「お土産ですか……」
美代は、差し出されているものを、ひとまず受け取った。断る必要もなく、かといって、それではと、喜んで受け取っても良いのかと、迷いに迷ったが、ステファンが語ったチョコレートの内容に興味も沸いていた。
「えっと、あの、どうぞ、中へ」
包みを受け取って、それではと追い返す訳にもいかない。しかも、受け取った包みを見る限り、一人で食すには、若干量が多いような気もして、美代は、ステファンへ、一緒にチョコレートを食べようと誘っていた。
「あっ、かまいませんか?」
どこか、おどおどしながら、ステファンは、部屋へ入った。
「ありがとうございます。チョコレートなんて、滅多に食べられない高級品なのに……」
美代は、素直に礼を言った。もともと異国の物は手に入り難い。そして、美代の家、三門家は、両親の贅沢三昧で家計は火の車。チョコレートなど、到底手に届くものではない。
確か、子供の頃、煌の家で食べたことがあった。と、美代は記憶を辿った。それほど、久しぶりだった。
その昔に食べたチョコレートの甘い味を思い出し、美代は、少し気分が高揚して来る。
「ステファン様!で、では!食べましょう!」
待ちきれないとばかりに、美代は包みを開けると、仄かに漂っていたチョコレートの香りが、部屋に充満した。
「あっ!美代さん!これは、すごい!!」
ステファンが、喜びながら、包みに手を伸ばす。
動物の形をした、チョコレートが包みの中に溢れかえっている。そこから、さっと、ステファンが一粒チョコレートをつまみ上げた。
「見てください!スワンです!これは、あまり数がないものです!珍しいものですよ!」
そもそも、このチョコレートは、量り売りらしく、自分で好きな形を選べない。包みを開けて初めてどの様な形のチョコレートを手に入れたのかが分かる。スワンは、ミルク味の極品らしく、これが、入っているということは、いわゆる当たりを意味しているのだとか。
ステファンは、熱っぽく美代へ語った。
「まあ!そうなんですか!大当たりなんですね!すごいわ!」
愛らしくも上品な形に、美代もつられて大喜びしてしまう。
「そう!とても、幸運なんですよ!はい、召し上がれ」
ステファンは、笑顔でスワン形のチョコレートを美代の口元へ指しだした。
美代も、嬉しさから、何の気なしにスワン形のチョコレートにパクリとかぶりついた。
「あ、甘い!!美味しーーい!!」
口中に、優しい甘さが広がって、美代は満面の笑みを浮かべながら、至福の時を味わっている。
同時にステファンも、あっ、と叫びのような声をあげた。
差し出したスワン形のチョコレートを美代が食べた時、ステファンの指先は、美代の柔らかな唇に触れたのだ。
ステファンに、あの、玄関ホールでの出来事が過る。美代と唇が重なってしまったあの、偶発的な事故が……。
「うーーん!美味しいーー。とろけるーー」
一方の美代は、チョコレートを堪能していた。
「あっ……。そ、それは、良かった。美味しいのなら……」
ステファンは、つと、自分の指先を見てしまう。
(触れてしまったんだ……。私達は……)
ドキドキと鼓動が高鳴り、向けられてくる美代の笑顔から逃れるかのように、視線をそらす。
「あ!ステファン様も!はい!どうぞ!」
すっかりチョコレートに魅了された美代が、包みから一粒摘まみ出し、ステファンへ差し出して来た。
「あ、あっ、は、はい」
その場しのぎ的に、適当な返事をしつつ、ステファンは焦りきっていた。
美代を意識しすぎだと分かっていたが、しかし、色々思い出しては、そうなるのが当たり前ではないかとステファンは、一人葛藤している。美代の無邪気さに当てられ、透き通る碧い瞳は、踊っている。
(ああ、美代さん、そんな顔を向けないでください。色々思い出して……私はどうすれば……)
一人葛藤しているステファンは、弱りつつも、美代のはしゃぐ姿が嬉しく、また、眩しく見えた。
「きゃー!かわいい!犬ですよ!犬の形だわ!!」
包みから取り出したチョコレートが、犬の形をしていると喜ぶ美代の姿にステファンは目を細め、そっと口を開いていた。
「はい、どうぞ。美味しいですよ!」
ふふふっと、柔らかな笑顔を浮かべ、美代は、そっと持つ犬の形のチョコレートをステファンの口へ運んだ。
甘かった。
美代が、無意識的にステファンへ食べさせたチョコレートは、まろやかな甘さだった。
「うん!美味しいです!」
チョコレートを頬張るステファンの頬は緩んでいる。
成り行きで、美代に食べさせてもらったチョコレートは、口の中で、優しく溶ける。
「ステファン様!猫の形もありますよ!うわー!かわいい!」
美代は、包みを覗き、夢中になっている。
先程のギクシャクとしたお互いの態度も、例の事故の気まずさも、ステファンの中から飛びさっていた。
「そう、とても可愛くできているでしょ?このチョコレートを作ったリンツェルマットという所は、私の国の店なのです。そして、この精巧さが特に人気で……。もちろん、味もですけどね」
「ええ、人気になるのも分かります!だって、とってもかわいい形だし、本物みたいじゃないですか!」
美代は、しげしげと包みの中を眺めると、一粒チョコレートを摘まんだ。
「うわ!熊ですか?これは、熊ね!!」
「どうぞ、召し上がれ」
ステファンの勧めに、美代はコクコク頷くと、食べるのは勿体無いと言いながら、甘い誘惑には勝てないようで、熊の形のチョコレートを口にした。
「うーん!美味しい!」
しっかり味を堪能している美代の姿に、ステファンは微笑んだ。
「喜んでいただけてなによりです」
「はい!」
美代は元気良く返事をしたが、少し騒ぎすぎたと思ったのか、恥ずかしげに肩をすくめた。
「ははは、美代さんは正直だ。そう、誰だってリンツェルマットのチョコレートと聞けば、大喜びしてしまう。何も恥ずかしくないですよ。当然だ」
「でも、私、少し騒がしかったですよね?あっ、でも、でも、やっぱり、かわいいし、美味しいし、凄く嬉しかったです!」
少し照れながら、美代はそれでも、嬉しげにステファンへ言った。
「美代さん……」
「ステファン様が、いえ、異国の方々が羨ましいです。こんなに素敵なチョコレートが手に入るなんて……」
「それは……」
ステファンは、美代の言葉にはっとする。
羨ましい──。
チョコレートごときでそこまで喜ばれるとは思っていなかった。いや、日ノ本の国では、そこまでチョコレートが珍しい物なのかと、ステファンは思い知る。
「美代さん!!珍しい物ではありませんよ!確かに、リンツェルマットのチョコレートは、少し特別てはありますが、でも、誰でも手に入るものです。そうだ!日ノ本の国でもすぐに手に入るようにしましょう!」
「ステファン様?」
「ええ!約束します!」
闘志沸きたつ勢いで、ステファンは、美代へ言った。まるで、何か決意したとばかりに……。