「ええっと……」
確かに、この様なチョコレートがすぐに手に入るとなると、美代に限らず、誰でも喜んで飛び付くだろう。しかし、ステファンは、何故その様なことを言い出したのだろう。不思議に思い、美代は、次に出てくるだろう言葉を待った。
「あっ、失礼しました。つい、興奮してしまった。美代さんを見て、私は思ったのです。チョコレートも日ノ本の国に広めようと。いや、カメラよりも、チョコレートの方が、容易く広まる。そして、皆が喜ぶ!」
ステファンに言われても、美代には、どうして、カメラが出てくるのかと、なんのことやら分からなかった。
「あっ!すみません。私は、美代さんに話していませんでしたね。私の仕事なのですよ。自国の色々な品を、日ノ本の国に紹介し、商人との繋がりをつける……」
「仕事……ステファン様の?」
「はい。私は、ドラムント王国大使館で秘書官をしています。同時に我が国の製品を日ノ本の国に売り込んでいるのですが……」
残念ながら、日ノ本の国との国交樹立が最近の為、今は、他国の大使館へ赴き、そちらへ各種製品を売り込んでいるのだとか。
「もう少し、他国経由でコネを作らないと。なかなか、宮中へ足掛かりが持てなくて……」
「宮中……ですか」
「あっ、申し訳ありません、いきなりこの様な事を話してしまって。宮中などと、驚かせてしまいましたね……」
めったに口にすべきではない宮中という言葉に、さぞ驚いただろうと、ステファンは、美代に詫びてきた。
「えっ!ステファン様は、とても需要なお仕事をされているのですね。なのに、宮中へ御披露目できないというのは……なぜですか?私は、子供の頃、伺ったことかありますよ?お父様が仰るには、七歳になった御披露目だったとか……。あまり、覚えていないのですが。だから、御用意があるなら、伺えるのてはないのでしょうか?」
「美代さん?あなたが、宮中に?」
ステファンは、驚きを隠せない。確かに、国通しの付き合いが短いということも理由だが、ステファンの家の格が低いというのが足枷になり、やや、各種交渉に弊害が出ている事は否めない。しかし、それを何とかして、宮中に立ち入れる様になることが、国益云々もだが、ステファンの家、ミレーネ伯爵家が、周囲に認められる一歩でもあることは、ステファンが一番分かっていた。それを、美代は、いかにも簡単に宮中と繋がれるような口振りで言ってくれる。
「……美代さん、あなたは一体?」
「あーー、そうなんです。本来は、もっと、頻繁に宮中に出入りするはずなんでしょうけれど、なんだか、きまったお支度があるようで、うちは、貧乏だから、それが用意できなくて……。お父様もお母様も、あちこちの夜会に顔を出すのを少し控えてくだされば……。そもそも、借金だって増えないのに……」
はぁと、ため息を美代はつくが、いけない!と、自分が口走ったことに慌てている。
よそ様に、両親が浪費家で、お陰で借金まみれになっている事を告白したかの状態は、いかがなものか……。
しかし、ステファンは、聞いたことに首を傾げるばかりだった。
宮中、御披露目、夜会……。美代が言った事は、絶対的に庶民の生活からかけ離れたものだ。なにより、宮中に出入りすることが、いかにも簡単な事の様な口振りだったのが、ステファンを驚かせていた。
少なくとも、従四位以上、異国の貴族制度であれば、伯爵以上の格がなければ、出入りどころか、必要な部署へ取次ぎすら行ってもらえない。
ステファンは、かろうじて伯爵の位を持っている。そして、仕事の場合は、ドラムント王国大使の代理という肩書き。少なくとも、仕事、商品の売り込みにおいては、大使格になるのだが、それでも、宮中へ物品を納入する窓口である、購買課との面談は、当のステファンの家柄が邪魔をして、何度面談の交渉をしても成し遂げられていなかった。
だが、美代は、支度さえ整えばいつでも出入り出来る、そして、美代本人も宮中へ足を運んだ事があると言ってくれた。
そのような話は、にわかに信じられないステファンだったが、美代の口振りはとても自然な物で、適当なことを言っているようには聞こえなかった。
「あっ!なんでもないです!忘れてください!」
借金まみれとうっかり喋ったことが恥ずかしくなり、美代は、聞かなかった事にしてくれと、ステファンへ言った。
「あっ、まあ、ご家庭の事情は色々あるでしょうから……私は気にしませんし……ですが……つまり、美代さんには少なくとも家かあり、ご両親がいらっしゃるということですね?」
「はい。います。家も、この御屋敷には、かないませんが、それなりの屋敷かありますけど……ああ、今は、おかしな古美術商が取り入って来て、悪趣味な物を売り付けて来るんですよ!両親が、喜んで購入してしまい、もう、おかしな屋敷になってしまっていて!私がこっそり片付けたら、新しいおかしな物が置かれているという繰り返しで……とても人様にはお見せできない状態になってしまっていて!あっ!いえ、そのぉ、これも聞かなかったことに!!」
「ええ、まあ、いくらでも聞かなかった事にできますからね。ご安心を。ですが、やはり、私はわからなくなりました。美代さん、あなたは何者なのですか?あの暴君のような少女に従っていた。彼女の女中ではないのですか?屋敷もあり、ご両親もいらっしゃる。宮中にも出入りした。まあ、それは、誰かの従者として、という事も考えられますが、それとは、どうも、違うような話しぶりだし……」
ステファンの思考は、すっかり行き詰まってしまった。