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第71話

「邪魔物は消えたな」


 ふふんと、四郎が鼻を鳴らして得意げになる。


「美代ちゃん。伝言の続きがあるんだ!」


「続き?」


 不思議そうに首をかしげ、美代は四郎を見た。


「……ステファンから目を離さないで。煌ちゃん達も、明日から潜入する。だけど、ステファンにも、屋敷の内側にも、あまり近寄れない。美代ちゃんが、カメラのありかを調べて!だから、美代ちゃん。しばらくは、この屋敷にいて!」


「カメラ?」


 煌がやって来ると聞いて、美代はほっとしたが、何故カメラが出てくるのかが分からない。しかも、このまま留まれとは?


 確かに、カサンドラ嬢の話し相手にと言われているけるど、帰る事ができるなら、その大役は果たさなくて済むと思ったのだが……。


 美代は、密かに煌と八代が迎えに来てくれることに期待していた。


 しかし、四郎は、このまま居ろと言っている。


「そう!ステファンは、カメラで美代ちゃんを撮影した。きっと、その写真を使って脅すつもりなんだ。それに、あんなおかしなカメラを持っているなんて、何か、裏があるに違いない!」


「シロちゃん、ステファン様は、カメラを売り込むと仰っていたわ。商売だって……」


 興奮する四郎へ美代は、自分が聞いている事を伝えた。


 しかし、四郎は、ステファンを悪者と言い張って一歩も引かない。


 美代は複雑な気持ちになった。成り行きは確かにおかしなものだったが、ステファンと過ごした時間は、決して不快ではなかったからだ。


「……でも、シロちゃん……」


「でも、じゃないよ!美代ちゃん!ステファンは、美代ちゃんが妃候補だって知ってしまった!もう!なんで、そこまで話しちゃうかなぁ?!」


 美代の秘密を知ってしまったからこそ、余計、ステファンを見張らなければならないのだと四郎は言い切った。


 美代の内心は揺れる。


 ステファンが、四郎の言うような悪者であるという考えには抵抗があったからだ。


 美代を戻そうと考えてくれている。嫌みを言うカールからも、かばってくれた。そして、知ってしまった美代の立場も、口外しなかった。


 ただカメラを持っているというだけで、どうしてステファンが悪者になければならないのだろう。


 ステファンは、むしろ美代の見方ではないのか?


「美代ちゃん!煌ちゃんも、八代ちゃんも、必死なんだよ?あたいだって、墨まで塗ってんだ!美代ちゃんの事を思って動いてるんだ!」


 四郎は美代を見据えて声を荒げる。


 その必死の説得に、美代の揺れる胸の内は固まった。いや、完全に納得はしていない。しかし、言うように皆は、美代をここから連れ戻す為に動いてくれているのだ。


 美代も帰りたいと思っている。なにより、自分が妃候補であるとステファンへ告白してしまった失態がある。


 ステファンが他者に口外しないという理由はなく、四郎の言うように、見張るという行為も、美代自身を守る事に繋がるのかもしれない。


「……わかったわ。シロちゃん。私……ステファン様を見張る……」


 美代はステファンに近づき、見張る役目を引き受けた。


 胸の内では複雑な思いが交錯していたが、煌と八代の事を思うと拒む事は出来なかった。


 ドアをノックする音がする。


「美代さん!すみませんがドアを開けてもらえませんか?」


 ステファンが台所から戻って来たようだ。


「あっ、は、はい」


 美代は返事をしてドアを開けた。


 トレーにサンドウィッチと飲み物を乗せたステファンが現れる。


「すみません、手がふさがって、上手くドアを開けられなかった」


 言いながら、微笑むステファンに、美代はドキリとする。


 何の悪意も感じられないステファンの姿は、美代に罪悪感のようなものを巻き起こした。


 この微笑みを見張るのは、どこか忍びなかった。


 ステファンを騙す事になるのに抵抗がある。


 しかし、妃候補と明かしてしまった以上、口外しないかどうかはとても重要で、そして、煌達が知りたがっているカメラについて探る事も必要だ。美代は頭では理解しているが、どうしても胸が痛んで仕方ない。


 そんな美代の迷いを見抜いたのか、四郎がにゃーと鳴いた。


 ステファンはトレーをテーブル代わりのチェストの上に置くと、サンドウィッチが乗った皿を美代に差し出してくる。


「美代さん、どうぞ。庭仕事の後ですから、お腹が空いているでしょう?」


 その声は穏やかで、微塵も悪意を感じさせない。


 美代は一瞬、目をそらした。胸の中で渦巻く罪悪感が、ステファンの優しさを素直に受け入れることを許さなかったからだ。  


「……ありがとうございます。ステファン様」


 美代はなんとか返事をすると、ステファンと並んでベッドに腰かけ、サンドウィッチを手に取った。


 そのままサンドウィッチを黙って見た。


 ステファンの何気ない気遣いが、今はただ重い。自分がこれからステファンを見張り、カメラのありかを探らなければならないという事実が、美代の心を締め付ける。  


 足元にいる四郎は、変わらずじっと美代を見つめていた。


 黒く染まった毛はランプの光を吸い込むように暗く、まるで影そのものだった。


 つぶらな四郎の目には、使命を果たす覚悟がしっかり宿っているように思われた。


「美代ちゃん、頼んだよ」


 四郎の声は小さく、ステファンには聞こえないよう配慮されている。


  美代は軽く頷いたが、表情は固い。


 四郎の言いたいことは良く分かる。煌や八代が自分を助けるために動いてくれていることも、頭では分かっている。だが、ステファンと過ごした時間、不器用な優しさや、庭を一緒に手入れした記憶が、美代の中でどうしても引っかかっていた。  


(ステファン様は、本当に悪い人なのだろうか?)


 美代は心の中で自問する。


 カメラを持っていることがそんなに罪なのか。


 確かに、妃候補である自分の写真を撮ったことは問題かもしれない。だが、ステファンはそれを悪用するような素振りを見せていない。むしろ、自分を気遣い、守ろうとしてくれているようにさえ感じる。  


「美代さん?どうかしましたか?」


 ステファンの声に、美代ははっと我に返った。


「いえ、なんでもありません。ただ、少し疲れているだけです」


「そうですか。無理もありません。今日はかなり働きましたからね」


 ステファンはサンドウィッチを頬張りながら、柔らかく笑った。



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