそれは彼女も同じだろう。目の前の女子も耳まで真っ赤になっている。


「あの、えっと、キミ……あなた……『そちら』はどうしてこんな人気のない場所にいらっしゃったのですか?」


 初対面、更に異性と話すということあって緊張で使い慣れない敬語を用いてしまった。

 更に呼称に迷っているのがバレバレで紅潮が増幅する。


「あ、申し遅れました。わたし雨宮花恋っていいます。えっと私放課後はいつもここにいるのですよ。夕暮れの景色が好きだから。えと、キミ……貴方様……『そちら』はどうして?」


 相手の子――雨宮さんも僕と同じように呼称に迷っているのがバレバレでなんだかおかしかった。

 よかった。妙な緊張をしているのは僕だけじゃなかったようだ。


「こちらこそ申し遅れました。僕は雪野弓。僕は基本昼にここで弁当食べてるかな。今日はたまたま夕日がきれいだったから……その……帰る前にここに寄ってみようかなーって」


「…………」


 事情を話すと彼女は目をパチクリ見開いたまま僕のことをじっと見つめていた。

 うっ、整った顔立ちの子に見つめられるってとても耐えられない。ぼっちは目を合わすこと苦手なのだ。


「あ、あの、何か?」


 外方へ視線を動かしながら聞き返す。


「あっ、ごめんなさい。ちょっと知っている名前に似ていたものですので驚いてました。気を悪くさせちゃったらごめんなさい」


「い、いえ、別に大丈夫ですが」


「雪野……弓さんですか。とても可愛らしい名前ですね」


「まぁ、女っぽい名前だとは思いますね」


「あっ、悪い意味で言ったわけではありません! むしろとても好ましいです。美しい響きの名前でうらやましいと思ったのは事実です」


 なんか変な弁解されたな。僕が変な返しをしたから余計に気を使わせてしまったか。

 ここは話を変えないと。


「ところで雨宮さんは、その、どうして自殺未遂を?」


「自殺未遂なんてしようとしてませんよー!」


「でも鉄柵から身を乗り出して下を見ていたじゃないですか。常人の考えを持っていたらそんなこと普通しませんって」


「雪野さんも全く同じことしてましたよね!?」


「僕のはただの転生未遂です」


「転生!?」


「知りません? 飛び降りたりトラックにひかれたりするとなぜか女神のもとに誘われて、女神の導きによりなぜか中世ヨーロッパ風の異世界に生まれ変わるよくある話です」


「よくあるのですか!?」


「最近はよくありますねぇ」


「あるんですね……」


「なぜかステータス閲覧できたり、なぜか現代知識で無双できたり、なぜか異性にモテモテになったり、なぜか最強魔法が使えるようになってたり、なぜか次々とチートスキルが付与されたりします」


「そこまでの理不尽なご都合主義がよくあるのですか!?」


「転生したら9割の確率でそうなります」


「女神様が超大変じゃないですか……」


「最近はスローライフを満喫するバージョンもありますよ」


「あ、私そっちがいいなぁ」


「なぜかステータス閲覧できたり、なぜか現代知識で無双できたり、なぜか異性にモテモテになったり、なぜか最強魔法が使えるようになってたり、なぜか次々とチートスキルが付与されたりしながら、次々と魔族が襲撃してくる小さな村で英雄的存在になりながら暮らしていくのも流行りでして」


「どこがスローライフなのですか!?」


「ほんと、謎ジャンルですよね」


 本当にただスローなだけな生活を綴るだけだと物語になんの変化も起きないからある程度のアクション性は仕方ないにしても、少しばかりは本当のスロー要素を入れてほしい。

 まぁ、好きなジャンルなんですけど。


「あっ、話を戻しますが、雨宮さんはどうして鉄柵から身を乗り出して下の方をみていたの?」


「えと……ちょっと恥ずかしい話になるのですが」


「うん」


「私、実は小説を書いているのです」


 雨宮さんは興味深い語りを繰り出してきた。

 なんか話が脱線したような気がするけども……


「桜宮恋という著者名で出版もしていたりするのですが……」


「――ちょっと待って! 桜宮恋!? あの『才の里』の桜宮恋!?」


「えっ!? し、知っているのですか!?」


 才の里。

 著者、桜宮恋の処女作。

 純文学の栄誉でもある太樹賞を獲得した衝撃デビューの小説だ。

 精度の高い芸術性が評価され、文学雑誌でも表紙を飾った知る人ぞ知る名作である。

 いや、しかし、あの桜宮恋が同じ学校の在学生で更に同級生であるだなんて知らなかった。


「嬉しいです。こんなに身近に読者の方が居てくれただなんて」


「いや、たぶん僕の他にもたくさんいると思うよ。あれだけの名作、読まない方が愚かだよ」


「ありがとうございます。雪野さんは本が好きなんですね」


 ――『まぁ、僕も小説書いているもんでね』と言いかけたが辞めた。

 桜宮恋の作品と比べると僕のものなんて落書き同然だ。

 とても比べられるものではないと思ったので開きかけた口を閉じる。


「実は担当編集と喧嘩しちゃって、私見限られちゃったんですよ」


 悲しそうに笑みを作り、虚空を見つめる。


「見限られたって?」


「そのままの意味です。私はもうあの出版社では自分の作品を取り扱ってもらえない」


「そんな馬鹿な!? あの桜宮恋を見限った!? どんだけ愚かなことだよ!!」


 あれだけの才能を出版社が捨てた!?

 信じられない。

 巨万の冨をドブに捨てる。

 桜宮恋を見放すという行為はそういう意味を表している。


「私のために怒ってくれているのですか?」


「当然だよ! なんなら今から出版社にクレーム入れてやりたいくらいだよ!」


「ふふ、そんなことしないでください。悪いのは私なのですから」


「どういうこと?」


「デビュー作、才の里。雪野さんは読んでみてどう思いました? 率直な感想で良いです。私に気を使わないで良いから思ったことを教えてもらいたいです」


 その言い方だと『自分の小説の悪いと思うところを教えてくれ』と言っているように聞こえた。

 でも残念ながらあの作品に対し、僕は批判的意見をそれほど持ち合わせていない。


「才の里は精度の高い純文学作品だ。芸術を髣髴とさせる文面による美しい描写。一文一文に作者の心が見えたよ。本当に素晴らしいの作品だ」


「……そうですか」


「ただ……」


「ただ?」


「僕の感だけど桜宮恋が書きたかったのはたぶんこれじゃないんだろうなって思った」


「えっ!?」


「書きたくもない題材なのにあそこまでのものを完成させてしまう。本人の前で言っていいのかわからないけど、正直化け物級の才能だよ」


「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてわかったのですか!? アレは私が書きたかったものではなかったということに!」


 どうやらカンが当たったようだ。

 そのことに雨宮さんが驚愕を隠し切れないでいた。

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