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第2話

月明りのような、青白い小さな丸い光が、御簾の隙間から入り込み、抱き合う宗孝と余理をからかう様に、ゆらゆら飛んで行く。




「ホタルだわ。もう、お帰りの時が来たようですね」




余理が、残念そうに言う。




「ああ、もうそのような……」




宗孝も、心残りを感じるのか、その言葉は重かった。




「宗孝様、お支度を」




余理は身を起こし、ホタルや、と、声をかける。




「はい、およびで?」




飛んでいたはずの、光は、童子の姿に変わり、その後ろから、次々女童子達が現れいでた。




幾人もの女童子は、余理様、余理様と、女主人の名を呼びながら、余理を囲んだ。




「いつもながら、なんとも、手際の良いことよ」




寝転ぶ宗孝の視線は、女童子達に手伝わせ、化粧を直し、着替えを済ませた余理の姿を捉えていた。




「……宗孝様もお支度を」




呟くと、余理は、そっと寝所しんじょを去っていく。




あれほどいた女童子達も、いつの間にやらいなくなり、宗孝の前には、童子一人がいるだけだった。




「さあ」




脱ぎ散らかしていた衣を、わざとらしく差し出された宗孝は、顔を歪めた。




「童子、いや、ホタルよ、からかうでない」




ふふふ、と、ホタルと呼ばれた童子は、大人びた笑みを浮かべるが、一転、真顔になった。




「お戻りの時が迫っております。お急ぎを」




手渡される衣に手を通しながら、宗孝は、頷いた。




ここは、余理が、住む庵。




あやかしの住みかである為に、人である宗孝が、長居出来る場所ではないらしい。




朝を迎える前に、この庵を離れなければ、誠の姿を見てしまうと、余理にきつく言われていたのだ。




誠の姿とは、と、宗孝が余理に、尋ねても、心にお聞きなされ、やはりお忘れになられたか……と、摩訶不思議な答えが返ってくるのみ……。




わからぬ──。




わからぬが、宗孝は、その姿を、見てはならない、否、見たくないと覚え、言われるがまま、逃げるかの様に庵を去っていた。




そして、庵から一歩出たとたん、宗孝の記憶は朧気おぼろげになり、気付けば、夜道を、一人、馬にまたがって、屋敷へ向かっているのだった。




今宵も、誰からの見送りを受ける訳でもなく、余理と、共寝の朝を迎えて別れる習い、後朝きぬぎぬの別れを行う訳でもなく、宗孝は庵を黙って去った。




──宗孝様、途中で、頼近よりちか様に出会われますよ──




去り際に、宗孝は、余理の囁き声を聞く。




「そうか」




答えたとたん、宗孝は、馬にまたがり、大路を進んでいた。




ここが、どこの大路か分からない。ただ、馬には、分かっているようで、悠々と進んでいた。




暫く行くと、確かに。




松明たいまつの、明かりが数個浮かび、牛車の大輪おおわの、音が響いて来た。




いよいよ宗孝が、それに近づくと、牛車の側面にある小窓、物見から、宗孝よ、と、声がかかった。




「……頼近か」




答える宗孝へ、




「ははは、読み通りだった。宗孝!そなたに、会えると思うたのだ」




宗孝よりも、幾分若く、育ちの良さそうな声が、嬉しげに応じた。




そして、さあさあ、と、言われるままに、宗孝は、牛車に移っていた。




頭中将とうのちゅうじょうの誘いを、頭弁とうべんである宗孝が、断る訳にはいかない。




もちろん、この頼近は、位など気にするような男ではないのだが、上流貴族であり出世頭の若者と、かたや、やもめの中流貴族では、やはり、宗孝の方が気を使う。




宮中における万事を申し行う中将と、下級機関からの文書の受理や、お上からの申達を連絡する、事務方である、頭弁は、職務上、関わる事が多く、互いに仕事をこなすうち、二人は気が置けない仲になっていた。




というよりも、頼近が、堅実に職務を果たす宗孝へ、懐いているというのが正しいのかもしれなかったが……。




さて、牛車の中では、案の定というべき、頼近が、例の琵琶の話を持ち出して、共に、これから羅城門を見に行こうと言い出していた。




頼近は、噂話、それも、奇っ怪な話に目がない男だ。




わざわざ、こうして宗孝を探し、供にしようと目論む若者の願いを、むげに断る訳にはいかまいと、宗孝は、渋々承諾したのだった。

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