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第54話

 脇に細い階段がある。多数の草履が脱がれてあるということは、二階席も、満席に近いのかもしれない。しかし、女将の言葉が煌には、引っ掛かったていた。お揃いというのは、どう言うことだ?煌は思いつつ、ギシギシと音を立てながら階段を昇る一代かずしろに続いた。


「……お頭」


 八代が囁く。


 煌は黙って頷き、ぬがれてある、靴や草履の数を確認した。


 十足は下らない。つまり、二階に客は十人以上居るということだ。


 さて、それは、本当に客、なのか。はたまた、客の振りをしている、何者か……。


 八代も、不審に思っているのか、煌同様、靴と草履を見つめている。


 これだけの人数と戦うのか、はたまた、どう戦うべきかと、その瞳は揺れていた。


 しかし、履き物の数だけ客がいるはずなのに、二階は、静かだった。皆、もくもくと蕎麦を食べているのだろうか?そんなことはあり得ない。


 それぞれ、何らか語らいながら食べるはず。静かというよりも、二階からは、人の気配がしない事が、煌を焦らせる。


 何がいるのか、行われているのかが、見えない。かといって、引き返すわけにも行かない。


 おそらく、二階席にいる客は、全て一代かすしろの息がかかった者達──、つまりは、人の影として動く者。女将が言ったお揃いというのは、隠密、または、裏隠密が集まっているということだろう。


 いったい、何のために……。


 階段を昇りきった一代かすしろが、廊下を数歩進んだ所で、障子に手をかけた。


 同じく階段を昇り追えた煌と八代は身構える。


「遅れちまった!わりぃなぁ!」


 ハハハと、軽く笑いながら一代かずしろは、部屋へ入った。


「やっと連れて来ることが出来たぜ……」


 言いながら、一代かずしろは、煌と八代を見た。


 真顔になった一代かずしろが、煌と八代を誘っている。しかし、見える広間の風景は、煌と八代に驚きしか与えなかった。


「……一代かずしろ殿、これは……」


「煌、そう驚くことはないだろう?仲間内で、俳句の会と洒落こんでいるだけさ」


「……俳句の会……」


 煌は、そのまま黙りこむ。


「ですが、集会、結社の類いは、お上によって禁止されているはず。そして、我ら隠密にとって、ご法度ではないのですか?」


 八代が、驚きを隠しながら静かに一代かずしろへ迫る。


 言うように、集会や集団で何かを行う、特に、秘密裏に皆で集まり意見を交わす類いのことは、政へ反旗を翻すものと解釈され、禁止事項の一つになっている。そして、影の立場に徹する隠密にとって、群れるということは、何よりも嫌われる、まさに、ご法度の行為なのだった。


「は?何のことだい?八代よ?こりゃー、趣味の俳句の会だぜ?俳句は、禁止されていねぇだろ?」


 ふっと、一代かずしろは、笑ってくれるが、広間で蕎麦を食べている面々は、素人ではない。


 一見、普通の町人に見える、男女の集まりは、確実に、隠密であると煌も、八代も、見破っていた。


 しかも……。


美代みしろ?!」


「あっ!煌ちゃん!ここのお蕎麦おいしいよ!」


 どうしたことか、美代みよの影武者になっているはずの美代みしろが、もくもくと、蕎麦を食べている。


「な、何をしている!美代みしろ!」


 八代が、我慢ならぬとばかりに問いただす。


「八代、良く見ろ。何を言っても無駄だ。皆、隠密。しかも、知った顔までいるが……、術にかかっている。隠密に術をかけられるのは、かなりの腕前の者しかいない」


 煌は、慌てる八代を諭すかのように落ち着き払って言った。


「まあ、そうゆうことだ。心配するな、煌。お前には術はかけない。お前には、自らの意思で動いていてもらわなければならんからな……」


 一代かずしろが、煌へ言う。


「自らの?」


 意味深な一代かずしろへの言葉に、煌は、怪訝な視線を送った。


「あっ?!」


 八代が小さく叫ぶ。


「八代ちゃん!ごめん!」


 八代の懐に入っていたシロが、顔をつきだし床へ飛び降りたとたん、一代かずしろの足元へ駆け寄って行ったのだ。


「煌ちゃんも、八代ちゃんも、お頭の話を聞いて!」


「おーおー、四郎は、素直で扱いやすい。どうだ?煌、八代。四郎もこう言っているんだぜ?それとも、猫の言うことなんぞ聞けないか?」


 一代かずしろが、ニヤリと笑い、シロを抱き上げる。


 従うように一代かずしろの腕の中にいるシロの姿に、煌と八代は、自分達は、はめられたのだと悟った。


「はーーい!掛け蕎麦二丁お待ちぃーー!!」


 ギシギシと階段を踏みしめる音と共に朗らかな声が響き、蕎麦を伸せた盆を持った女将が現れた。


 いや……。女将ではなく。


「お、おじじ様!!」


「ご、御前様!」


 白髪の小柄な老人が、盆を持って立っている。


「煌、八代。蕎麦でも食べながら話そうではないか?」


 女将の声色を使う老人──、煌の祖父であり、門代家先代家長、門代宗右衛門かどしろそうえもんが、どうしてか、現れたのだ。


「おじじ様!お加減はいかがいたしました!」


 屋敷で伏せっているはずだろうにと、煌が驚きの声をあげた。

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