「あー、じゃあ、話しちゃうけど、美代ちゃん、居留地に連れていかれちゃってて……異国人の屋敷にいるんだよ。でも、いた方が良いのかどうか、ちょっと悩むんだよね……相手は……変わったカメラを持ってる。美代ちゃんのことを撮影した……。それって、
四郎も興奮しているのか、宗右衛門の目の前で、尻尾の毛を逆立てていた。
「……それは……四郎、誰に詳しく聞くべきなのだ?」
四郎の発言に、宗右衛門も箸を置いた。
「おじじ様、四郎の言うことは本当です。美代は居留地に連れ去られてしまいました」
煌が、挑むように宗右衛門へ言う。
受けた宗右衛門は、ピクリと眉を動かし、一層鋭い視線を煌へ送って来る。
「ですが、ご安心を。手だてはございます。美代は必ず連れ戻せます」
「……それは?」
さすがの宗右衛門も、煌の話が掴めないようで静かに問いかけてくる。
「居留地への出入りが自由に行えます」
「煌よ、居留地へ立ち入れるのか?」
「はい、おじじ様。ですから、美代も連れ帰れるのです」
「しかし、煌。なぜそのようなことに?」
「おかしな異国人が現れまして……ややこちらも油断してしまいました」
「……では、異国人のせいで、三門様は連れ去られてしまったと?」
「申し訳ございません。私がおりながら……」
煌は、軽く頭を下げて、失態を詫びた。
ところが、宗右衛門は、ニヤリと笑った。
「皆の者!!言ったであろう!!やはり、異国人じゃ!異国人が悪の根元なのじゃ!!退治せねばならぬのじゃ!!」
さっと、部屋を見回し、宗右衛門は、集まる者達へ相違を求めた。
そのとたん、うつむき加減で蕎麦をすすっていた皆が、宗右衛門の呼び掛けに答えるよう、顔を上げ、次の瞬間には、広間に隠密の証である黒の軍服姿の面々が整列していた。
「なっ?!」
驚く煌を尻目に、宗右衛門は続けた。
「時は満ちた!!立ち上がるのじゃ!!」
声を張り上げる宗右衛門の瞳は爛々と輝いている。言葉通り、この時を待っていたとばかりに……。
「お待ちください!おじじ様!」
この異変に、煌も慌てた。何か話がおかしい。完全に、決起している状態になっている。
「煌!忘れたのか!お前の父の事を!仇をとるのじゃ!」
煽るように宗右衛門が言う。
「煌、ここにいる誰よりお前が一番、異国人を憎んでいるはずだ。違うか?」
気がつけば、軍服姿の
「……そ、それは……」
煌は、答えをはぐらかすが、グッと箸を握り締める。
煌の父親は、異国人に殺された。正確には、巻き添えを食らったのだが、酔って暴れる異国人をなだめようとして、ナイフで刺されたのだった。
場所は、街のビアホール。異国人は、店の女給を連れ出そうとし、諍いが起こる。
たまたま通りかかった煌の父親が、騒ぎを収めようと仲裁に入るが、異国人は、やりたい放題暴れるばかり……。
隠密と分かってはならない。異国人と余計な諍いを起こして問題になってはならないと、煌の父親は、ただの町人として振る舞った。
そうして、あえて無抵抗のまま、被害に合い、命を落としたのだった。
異国人は、治外法権を利用して居留地へ逃げこみ、そのまま、帰国してしまう。
相手が異国人ということ、さらに、治外法権を突き付けられたことから、煌の父親の死は、うやむやにされてしまった。
そこに、影の存在、隠密であるという理由も加わることになる。
隠密とは、身を呈してお上の為に働き、決して表には出ることはない。まさに影として生きる者達だからだ……。
事件は、はなから無かったことにされ、煌の父親は病死扱いとなり、煌が門代家の当主についた。
「煌よ!今こそ仇をとるのじゃ!そして、我ら隠密の力を、世に知らしめるのじゃ!!」
宗右衛門が、過去の因縁を持ち出し叫ぶ。
「煌!俺たちは、体を張って動いている。しかし、最後には、使い捨てだ!お上にとって、俺たちは、虫けら同然なんだ。それでいいのか?お前は、大事な身内を亡くした。それでも、堪えなければならなかった。隠密だから、それだけの理由で!」
宗右衛門に続き、感化された
その尋常でない熱い反応は、煌の心を掴んだ。
「た、確かに……」
言っていることは、良く分かる。開国し、異国の技術と人々を取り入れて来たが、街では異国人の起こす騒動が後を絶たない。
しかも、治外法権という盾を使い、彼らはやりたい放題の末に逃げる。新しい御世になったと、喜び勇んでいるが、実際は不平等な決まり事に従っているだけなのだ。
そして、
だが、それに声を挙げれば、お上へ反旗を翻すということになる。
「煌!お前が立つのじゃ!お前が、皆を導くのじゃ!」
宗右衛門が煌を取り込もうとしてか、叫び続けていた。
その熱意に煽られ、整列している隠密達は、さっと煌へ向かって跪く。
「煌様!!」
一同は、従う意思をしっかり見せた。
その光景に、煌の心は揺れた。