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第50話

「美代!お前、何作ったんだよぉ!」


「え?サリーさん、何って、サンドウィッチですけど?」


 ステファンを見送ったミレーネ伯爵邸では、使用人達が和やかに昼食の時間を過ごしているはず。なのだが、台所に集まる一同には険悪な空気が流れていた。


「私もサリーに同意します」


 アリエルが、手に取るサンドウィッチを怪訝に眺めている。


「……ふん、やはり、日ノ本の国の人間の行うことか……」


 アリエルの隣に座るカールも、これまた、サンドウィッチ片手に目を細めた。


 作業台の向かい側に、カール、アリエル、サリーと三人が並んで座り、美代が作ったサンドウィッチに難癖をつけていた。


 さすがに、一斉に言われては、美代も不安になってしまう。やはり、作り方の実習を眺めていただけでは、ダメだったのだろうか。


「え、えっと……サンドウィッチというか、異国の料理は不馴れで……そ、そのぉ、どこがダメだったのでしょうか……」


 美代は三人を伺った。


「レタスです」


 カールとアリエルは口を揃えて言った。


「あっ、オレ、チーズ」


 サリーが言う。


「……それは?」


 確かに家政の教本には、レタスなどその他具材を挟むと書かれていたのだが、どうも、様子が違うと美代は困惑した。


 やはり、廊下からの見学では肝心なところが抜け落ちてしまったのだろう。


「……なんですか、レタスなど。ウサギでもあるましい!」


 カールが嫌みたらしく言った。


「え?カールさんがレタスでも買ってこいって言ったから、オレ、買って来たのに、違ったっすか?!」


 サリーが驚いている。


 美代は思う。これは、作り方の問題ではなく、好みの問題ではないのか?そして、ウサギは、レタスよりニンジンを食べるのでは?


 疑問だらけになりつつも、明らかに機嫌が悪そうなカールとアリエルを見ると、美代は何も言えない。どうしようもなくなり、傍らにまとめておいた、ステファンお手製のレタス詰め込みサンドウィッチを見る。これも、なんとかしなければならないのだが……。


「おや?!馬車が……」


 カールが怪訝な顔をした。


 美代には聞こえないが、カールに続いてアリエルも、馬車の音が聞こえているようで、二人とも揃って立ち上がった。


「アリエル、ステファン様は、どうされたのだろう?」


「何か、お忘れ物でもおありなのでしょうか?」


「……いえ、カール。おかしいわ」


「ん?確かに。馬車が二台も……?音がするが?」


 カールとアリエルは、血相を変え台所から出て行った。


 どうやら、外出していたステファンが戻って来たようだ。しかし、こんなにも早く?


 美代が不思議に思っていると、


「あー、どうせ、ハンカチを忘れたとか、鞄を忘れたとか、ステファン様のことだから……」


 サリーが、レタス詰め込みサンドウィッチを手に取り、チーズは入ってなかろうなと、眺めながらぼやいた。


「ステファン様って、そんなに忘れ物を?」


 美代は、つい口出ししていた。


「あ?うん、なんつーか、ステファン様は、あのまんまの人だから」


 サリーは、答えると、レタス詰め込みサンドウィッチにかぶりついた。


「うめぇー!!パンがうめぇーよ!美代!!お前、料理が上手だなぁ!」


 と、言われましても……。


 至福の表情を浮かべているサリーに、今、手にしているレタス詰め込みサンドウィッチは、ステファンが作ったものだと言い出せず、そして、行列ができるピーターの店とやらのパンが美味しいと言われても、そもそもが美味しいのだから、料理の腕を誉められても、美代はどう返答すべきか困るだけだった。


「旦那様!」


 カールとアリエルの声が二重奏のように、玄関ホールから流れてくる。


「やべえー、食べている場合じゃねぇーぞ!美代!」


「え?……私は食べてないけど……」


「うっせぇーなぁー!つまり、サンドウィッチどころじゃねぇってことだ!」


 サリーは、何か慌てながら美代へ言うと、手にするサンドウィッチを口に押しこんだ。


「あの、サリーさん?」 


「カールさんとアリエルさんが、旦那様ってステファン様を呼んだだろっ!マジってことなんだよっ!!何か、大事が起こったに違いねぇー!!」


「え?大事?」


「え?じゃねぇーぞ!美代!!」


 サリーが顔をこわばらせながら、美代を叱りつけた。


「オレ、とにかく、ステファン様のお出迎えに行くから、美代、お前はここでじっとしてろっ!」


「えっと……わかったわ」


 美代はおどおど答えるが、サリーは聞く耳もたずで、脱兎のごとく台所を出て行った。


「シロちゃん、なんなんだろうね?まあ、お出迎えは……わかるんだけど……って、そうだ!」


 見方となるシロはいなかったのだ。余計にどうしようもなくなった美代は、困り果て、仕方なく丸椅子に腰かけ待機していることにした。


 サリーにまで、表側には出ないように言われたのだ。自分は、ここにいるのが、良いのだろう。サンドウィッチも、あらかた作り終えた。皆が戻って来て、足りるか判断してもらおう。


 というよりも……。


 なんで、サンドウィッチなどを作っているのだろう。


 ボーンと、玄関から大時計の音がする。


「そうだ!私!家に帰らないと!それより、学校を無断で休んじゃった?!」


 シロに、八代への伝言を頼めば良かったと美代は後悔する。学校を欠席すること、家に、帰れそうもないこと……。あとは……。


「私、これからどうすれば良いの?もしかして、ここにずっといるってことになるのかしら?それ、困るんだけど……。八代!煌ちゃん!」


 一人取り残され、美代に不安が襲って来る。

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