「……カール。それは本当だ。その灯りで庭を照らして見ろ」
ステファンが、横暴な態度のカールを戒めようとするが、カールは、ますます不審な眼差しを美代へ送った。
カールは忌々しそうに、カンテラを突き出し、庭の様子を伺い始める。
「こ、これは!」
確かに庭は整えられている。完璧とまではいかないが、今までの有り様に比べれば上等といえた。
「美代さんのお陰だ。私も幾ばくかは手伝ったが」
「ステファン様がっ?!庭仕事を?!」
カールの声は震えていた。カンテラの灯りも小刻みに揺れている。
「旦那様!あなた様は当屋敷の当主です!」
表に堂々と立つべき屋敷の顔となる人物が、裏方で庭師の真似事を行うなどカールにとっては、言語道断。しかも、美代と一緒だったということが衝撃だったのだろう。怒り戦いている。
「いけないかい?お陰で綺麗になっただろう?ああ!そうだ!私達は、体を動かした後なのだ!カール、休ませてくれないか?」
言って、ステファンは、美代を伺う。
「あっ!ステファン様!お夕食がまだでした!サンドウィッチがあります!」
「美代さん!じゃあ、台所へ行きましょう!」
ステファンは、声をあげると美代の手首を掴み引っ張った。
「小言をこれ以上聞くのはごめんだ……美代さん、さあ……」
そう呟き、カールから逃げる意思を示す。
「ステファン様!私どもも、客間の模様替えをして体を動かしております!作業は残っているのです。美代!お前も早くこちらへ来て手伝いなさいっ!」
「カール、庭仕事と部屋の模様替えは大違いだ!私達こそ、疲れている!サンドウィッチを食べさせてくれ!」
怒り心頭のカールへステファンは、休みたいと押し通し、その場から立ち去ろうと歩みだす。
「シロ……ついておいで」
足元の四郎へステファンは囁いた。
言われた四郎は頷くと、身をふせた。カールの持つ灯りから逃げるためだろう。
「美代ちゃん、あたい、部屋で待ってるから」
それだけ言うと、こそこそと這い、黒いモノとなって闇に溶け込んでしまった。
「あー、とにかく、何か食べましょう!」
ステファンは立ちすくむ美代を引っ張り、カールから逃げようとする。
「ステファン様!旦那様!話は終わっていません!」
カールの怒鳴り声が追って来る。しかし、ステファンはそしらぬ顔で、美代を引き連れ台所へ向かって行った。
「ああ、本当にうるさい奴だ。私も少し整理したいのに……」
カールの気配が消えた所でステファンが呟く。
「あの?ステファン様?」
今までとは、なんとなく異なるステファンの口調と態度に美代は首をかしげた。
とても弱っているように感じられるのだが……。
「あ、あの、どこかお加減が悪いのですか?やはり、庭仕事が?」
慣れないことを行ったから疲れたのだろうと美代は思いステファンを労うが、
「美代さん!あなたは驚いていないのですか?!」
意外なほど強い口調で返される。
「猫が喋る!猫の色が変わった!なんでそんなことに?!どうなっているんです?!」
「ステファン……様?」
「あのですね!美代さん!ステファン様?じゃないですよっ!美代さんは、驚かないのですか?!いや、いったい、なにが起こっているのですかっ?!」
「えっ、あっ、それは……」
「サンドウィッチなど、口実です。私はあなたと二人になりたかったのです!そして、この奇っ怪な出来事を説明して欲しい!」
ステファンが、早口で捲し立てた。
先程までは、ふざけているのかと思うほど、四郎へ自然に応対していたのに、この急な変わり様に美代は驚く。
「ほら、やっぱり」
「わっ!また喋った!!」
ステファンは、キョロキョロしながら、声の主、四郎を見つけようとしている。
「ステファン、ここだよ。あたいは、ここ。先に行った振りをしてただけだよ。美代ちゃんと二人きりになったと思えば!手を離しなっ!」
闇に紛れた四郎が、ステファンへ警告する。
「ステファン!なんで美代ちゃんの手を掴んでいる!さっきまで、あたいが黒くなったことに驚いていただけなのに!」
四郎は、興奮しきり、ステファンと美代を離そうと苛立っている。
「黒くなった事に驚いたのは……あれは、成り行きだ!下手に怯えてしまえば、どうなるか分からなかったから……」
「ははは!あたいに、ビビってたんだ!」
四郎は、勝ち誇ったように笑う。
「悪いかい?!誰でも驚くだろう?!猫が喋って、おまけに白から黒へ変わっているんだぞ!!」
「墨を塗って黒くなったのは、作戦なんだ。命令なんだから仕方ないだろ!ステファン!いいから、美代ちゃんの手を早く離せ!離れろ!」
一触即発の雰囲気が流れていた。ステファンも、四郎の態度が頭に来たのか、暗闇をキッと睨み付けている。
「シロ!どこにいる!」
「ははは、ここだっ!見つけてみろ!」
「ほお!強気だな!ならば、美代さんは離さない!」
「うわっ!ステファン!人質取るのかっ!卑怯だぞ!」
「卑怯はどっちだ!黒くなって闇に紛れているくせに!」
ステファンと四郎の言い合いは、収集がつかなくなっていた。