空には、キラキラと星が輝き始めており、月が申し訳なさそうに姿を見せている。
「雑草と剪定した枝の片付けがあるが……それは庭師に頼みましょうか。とにかく、暗くなりました。美代さん。ここまでにしておきましょう」
「そうですね。でも、散らばった物を集めるだけですよ?お庭も、思ったより広くないし……片付けぐらい……」
「いやいや!美代さん!見てご覧なさい。もう月まで出ている!作業は終りです!」
美代は空を見上げた。
「わっ!いつの間に!」
「そうでしょ?もう夜ですよ!」
ステファンの強い口調に美代もこくんと頷き同意する。
「しかし、短時間でよくやりました!」
はははと、ステファンは笑った。
「ほんとですね!」
美代もつられて笑っていた。喜ぶステファンの、碧い目がキラキラと輝いているのが見えたような気がした。
「美代さんのお陰だ……」
ステファンの声には、庭の手入れが出来たことの達成感が溢れている。
二人は揃って空を見上げ、しばらく無言で月を見つめた。
気がつけば、ステファンと美代は互いの息遣いが聞こえるほど近くにいた。二人は自然と目が合った。月明かりが二人を照らし、何かが変わったかのような静けさが流れる。
「あ、あの、ステファン様。庭がこんなに変わるなんて、思わなかったです」
美代が言うと、ステファンは少し照れたように答える。
「美代さん、あなたがいなかったら、こんな風にはできなかったでしょう」
美代はその言葉に胸が温かくなった。
「ステファン様……、あのぉ、私……、さっきは取り乱して…」
言葉を切った美代は、少しだけ視線をそらす。
帰りたいと大泣きし、ステファンと半ばもみ合った台所での事を思い出し、恥ずかしくなったのだ。
余りにも感情的になりすぎた。理由はどうあれ、人前で泣くのは感心しない。それによって、ステファンの心も乱してしまったはず……。
「さっき……ですか?」
ステファンが優しく問い返す。
「そのぉ……あのぉ……私、泣いちゃって……」
「美代さん、そんなことを気にしていたのですか?あれは、当然です。誰だって……」
ステファンは言葉を言い終える前に、美代の髪へ手を伸ばしていた。
その優しい感触を感じた美代は胸が高鳴る。
ステファンは、もう一度美代と目を合わせるが、何も言わない。二人だけの静かな世界が、高く昇った月に照らされているようだった──。
薄闇の茂みの中で、寄り添うステファンと美代を見つめる瞳がある。
ガラス玉のように光る小さなそれは、驚きからか大きく見開かれていた。
「えっ、なんなの?!美代ちゃん、何しているの?!ていうか、あれって……仲良くなってるじゃん?!」
呟き、潜んでいた茂みから、黒いモノは慌てて這い出す。
「……あたい、今ならバレないはずだよね」
ふふんと、自慢気に鼻を鳴らすのは、白いはずの四郎だった。
なぜだか、毛が黒い。
「案外、毛を黒く塗ったのが、いけてるな」
四郎は、調子付き、堂々と美代に近づいて行く。
白よりは、黒の毛の方が闇夜に紛れ目立たない。
四郎は、煌達の繋ぎとして居留地へ戻って来たのだ。煌含め、皆で考えた作戦を美代に伝える為に。
「……美代ちゃん」
四郎は、美代のへ近寄ると、囁きながら前足で美代の足を突っつく。
「ひゃっ!!」
美代は驚きの声を上げ、反射的にステファンにしがみついた。
「美代さん?!どうしました?!」
ステファンは美代を抱きしめ守ろうとする。
「あ、足元に何か、何かが!!!」
美代の声は震えていた。
「野ねずみかもしれない。夜行性ですからね」
ステファンは冷静に答えた。
「えー!野ねずみなんかと一緒にしないでよっ!って……あっあっ!!あたい喋っちゃった!」
「ん?」
聞こえる声にステファンは、首を傾げる。
声がしたが、明らかに美代のものではなく、その美代は、きゃーと悲鳴をあげていた。
「誰かいるのか?」
ステファンは、聞こえた声に呼びかけるが、姿は変わらず見えない。
「ね、ねずみですよ!!シロちゃんじゃないですよ!!シロちゃんは喋りません!!猫だもの!!」
「……美代さん?シロ、ですか?」
驚き震えていたはずの美代が、今ではステファンを、制するような事を言い出している。
どうして、ここでシロの名がでてくるのかとステファンは不思議に思った。
「美代さん?どうされました?野ねずみは、あくまでも例えですよ。見る限り、何もいない様ですし……」
ステファンは、美代の奇妙な反応に戸惑いながらも、何かがおかしいと感じた。美代は、必死に何かを隠そうとしているように見える。
「あの、その……シロは、普通の猫です!私は、ただ、野ねずみに驚いただけです!」
「ですが、野ねずみも、喋ったりはしない……ですよね?なのに、声がした……」
「え、えっと、それは、私が喋ったんです!!」
「いや、美代さんは、喋ってないでしょ?私が、抱き締めていたのですよ?……あっ、ああ!!す、すみませんっ!!」
何気ないステファンの言葉に、美代もはっとして、
「あ、え、あっあっ!!」
ステファンにしがみついているのだと気付き、慌てて距離を取った。
その時、美代の足元から再び声が流れて来る。
「美代ちゃん、もう隠しきれないよ!」
「美代さん!ほらっ!声がっ!!」
ステファンが過敏に反応した。
「はい、あたいです。黒いけどシロです」
地面をモゾモゾと這う影が言う。
「な、なんでもないですよ!ステファン様!」
四郎の告白に美代が焦った。
「い、いや!何でもないことはないでしょう?!ほら!美代さん!黒いモノが喋っている!!」
ステファンは警戒しながらも、近づいて来たモノを凝視している。
「そ、そうですね……喋って……ます……」
誤魔化しきれなくなった美代もステファンに同意した。