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第48話

 そして、シロが伝えに行くと言った煌は──。


 梶井屋の店主を柳井町の店へ送り届け、なんとかかんとか例のごとく言い抜け、帰路についていた。


 ただ、黒馬が目立つ。


 煌と八代に戻りながらも、見かけはヤハチ親方とこう助のままで馬を引いている。


 適当な荷物を馬にくくりつけ、八代が手綱を引き、その後ろを煌が歩く。


 見かけは、職人と弟子にしか

か見えず、通行人達にも素性は気づかれていない。


 しかしながら、二人の面持ちは非常に硬い。無言のまま、歩み続けている。ステファンの屋敷で見てしまったものが、あまりにも衝撃的だったからだ。


 八代は、あの、ステファンと美代の、事故というべきモノについて、どう話せば良いのか、どう声をかけるべきか煌を伺っているが手も足も出ない状態だった。


 そこへ煌が口火を切った。


「……美代は、妃候補……。それも、たった一人の候補かもしれない。それなのに、守らなければならない操を、異国人めにっ!」


 歯軋りが聞こえそうな程の憎悪丸出しの煌に、八代は、腰が引け上手く返事が出来ない。しかし、何か返事をしなければ……!


「お頭、居留地への出入は容易くなりました。美代様をすぐに救い出せることでしょう……」


 八代も言いたいことは、このようなことではないと重々分かっていたが、今はそうとしか返せなかった。


 すると──。


「おう、おう、どうしたよ!深刻な顔で馬引いて……」


 前方から聞き覚えはあるが、めったに耳にしない声がした。


 八代は、身構える。


 知った声だか、あまり耳にしないとは、つまり、同じく隠密である可能性が高い。馴れ馴れしく町中で声をかけて来たということは、同じ門代かどしろ家一門ではなく、他家の隠密という可能性も考えられる。


 ライバル同士がなんらかの事情でかち合った場合、空々しく声を掛け合い牽制することがあるのだ。


 今回もこれかと八代は、緊張した。


 お頭である煌と一緒に変装している。何の任務なのかと、当てこすりがやって来るのは目に見えていた。大工の親方と弟子にしか見えない格好に、どう言い訳するかと八代は考を巡らす。


「おいおい!俺だよ!」


 声の主を探し当てた八代は、ドキリとした。


 ニタニタ笑いながら、前からやってくる、どこかの店の若旦那にしか見えない着流し姿の男を見たからだ。


 八代は、思わず振り返り煌を伺った。どう接すれば良いのか、お頭の指示がいる人物でもあったからだ。


「……何をしている?一代かずしろ殿」


 煌がすかさず答える。


「おお、煌。相変わらず冷てぇなぁ。まっ、いいけどよ。美代みしろのお目付け役も一段落。女学校の授業も終わった。女教師の格好で出歩くのもなんだしな。小腹が減ったから何か食いに行こうと思っていたら、やけに深刻そうな二人組がいるじゃあーねぇか……」


「別に深刻ではないが?こちらは、まだ任務中なのだ。それだけだ」


 煌は、一代かずしろを避けるかのよう適当に流す。


 当主、はたまた、八代辺りの隠密になると、裏隠密の存在も知っており、面識もいくらかあった。時には、共に仕事をすることもあるからだ。


「……だが、その任務は、一応一段落ついているだろう?」


 一代かずしろは、してやったりとばかりに、口角を上げ懐をまさぐると、丸く白いモノを取り出した。


「こいつから聞いた」


 一代かずしろに首根っこを捕まれ、体をだらりと垂らしているシロがいた。


「ええっと、マタタビでうっかり買収されてしまって……ごめん……煌ちゃん、八代ちゃん」


 ちっと、悔しげに煌が舌打ちする。


「で?どうしたいのだ?まさか、おじじ様に伝えるのではないだろうな?」


「煌よ、俺は、そんな卑劣なことはしねぇよ。先代に告げ口なんぞしてみろ!動かねぇ体で、はいずりだして来るだろう?足手まといなだけだろが……」


 一代かずしろは、分かったような口ぶりで言うが、どこか煌と八代を煙にまくような様子を見せた。


 言うように腹を満たし、そして、裏隠密として活動するのかもしれない。その為、どこか、殺気立つような任務にかかわる前の雰囲気を誤魔化しているだけなのか。同じ職務に着く者にしかわからない独特の空気とでもいうものを読み取った煌は、そうそうに一代かずしろとの会話を打ち切ろうとした。


 一代かずしろがシロを通してどれだけの事を知ってしまったのかなど、追求しなくとも分かりきっている。


 全て分かってしまった。だから、一代かずしろは、わざわざ声をかけてきたのだ。


 それは、からかいなのか、はたまた、同情的なものなのか定かではないが、このまま、道行く挨拶で終わりにしておくのが無難なはず。よけいな詮索はされたくはないし、妙な助言も必要ない。


 煌は、きっと一代かずしろを睨み付け、ここまでだと、無言の圧をかけた。

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