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第67話

「暗さに紛れて分かりにくいけれど、小動物がいるのは確かだ。ひょっとして、本当にシロ……?」


 信じられないと言いながらも、目の当たりにしている事をステファンは、受け入れようとしている。


「はい。あたいは、シロ。ステファン様、信じられないと思うけど、猫だって喋るんだよ……」


「い、いや、驚いたな。どうすればいいんだろう……白が黒くなってしまっている……。暗さに溶け込んで姿も見えないし……」


「え?!そこ?!」


 四郎が声をあげた。


 どうやら、ステファンは、四郎が喋ることよりもその見かけ、白から黒へ変わってしまったことに気を取られているようだ。


「あ、あの!シロちゃんは、白だから、こ、これは、クロちゃんで、シロちゃんじゃないと思います!!」


 美代が足掻くかのように、めちゃくちゃな事を言いステファンの気をそらそうとしている。


「美代ちゃん、もう、バレてしまったんだから、諦めようよ」


「え?美代ちゃんって……クロちゃん?!どうして、私の名前を知っているの!!」


「ええっ?!美代ちゃん!ぼんやりしていると思ってたけど、まさか、これほどまでだったとは……!あたいだよ!あたい、シロだよ!シロ!」


 四郎は、美代の言葉に仰天しつつ、見た目がどうであろうと、自分はシロであると言い張った。


「だが、シロは、白かった。どうして毛が白から黒に変わったんだい?」


 ステファンが、闇に溶け込んだ四郎に、首をかしげている。


「ええ?!あたいが喋ることより、毛の色の方が気になるの?」


「まあ、喋る猫は驚きだけど、白猫が黒くなるなんて、もっと驚きだろ?」


 ステファンは、興味津々で黒いモノになっている四郎へ近づいた。


「これは、闇に紛れるために墨を塗ったんだ!絶対、あたいが喋ることの方が驚きでしょ?!」


「もちろん、喋る猫は異常だ。だが、白い猫が黒くなるのもまた異常だし、もっと興味深い。墨を塗っても、ここまで黒くならないはずだ。いったい、どういうメカニズムなんだろう?」


 言って、ステファンはしゃがみこみ、闇に溶け込んでいる四郎に向け、目を凝らす。


「だからっ!あたい、猫なのに、喋ってるでしょ?!それは、いいの?!」


 四郎は、ステファンの注目を喋る能力へ向けさせようと必死になった。


「あぁ、まぁそうだね。喋る猫か。でも、どうして、その喋る猫が墨を?もっと詳しく聞きたいなぁ。いったい、どんな墨を使ったんだい?」


 ところが、ステファンは依然として毛の色に興味を示し続け、その変化の詳細を聞こうと粘る。


「もう、いいよ!黙ってて!なんかさあ、ステファン様が喋ると、おかしな方向へ行っちゃうんだよなぁ……」


 四郎は、ついに根負けしたのか、そう言うと、ステファンから離れた。


「わかった、わかった。私は黙るとするよ。でもシロ、あとで、その墨の事、ちゃんと教えておくれ。どうも気になる」


 ステファンは、四郎の言い分に納得しながらも、色が変わった事に未練を残しているようだった。


「美代ちゃん!煌ちゃんから伝言があるんだ!」


 四郎のつぶらな瞳はキリッと吊り上げり、子猫から、隠密猫の目付きへ切り替わる。


「煌ちゃんから!」


 今や懐かしさすら感じる名前を聞いた美代は、闇に溶け込む四郎へ駆け寄った。


「うん。だけど、ここじゃなんだから、美代ちゃんの部屋、あの小屋へ行こう」


「ああ、美代さん、そうしましょう!少し冷えて来ましたし、立ち話もなんだ。場所を移しましょうか」


 ステファンが、自分も行くとばかりに我が物顔で答えた。


「もう!邪魔!ステファン様には聞かれたくないんだ!」


 四郎は、ステファンを邪険に扱うと、美代を誘った。


「い、いや、ちょっと待った!」


「もう!なんなの?!ステファン様!墨の事がそんなに気になるわけ?!」


 どうしてか引き留めるステファンのことが、四郎は堪忍出来ないようで、苛立ちを隠すことなくぶつける。


「シロちゃん、なのか、クロちゃんなのか、ちょっとわからないけど、何もそんなに怒らなくても……ステファン様に失礼よ?」


「ええ?!美代ちゃん、今さら、かばうの?!」


 おろおろしながら、口を挟んで来た美代に、やってられないと四郎は怒鳴り、フゥーと猫らしく威嚇した。


 そこへ、美代の名を呼ぶ声がする。


 正しくは、叱りつけるような男の声だが、呼ばれた美代はそちらへ視線を移した。


 カールがカンテラを持って立っている。


 庭に面したポーチから、灯りを掲げ、ステファンと美代を見ていた。


 揺れるカンテラの灯りを受けるカールの姿は、薄闇にぼんやりと浮かんでいるが、妙な存在感を発している。


「庭で話し声がすると思えば!美代!何をしている!」


「あっ!えっと、シロちゃんと……じゃなくて、庭の剪定作業を行っていました」


「剪定?この暗闇でか?」


 何を言っているのだとばかりにカールは、あからさまに美代を見下した。


「……カール。それは本当だ。その灯りで庭を照らして見ろ」


 ステファンが、横暴な態度のカールを戒めようとするが、カールは、ますます不審な眼差しを美代へ送った。

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