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第49話

「おやおや、煌は、ご機嫌ななめか。せっかくだから、一緒に飯でも食うか?なんて、誘うつもりたったんだが?」


 一人で食う飯は味気ないと、一代かずしろは言い、ニヤリと笑った。


一代かずしろ殿……お気持ちだけで……」


 八代も、何か嫌な予感がして、牽制をかけたつもりなのだが……。


「あぁ!こいつな、四郎、返すわ。いやね、えらく急いでいたもんで、俺がうっかり、蹴り飛ばしそうになってなぁ……」


 一代かずしろが、シロを八代へつきだした。


 にゃーとシロは鳴き、八代へ手渡される。


「四郎大丈夫か?」


「あっ、そのー、八代ちゃん、ごめん。マタタビに引っかかってしまうなんて……でもさぁ、あたいは、結局、猫なんだよぉー」


 シロが、弱音を吐きながら、八代へ訴えた。


 煌の表情が、更に険しくなる。シロの口振りからも、一代かずしろに美代の事がバレてしまったのは確実だった。


「お頭……」


 シロを抱きながら八代が声をかける。


「……そうか……。一代かずしろ殿。我らも一段落ついたところだ。たまには相伴するのも悪くないな」


 依然厳しい顔付きで、それでも、煌は、口振りだけは朗らかに、一代かずしろの誘いへ乗ろうとする。


「お頭、そ、それは……」


 あり得ないまさかの展開に、八代は煌を止めにかかるが……。


「八代、天下の裏隠密殿と共に過ごすのも悪くないだろう。こちらも何か、ためになる話が聞けるかもしれないぞ」


 言い切った煌は、ニヤリと口角を上げ、挑むような視線を一代かずしろへ向けている。


 誰がどう見ても、まずい状態とわかるほど、煌と一代かずしろの間に緊迫した空気が流れていた。


 八代は無言のまま、煌に従うと頷く。おそらく、煌は、美代の事を口止めするため一代かずしろに近づくのだろう。しかし、相手が悪い。影で暗躍し、要人の影武者までこなす隠密を守るという役目を担う、一癖も二癖もある人物なのだから。


「おっ!そいつぁーいい!煌、蕎麦でいいか?この近くに馴染みの店がある。そこのかけ蕎麦が、また絶品なんだ!」


 一代かずしろは、ついてこいとばかりに、足取り軽く歩みだした。


 煌と八代は、その後ろに続いた。


「……煌ちゃん、八代ちゃん」


 八代の懐に入っているシロが、ヒョコリと顔を出し、申し訳なさそうに呟いた。シロなりに、これからのことを心配しているのだろう。


「四郎……マタタビは……仕方ない」


 煌は言うが、どこか笑いを堪えている様にも見える。


「申し訳ございません。監督不行き届きでした……」


 自分が飼っている猫が、不祥事を起こしてしまったと、八代は煌へ詫びを入れた。


「気にするな八代。四郎は、所詮、猫なのだ」


「はい。あたいは猫ですから……」


 しゅんとしながら、シロは、再び八代の懐へ潜り込んでしまった。ばつが悪いのだろう。


「しかし、一代かずしろ殿も、マタタビとは。さすが、裏隠密だけはある。万全の準備だなぁ」


 ふっと、煌が笑った。


「八代、私達もかけ蕎麦とやらに、何かを仕込まれないよう気をつけねばならんな。しかし、久しぶりの蕎麦だ。うっかりということもあるかもしれん……」


 一代かずしろへあてこする煌だが、なぜか、ご機嫌な様子に、八代は内心落ち着かない。できることなら、今すぐ、一代かずしろから離れたかった。煌の態度は、腹をくくったそれなのだ。下手をすると、一代かずしろと、刺し違えてでも美代に起こった事をどこまで知っているのか問いただす、いや、そのまま口封じとして一代かずしろを……。


「お頭、何があろうとも、必ずお守りいたします」


 八代の一言にも、煌は、先を行く一代かずしろの背をじっと見ているだけで、答えることはなかった。

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