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第63話

「あー、じゃあ、話しちゃうけど、美代ちゃん、居留地に連れていかれちゃってて……異国人の屋敷にいるんだよ。でも、いた方が良いのかどうか、ちょっと悩むんだよね……相手は……変わったカメラを持ってる。美代ちゃんのことを撮影した……。それって、間者スパイかもしれないでしょ?!」


 四郎も興奮しているのか、宗右衛門の目の前で、尻尾の毛を逆立てていた。


「……それは……四郎、誰に詳しく聞くべきなのだ?」


 四郎の発言に、宗右衛門も箸を置いた。


「おじじ様、四郎の言うことは本当です。美代は居留地に連れ去られてしまいました」


 煌が、挑むように宗右衛門へ言う。


 受けた宗右衛門は、ピクリと眉を動かし、一層鋭い視線を煌へ送って来る。


「ですが、ご安心を。手だてはございます。美代は必ず連れ戻せます」


「……それは?」


 さすがの宗右衛門も、煌の話が掴めないようで静かに問いかけてくる。


「居留地への出入りが自由に行えます」


「煌よ、居留地へ立ち入れるのか?」


「はい、おじじ様。ですから、美代も連れ帰れるのです」


「しかし、煌。なぜそのようなことに?」


「おかしな異国人が現れまして……ややこちらも油断してしまいました」


「……では、異国人のせいで、三門様は連れ去られてしまったと?」


「申し訳ございません。私がおりながら……」


 煌は、軽く頭を下げて、失態を詫びた。


 ところが、宗右衛門は、ニヤリと笑った。


「皆の者!!言ったであろう!!やはり、異国人じゃ!異国人が悪の根元なのじゃ!!退治せねばならぬのじゃ!!」


 さっと、部屋を見回し、宗右衛門は、集まる者達へ相違を求めた。


 そのとたん、うつむき加減で蕎麦をすすっていた皆が、宗右衛門の呼び掛けに答えるよう、顔を上げ、次の瞬間には、広間に隠密の証である黒の軍服姿の面々が整列していた。


「なっ?!」


 驚く煌を尻目に、宗右衛門は続けた。


「時は満ちた!!立ち上がるのじゃ!!」


 声を張り上げる宗右衛門の瞳は爛々と輝いている。言葉通り、この時を待っていたとばかりに……。


「お待ちください!おじじ様!」


 この異変に、煌も慌てた。何か話がおかしい。完全に、決起している状態になっている。


「煌!忘れたのか!お前の父の事を!仇をとるのじゃ!」


 煽るように宗右衛門が言う。


「煌、ここにいる誰よりお前が一番、異国人を憎んでいるはずだ。違うか?」


 気がつけば、軍服姿の一代かずしろが、煌の耳元で囁いていた。


「……そ、それは……」


 煌は、答えをはぐらかすが、グッと箸を握り締める。


 煌の父親は、異国人に殺された。正確には、巻き添えを食らったのだが、酔って暴れる異国人をなだめようとして、ナイフで刺されたのだった。


 場所は、街のビアホール。異国人は、店の女給を連れ出そうとし、諍いが起こる。


 たまたま通りかかった煌の父親が、騒ぎを収めようと仲裁に入るが、異国人は、やりたい放題暴れるばかり……。


 隠密と分かってはならない。異国人と余計な諍いを起こして問題になってはならないと、煌の父親は、ただの町人として振る舞った。


 そうして、あえて無抵抗のまま、被害に合い、命を落としたのだった。


 異国人は、治外法権を利用して居留地へ逃げこみ、そのまま、帰国してしまう。


 相手が異国人ということ、さらに、治外法権を突き付けられたことから、煌の父親の死は、うやむやにされてしまった。


 そこに、影の存在、隠密であるという理由も加わることになる。


 隠密とは、身を呈してお上の為に働き、決して表には出ることはない。まさに影として生きる者達だからだ……。


 事件は、はなから無かったことにされ、煌の父親は病死扱いとなり、煌が門代家の当主についた。


「煌よ!今こそ仇をとるのじゃ!そして、我ら隠密の力を、世に知らしめるのじゃ!!」


 宗右衛門が、過去の因縁を持ち出し叫ぶ。


「煌!俺たちは、体を張って動いている。しかし、最後には、使い捨てだ!お上にとって、俺たちは、虫けら同然なんだ。それでいいのか?お前は、大事な身内を亡くした。それでも、堪えなければならなかった。隠密だから、それだけの理由で!」


 宗右衛門に続き、感化された一代かずしろも叫ぶ。


 その尋常でない熱い反応は、煌の心を掴んだ。


「た、確かに……」


 言っていることは、良く分かる。開国し、異国の技術と人々を取り入れて来たが、街では異国人の起こす騒動が後を絶たない。


 しかも、治外法権という盾を使い、彼らはやりたい放題の末に逃げる。新しい御世になったと、喜び勇んでいるが、実際は不平等な決まり事に従っているだけなのだ。


 そして、一代かずしろが言った様に、政の中心、宮中の人間は、隠密の力を使えど、その立場を認めようとはせず、使い捨てにしている。


 だが、それに声を挙げれば、お上へ反旗を翻すということになる。


「煌!お前が立つのじゃ!お前が、皆を導くのじゃ!」


 宗右衛門が煌を取り込もうとしてか、叫び続けていた。


 その熱意に煽られ、整列している隠密達は、さっと煌へ向かって跪く。


「煌様!!」


 一同は、従う意思をしっかり見せた。


 その光景に、煌の心は揺れた。

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