脇に細い階段がある。多数の草履が脱がれてあるということは、二階席も、満席に近いのかもしれない。しかし、女将の言葉が煌には、引っ掛かったていた。お揃いというのは、どう言うことだ?煌は思いつつ、ギシギシと音を立てながら階段を昇る
「……お頭」
八代が囁く。
煌は黙って頷き、ぬがれてある、靴や草履の数を確認した。
十足は下らない。つまり、二階に客は十人以上居るということだ。
さて、それは、本当に客、なのか。はたまた、客の振りをしている、何者か……。
八代も、不審に思っているのか、煌同様、靴と草履を見つめている。
これだけの人数と戦うのか、はたまた、どう戦うべきかと、その瞳は揺れていた。
しかし、履き物の数だけ客がいるはずなのに、二階は、静かだった。皆、もくもくと蕎麦を食べているのだろうか?そんなことはあり得ない。
それぞれ、何らか語らいながら食べるはず。静かというよりも、二階からは、人の気配がしない事が、煌を焦らせる。
何がいるのか、行われているのかが、見えない。かといって、引き返すわけにも行かない。
おそらく、二階席にいる客は、全て
いったい、何のために……。
階段を昇りきった
同じく階段を昇り追えた煌と八代は身構える。
「遅れちまった!わりぃなぁ!」
ハハハと、軽く笑いながら
「やっと連れて来ることが出来たぜ……」
言いながら、
真顔になった
「……
「煌、そう驚くことはないだろう?仲間内で、俳句の会と洒落こんでいるだけさ」
「……俳句の会……」
煌は、そのまま黙りこむ。
「ですが、集会、結社の類いは、お上によって禁止されているはず。そして、我ら隠密にとって、ご法度ではないのですか?」
八代が、驚きを隠しながら静かに
言うように、集会や集団で何かを行う、特に、秘密裏に皆で集まり意見を交わす類いのことは、政へ反旗を翻すものと解釈され、禁止事項の一つになっている。そして、影の立場に徹する隠密にとって、群れるということは、何よりも嫌われる、まさに、ご法度の行為なのだった。
「は?何のことだい?八代よ?こりゃー、趣味の俳句の会だぜ?俳句は、禁止されていねぇだろ?」
ふっと、
一見、普通の町人に見える、男女の集まりは、確実に、隠密であると煌も、八代も、見破っていた。
しかも……。
「
「あっ!煌ちゃん!ここのお蕎麦おいしいよ!」
どうしたことか、
「な、何をしている!
八代が、我慢ならぬとばかりに問いただす。
「八代、良く見ろ。何を言っても無駄だ。皆、隠密。しかも、知った顔までいるが……、術にかかっている。隠密に術をかけられるのは、かなりの腕前の者しかいない」
煌は、慌てる八代を諭すかのように落ち着き払って言った。
「まあ、そうゆうことだ。心配するな、煌。お前には術はかけない。お前には、自らの意思で動いていてもらわなければならんからな……」
「自らの?」
意味深な
「あっ?!」
八代が小さく叫ぶ。
「八代ちゃん!ごめん!」
八代の懐に入っていたシロが、顔をつきだし床へ飛び降りたとたん、
「煌ちゃんも、八代ちゃんも、お頭の話を聞いて!」
「おーおー、四郎は、素直で扱いやすい。どうだ?煌、八代。四郎もこう言っているんだぜ?それとも、猫の言うことなんぞ聞けないか?」
従うように
「はーーい!掛け蕎麦二丁お待ちぃーー!!」
ギシギシと階段を踏みしめる音と共に朗らかな声が響き、蕎麦を伸せた盆を持った女将が現れた。
いや……。女将ではなく。
「お、おじじ様!!」
「ご、御前様!」
白髪の小柄な老人が、盆を持って立っている。
「煌、八代。蕎麦でも食べながら話そうではないか?」
女将の声色を使う老人──、煌の祖父であり、門代家先代家長、
「おじじ様!お加減はいかがいたしました!」
屋敷で伏せっているはずだろうにと、煌が驚きの声をあげた。