目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第47話

「あ、あの、え、えっと!」


 結局どれくらい作れば良いのか美代はわからず、つい、問いかけていた。


 美代の呼びかけに、アリエルが、ああと、小さく返事をした。美代の意図を汲み取ったようだ。


「この屋敷には、ステファン様、執事長のカール、メイド長の私、アリエル、メイドのサリー、そして、御者が住んでいます。ですから、その人数分、お作りなさい。夕食も同じものでかまいません。一度に多めに作るように」


 口早に指示を出してくれる。


「夕食も?昼と同じ物を?」


「ええ、今日の夕食は、ステファン様は在席されるかわかりませんから。私達裏方だけになる可能性が高い。つまり、裏方は余り物で済ませる……それが、ここのやり方です」


 だから、少し余分に作るようにとアリエルは言ったようだった。なるほど、と美代は納得した。しかし……、ステファンが不在の可能性とはどういうことだろう?どこかのお屋敷に招かれているのかもしれない。


 質問すべきかどうか、美代は迷った。これ以上あれこれ聞くのも失礼なような気がしたのだが、一番は、皆、シロのことを忘れていること。これは、大きい。余計なことを尋ねて、皆が先程の不振な声、シロの叫びを思いだしても困る。この流れを崩さないようにと、美代はアリエルへ大きく頷いた。


「とりあえず、それは、ステファン様のお召しに上がりなるものとして、私達用には食パンがありますから、そちらで作りなさい。ピーターの店のものは、バゲットだけに、少々値段も異なるのです。しかし、ステファン様の好物ですからね。美代、私達は、普通のパンを食します。メイドたるもの、そこまで計算して行動しなければなりません。わかりましたか?」


「は、はい!」


 美代は、すっかりアリエルの迫力に押され、返事をしていた。そう、完璧にアリエルの手中に納まるメイドになってしまっている。


「……あーあー」


 台所の隅から、シロの嘆きが流れてくる。


(シロちゃん!!だめよっ!!喋っちゃ!!!)


 またまた、美代は、誤魔化そうと必死になり、


「あー、あー、あーのー、そのー、食パンはどちらに?!」


 などと、食材の有りかを尋ねてみる。


「おっ!食パンは、戸棚の中だ!オレが出してやるよっ!」


 サリーが動く。しかし、その戸棚の隙間にシロが隠れているのだ。


(だ、だめっ!シロちゃんが見つかってしまったらっ!!)


 美代は焦りに焦った。


「なんですか!サリー!掃除の後ですよ!手が汚れています!まず、持っているバケツの片付けをなさいっ!美代!ステファン様のサンドウィッチを作ってから、その戸棚の中なら食パンを取り出せばよろしい!」


 ビシッとした号令のようなアリエルの注意にサリーは縮こまり、美代も思わず申し訳ありませんなどと、完全なる女中メイドになっていた。


「まあまあ、美代さんは、一生懸命サンドウィッチを作ってくるているんだ、アリエル、そんなに声を荒げることはないだろう?」


「しかし、ステファン様……」


 小言を言うアリエルの声をボーーンと柱時計の音が邪魔をした。


 おそらく、音量から通常お屋敷の玄関に備わる大時計が鳴ったのだろう。


「まあ!お時間ではないですか?!ステファン様!」


 アリエルは慌てている。


「ステファン様、馬車の用意は出来ております。こちら、ガメラもお忘れなく……」


 何事もないかのように、カールがすまして台所に現れた。


 どうやらステファンには、出かける予定があるのか、カールが台所まで知らせに来たようだ。手には、宝石箱と見まがう上品な小ぶりの木箱を掲げ持っていた。


「あっ、もうそんな時間か!じゃあ!」


 ステファンは、美代が皿によそったレタスだけのサンドウィッチを摘まんだ。


「馬車のなかで食べますよ。せっかく美代さんが作ってくれたものですからね!」


「ステファン様!ナプキンか何かでお包みになられた方が……」


 美代は言いかけたが、ステファンは、ぱくりとサンドウィッチにかぶりつき、うん!などと唸っている。


「いやぁ、美代さんは料理が上手だ!」


「……え?いえ、あの……」


 そのサンドウィッチは、ステファンが、作ったものだろう。とも言い返せないほど、皆は、急にバタバタし始める。


 カールは、早足でステファンの前を行き、着いてくるように急かしている。


「サリー!何をぼっとしているのです!ステファン様のお見送りです!」


 アリエルも、あたふたと後を追っている。


「アリエルさん!待ってくれ!オレ、バケツ持ってんだ!」


「だから、言ったでしょう!そもそも、何んで、台所へやって来たのです?!」


「仕事が終わったって、アリエルさんに知らせるためっすよぉ!」


「わかりましたから、とにかく、お見送りです!」


 ワイワイと、皆は、台所から出て行こうとしている。


 見送りという言葉に反応し、美代もナイフを置いて、皆に続こうとしたところ……。


「お前は、裏方の女中メイドだ。料理を続けなさい……」


 カールがちらりと振り返り、まるで今までの経緯はすべてお見通しとばかりに、美代へ冷たく言い放った。


「日ノ本の国の人間ということを忘れるな。表で動かれては、他家に笑われてしまう」


 おもむろに、ふんと鼻を鳴らすカールは美代へ、冷たい態度を取った。


「カール……そんな言い方は……」


 おもわず庇ったステファンへ、カールは掲げ持つ小箱に視線を移し、


「ステファン様。屋敷の采配は私の仕事です。そして、あなた様は、大使様とこれから重要なお話があるはずでは?よけいなことはお考えになりませんよう。この、新型カメラの売り込みだけをお考えください!」


「おっと……そうだ。カメラ。その箱に入っているんだね?」


「はい。こちらをお持ち頂けば……とにかく、馬車へ」


 カールは、更に速度を早め急いだ。おそらく、来訪の時間が迫っているのだろう。


 美代は、場に一人残された状態だったが、どのみち、言いつけ通りサンドウィッチを作るしかないのだと、妙に納得してしまっていた。


 なんだかんだ、ステファンを急かしながら、皆は台所から出て行った。作業の続きというよりも、正確には、これから作るのかもと美代は思いながら、切ったパンに具材を挟もうとしたとたん、足元をツンと何かに突っつかれる。


「あっ!シロちゃん!」


 皆の前で喋るなんて、ダメじゃないかと美代が注意する前に、シロはボソリと意味深に言う。


「……カメラだよ」


「え?」


「大使に売り込みするって言ってたね……」


「ん?」


「あたい、煌ちゃん達に知らせてくる!美代ちゃんはサンドウィッチ作ってて!」


「うん、そのつもりだけど……」


「それから、美代ちゃんは、ここの女中になった方が良い感じがするんだ。それも、煌ちゃんに聞いてくるから!」


「え?!私、ここで?!」


「もうどっちみち、住込み状態になってんだからっ!今だけだよ!!」


 シロは、まくし立てると、美代が止めるのも聞かず、台所の緩みのある裏口を押し開けて出ていってしまった。


「ちょ、ちょっと!シロちゃん?!」


 美代は、叫びもむなしく、完全に一人取り残されてしまう。


「……そうね、皆の分のサンドウィッチ……作らないとね……」


 誰の返答も無いまま、美代は一人黙々と作業を続けた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?