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第66話

 空には、キラキラと星が輝き始めており、月が申し訳なさそうに姿を見せている。


「雑草と剪定した枝の片付けがあるが……それは庭師に頼みましょうか。とにかく、暗くなりました。美代さん。ここまでにしておきましょう」


「そうですね。でも、散らばった物を集めるだけですよ?お庭も、思ったより広くないし……片付けぐらい……」


「いやいや!美代さん!見てご覧なさい。もう月まで出ている!作業は終りです!」


 美代は空を見上げた。


「わっ!いつの間に!」


「そうでしょ?もう夜ですよ!」


 ステファンの強い口調に美代もこくんと頷き同意する。


「しかし、短時間でよくやりました!」


 はははと、ステファンは笑った。


「ほんとですね!」


 美代もつられて笑っていた。喜ぶステファンの、碧い目がキラキラと輝いているのが見えたような気がした。


「美代さんのお陰だ……」


 ステファンの声には、庭の手入れが出来たことの達成感が溢れている。


 二人は揃って空を見上げ、しばらく無言で月を見つめた。


 気がつけば、ステファンと美代は互いの息遣いが聞こえるほど近くにいた。二人は自然と目が合った。月明かりが二人を照らし、何かが変わったかのような静けさが流れる。


「あ、あの、ステファン様。庭がこんなに変わるなんて、思わなかったです」


 美代が言うと、ステファンは少し照れたように答える。


「美代さん、あなたがいなかったら、こんな風にはできなかったでしょう」


 美代はその言葉に胸が温かくなった。


「ステファン様……、あのぉ、私……、さっきは取り乱して…」


 言葉を切った美代は、少しだけ視線をそらす。


 帰りたいと大泣きし、ステファンと半ばもみ合った台所での事を思い出し、恥ずかしくなったのだ。


 余りにも感情的になりすぎた。理由はどうあれ、人前で泣くのは感心しない。それによって、ステファンの心も乱してしまったはず……。


「さっき……ですか?」


 ステファンが優しく問い返す。


「そのぉ……あのぉ……私、泣いちゃって……」


「美代さん、そんなことを気にしていたのですか?あれは、当然です。誰だって……」


 ステファンは言葉を言い終える前に、美代の髪へ手を伸ばしていた。


 その優しい感触を感じた美代は胸が高鳴る。


 ステファンは、もう一度美代と目を合わせるが、何も言わない。二人だけの静かな世界が、高く昇った月に照らされているようだった──。


 薄闇の茂みの中で、寄り添うステファンと美代を見つめる瞳がある。


 ガラス玉のように光る小さなそれは、驚きからか大きく見開かれていた。


「えっ、なんなの?!美代ちゃん、何しているの?!ていうか、あれって……仲良くなってるじゃん?!」


 呟き、潜んでいた茂みから、黒いモノは慌てて這い出す。


「……あたい、今ならバレないはずだよね」


 ふふんと、自慢気に鼻を鳴らすのは、白いはずの四郎だった。


 なぜだか、毛が黒い。


「案外、毛を黒く塗ったのが、いけてるな」


 四郎は、調子付き、堂々と美代に近づいて行く。


 白よりは、黒の毛の方が闇夜に紛れ目立たない。一代かずしろが言い出して、蕎麦屋の二階広間で墨を塗られたのだった。


 四郎は、煌達の繋ぎとして居留地へ戻って来たのだ。煌含め、皆で考えた作戦を美代に伝える為に。


「……美代ちゃん」


 四郎は、美代のへ近寄ると、囁きながら前足で美代の足を突っつく。


「ひゃっ!!」


 美代は驚きの声を上げ、反射的にステファンにしがみついた。


「美代さん?!どうしました?!」


 ステファンは美代を抱きしめ守ろうとする。


「あ、足元に何か、何かが!!!」


 美代の声は震えていた。


「野ねずみかもしれない。夜行性ですからね」


 ステファンは冷静に答えた。


「えー!野ねずみなんかと一緒にしないでよっ!って……あっあっ!!あたい喋っちゃった!」


「ん?」


 聞こえる声にステファンは、首を傾げる。


 声がしたが、明らかに美代のものではなく、その美代は、きゃーと悲鳴をあげていた。


「誰かいるのか?」


 ステファンは、聞こえた声に呼びかけるが、姿は変わらず見えない。


「ね、ねずみですよ!!シロちゃんじゃないですよ!!シロちゃんは喋りません!!猫だもの!!」


「……美代さん?シロ、ですか?」


 驚き震えていたはずの美代が、今ではステファンを、制するような事を言い出している。


 どうして、ここでシロの名がでてくるのかとステファンは不思議に思った。


「美代さん?どうされました?野ねずみは、あくまでも例えですよ。見る限り、何もいない様ですし……」


 ステファンは、美代の奇妙な反応に戸惑いながらも、何かがおかしいと感じた。美代は、必死に何かを隠そうとしているように見える。


「あの、その……シロは、普通の猫です!私は、ただ、野ねずみに驚いただけです!」


「ですが、野ねずみも、喋ったりはしない……ですよね?なのに、声がした……」


「え、えっと、それは、私が喋ったんです!!」


「いや、美代さんは、喋ってないでしょ?私が、抱き締めていたのですよ?……あっ、ああ!!す、すみませんっ!!」


 何気ないステファンの言葉に、美代もはっとして、


「あ、え、あっあっ!!」


 ステファンにしがみついているのだと気付き、慌てて距離を取った。


 その時、美代の足元から再び声が流れて来る。


「美代ちゃん、もう隠しきれないよ!」


「美代さん!ほらっ!声がっ!!」


 ステファンが過敏に反応した。


「はい、あたいです。黒いけどシロです」


 地面をモゾモゾと這う影が言う。


「な、なんでもないですよ!ステファン様!」


 四郎の告白に美代が焦った。


「い、いや!何でもないことはないでしょう?!ほら!美代さん!黒いモノが喋っている!!」


 ステファンは警戒しながらも、近づいて来たモノを凝視している。


「そ、そうですね……喋って……ます……」


 誤魔化しきれなくなった美代もステファンに同意した。

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