あれこれ、ステファンは、怒鳴っていたが、美代のことを思ってカールと対立した。
そうに違いないと心の奥底に確信目いたものが芽生えた。美代は少し、自惚れているかもと思いつつも、いつの間にかステファンの事を頼りにしていた。
居留地から、出られる様にしてもらえるという案もだが、美代を一生懸命気遣う姿が見えて来たからだ。
何か、ステファンへ返したい。
美代は思う。
「あっ!ステファン様!私、カサンドラさんに、日ノ本の国の美味しい物を紹介いたしますよ!」
「……カサンドラ嬢に?」
「はい!私はこのチョコレートを頂きました!だから、何かお返しがしたいのです!今度は私が色々ご紹介します!そうだ!!たい焼き!美味しいですよ!」
「なるほど!カール聞いたか?美代さんがいる方が、カサンドラ嬢もお喜びになるだろう」
ステファンは言って、少し口角をあげると、カールを見た。
その、やや意味ありげ、つまり、反撃に出たのだと受け取ったカールは、おもむろに、渋い顔をした。
「まあ、そうゆうことでしたら、美代の通行証を発行いたしましょう。ミレーネ家の客人であると。憲兵とのやり取りは、私は責任を持てません。皆が路頭に迷うような事に、ステファン様、くれぐれもなさらないでください。そして、カサンドラ嬢にも失礼のないように……」
ステファンの態度が気に入らなかったのだろう。カールはごくごく事務的に静かに言うが、何か思い出したと、再び口を開いた。
「そうそう。カサンドラ嬢は今度の大陸からの客船をご利用のようです。つまり、到着は三日後です……」
「カール!なんだって?!三日後?じゃあ、あの手紙は?!」
「ご出発後にあちらのお屋敷に仕える者が送ったのでしょう……。客船を利用すれば、三ヶ月。あらかじめ書いておいた手紙を後から良い頃合いに出したのでは?」
「カール、それは……」
「はい、こちらが逃げられないように、あちら様も考えておられるということ。つきましては、私どもは、屋敷の設えにかかりますので、ステファン様はくれぐれもおとなしくしておいてください。カサンドラ嬢の到着は決定事項てすので……。美代、お前は、明日から八敷の掃除を隅々まで行いなさい!案内などと、うかれるんじゃない!わかったか!」
そこまで言うと、カールはニヤリと笑い、小屋から出ていった。
「あいつ……美代さんに向かって……」
「ステファン様。私は大丈夫です!まず、御客様を迎える準備です!」
それはそうだが……。そのせいで、美代はこき使われる事になる。
「美代さん。すみません。あなたまで巻き込んでしまって」
ステファンは、美代に謝った。カールとアリエルも、それなりの腹が据わっているが、その二人が慌てる人物──、カサンドラ嬢の訪問に、通訳だ案内だと巻き込んでしまった。なおかつ、屋敷の掃除をと、カールに言いつけられる。ひょっとしたら、美代を引き込んだ為に、かなりの重労働になるだろう掃除を当てつけがましくカールは、言いつけてきたのかもしれない。
ステファンは自分が余計なことをしたせいかと、申し訳なく思ったが、当の美代は、どう見てもやる気になっている。
嬉しそうに張り切る美代を見ては、ステファンも流石に笑顔になるしかなく、
「美代さん!私も窓拭きはできますよ!手伝いましょう!」
などと、カサンドラ嬢の事などどこへやら、共に一緒に掃除をしようと申し出ていた。
「え!それはだめです!」
「なぜですか?新聞紙を使うんですよね?ちゃんとやり方を知っていますよ?」
「あー、それは、時と場合によります!」
ステファンの本気なのか冗談なのかわからない申し出を美代は必死に断ろうとした。
「あれ?私じゃだめなんですか?」
「いえ、そうではなくて、なんというか……ステファン様はご当主でしょ?」
「それを言うなら、美代さんこそ。あなたは……」
言いかけ、ステファンは口ごもる。
美代は実は良家に仕えていたのではなかろうか?あの、従っていた暴君のような少女の身なりは相当上流なものだった。何よりも、どうして、日ノ本の国の要人を守ると言われている謎の集団、隠密まで出てきたのか?
よくよく考えてみれば、不可思議な事が多かった。そして、見事に家事をこなし、常に相手に従順で、おまけにカールの嫌みにも屈しない。それだけのことを身に付けているのだ。やはり、美代は、かなりの家で働いていた可能性が高い。
ステファンは、色々洞察しつつも、掃除を手伝われるのは、ちょっと、と拗ねたような困り顔をしている美代の様子に、うっかり笑いそうになっていた。
ふと浮かんだ美代の身分の問題は、おいおい分かるであろうなどと、ステファンは呑気にかまえ、そっとチョコレートを一粒摘まみ上げた。
「おお!美代さん!!また、スワンですよ!!」
「えっ!!ステファン様!二度も大吉がでたのですかっ?!凄い!」
「大吉?」
「えーっと、それはですね……」
美代は、大吉というのは、おみくじを引いたら出るものだと、細々説明始めた。その一生懸命な姿は、ステファンの心を引き付けてならない。
部屋には、これから訪ねて来る、厄介な来客、カサンドラ嬢の事など忘れさせてくれるような、柔らかな空気が流れ、ステファンは、スワンのチョコレート片手に、美代の話に耳を傾ける。
甘いチョコレートの香りと、美代の懸命さが相まってなのか、ステファンのざわついていた心は、落ち着ちつきを見せていた。