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第70話

 美代は、二人の側で、おろおろし、ステファンとカールへ視線を往復させている。


 それを見たステファンは、なんとかカールをやりこめようと、別の戦略を思いつく。


「カサンドラ嬢が来る!美代さんはその話し相手にうってつけだ!居留地に退屈すれば、日ノ本の街へ出かけることになるだろう。私達より、美代さんの方が役に立つはず!違うか?!」


 異国人だけで行動するよりも、現地人と一緒にいる方が、受け入れてもらいやすくなるとステファンは、経験上知っていた。


 異国人だけの行動は、威嚇されたり、警戒されたり……。とにかく、未知のモノとして見られ、嫌がらせを受けやすくなる。


 そこに美代がいれば、おそらく、邪険には扱われないはず。同胞がいると、皆、安心するからだ……。


 もちろん、カサンドラ嬢に差別的危害は及ばないであろうし、ご機嫌を損なうことにもならない。


「カール、カサンドラ嬢の訪問は我々にとって重要な事だろう?後ろには、オーランド商会という大きな力がある。彼女を怒らせれば、今後の取引にも影響が出るかもしれない。美代さんを軽んじれば、カサンドラ嬢を迎える我々にも影響するぞ!」


 確かに、カサンドラ嬢には、祖国で一番の豪商の娘という肩書きがある。


 彼女の訪問は、ステファンの社会的な地位や名誉にも、大きく関わる事だろう。これはカールにとっても無視できない話だった。


 カールは一瞬口ごもったが、すぐに反論しようとする。しかし、ステファンの言葉に含まれるカサンドラ嬢への配慮と、日ノ本の国に問題なく滞在するすべを考慮すると、反論は厳しかった。


「ですが……」


 カールがまだ抵抗しようとするも、ステファンはそれを遮る。


「カール、美代さんは、これからこの屋敷で重要な役割を果たすんだ。美代さんの存在を尊重しなさい」


 カールの顔には明らかに不満が浮かんでいたが、ステファンの立場とカサンドラ嬢の重要性を理解し、渋々頷いた。


 美代はその一連のやり取りに混乱していた。


 通訳、だとしたら、カールの言うように異国の言葉が分からない美代では埒があかない。話し相手なら、どうにかこなせるだろう。しかし、そのカサンドラ嬢は、異国人だ。日ノ本の国の言葉が理解できるのかという問題がある。


 心はまだざわついていたが、ステファンの強気な態度は、どうにかなるだろうと美代に安堵の息をつかせた。


 無理矢理カールを押さえつけ、ステファンは美代を連れて、狭くて簡素な使用人小屋へ移った。


 部屋には電気が通っていないため、ランプに頼るしかない。


 灯りは、沈痛な面持ちのステファンと美代、足元に丸まる四郎を浮き上がらせている。まるで、秘密の場所に集っているようだった。


「しかし、驚いたよ、シロの毛がこんなに黒いなんて!まるで闇夜そのものだ!」


 灯りの元で、改めて見る黒い四郎の姿にステファンは、感嘆の声を漏らす。


 その毛の黒さに驚き、はしゃいでいるようにも見えたが、ステファンの面持ちは、やはり強ばっていた。


 美代が、妃候補と知ってしまったのもあるだろう。


 美代はというと、カサンドラ嬢のことも加わり、心がざわついている。


 妃候補と明かしてしまったことも確かに気がかりだったが、カサンドラ嬢との交流がうまくいかなかった場合、自分がこの屋敷でどのような立場に置かれるのか、不安でいっぱいになっていたのだ。


「美代ちゃん、煌ちゃんからの伝言……」


 四郎が小声で言うが、そのまま黙りこんでしまった。ステファンの存在が気にかかるようだった。


 しかし、伝えなければならないと気を取り直したのか、厳しい顔つきになる。


「美代ちゃんは、ここでメイドをしろって言ってるんだ」


「メイドを?」


 その言葉に美代は驚きを隠せない。連れ戻すではなく、留まれと言っているのだから……。


「うん、そうだよ。あたいも側にいるから……安心して」


 四郎は、言いにくそうに呟いた。


 あれから、蕎麦屋の二階では、綿密な計画が立てられた。


 まずは、美代の姿を撮影したカメラをどうにか手に入れて、美代の写真が外に出回らない、脅しのような企てに使われないようにする。


 その為には、カメラの存在を把握することが必要になる。


 カメラがどこに仕舞われているか、それを、美代がステファンに近づき探る……。


 そして、宗右衛門が口出しして来た。


 美代が、カメラを見つけ、ステファンのスパイ行為を暴けば大手柄になると……。


 きっと帝の誉れも高くなるはず。


 これで美代が正妃に立つ確率が上がると、蕎麦屋の二階広間は大盛り上がりしたのだ。


 四郎は、この成り行きを知っている。だが、探らなければならないステファンを前にして、美代へ、計画全てを語ることが出来ない。


「あーー、あたいお腹減ったよ。子猫だもの……」


 四郎は、瞳を潤ませ弱々しく言った。


「そうだ!サンドウィッチを持ってこよう!美代さんも食べましょう!夕飯がまだだ」


 ステファンが答え、台所へサンドウィッチを取り取りに向かった。

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