本当に行き掛かり上というより、その行き掛かりがおかしなものなだけに、美代の戸惑いは相当なものだった。そこに、シロの言葉。ステファンのように頬づりしたくなるほど、美代にとっては嬉しくあり、心強いものだ。
「仕方ないでしょ?美代ちゃん一人にしてたら、本当にここの女中になっちゃいそうだし。とにかく、煌ちゃん達と上手く合流しないと話にならないし、あたいがいないとどうにもならない感じじゃない?」
美代にしっかり抱き締められながらも、シロはどこか上の空でこれからのことを考えている。
ひどい言われようだが、確かにシロの言うように、美代一人ではどうしようもなく、確実に場の雰囲気に流されてしまうはず。何より、ステファンが、意外に手強い。石頭、とも違うような気がするが、とにかく、妙な思考回路を持っているのは確かだと、美代も感じ始めていた。
しかし、いくら妙な相手とはいえ、この様に部屋まで用意してくれているのだ。ここは、いわゆる一宿一飯の恩義を返さなくてはならないのではなかろうか。
「でもね……シロちゃん。やっぱりお返しはした方が……お部屋まで用意してくれているし……」
「あのさ、美代ちゃん何言っているの?口付けという大事故に会っているのに……。何がお返しだよ」
「え、え、シ、シロちゃん!!!や、や、やめて!それは!!!」
動揺する美代の声を打ち消すように、台所から、ガラガラガシャンと何か床に落ちる大きな音が響いてきた。
「……ステファン、だよね?」
「……ステファン様、いったい何を?やっぱり、私がサンドウィッチを作ればよかった!余計なことを言うんじゃなかったわっ!!」
そうゆう問題かとシロは、やや美代に呆れつつ、ひとまず台所を覗いてみようと提案する。
「そうね、あの音は普通じゃないわ!」
「うん、ステファン、やらかしてるよ」
と、シロの言う通り、台所ではステファンがやってくれていた。
台所を覗いた美代は、思わずステファンに駆け寄った。
頭に大鍋を被り床に尻餅をつくステファン。その横には丸椅子が転がり、周りに鍋やザル、その他の小物が散らばっている。
「ステファン様?!」
「あ、美代さん。シロは見つかりましたか?」
「はい、シロは、いました!いったいこれは、どうしたのですか?!」
「あっ、転んでしまって……。その勢いで、散らかったんです」
ステファンは、見ればわかる現状説明をし、照れ笑っている。さすがに、みっともないと思ったのだろう。
「転んだって、え?!」
「ははは、やってしまった。せっかくだから、銀の大プレートにサンドウィッチを盛り付けようと想ったんですよ。でも、プレートがなかなか見つからなくて……」
あちらこちらを覗いて見たが見つからない。最後に、高い位置にある戸棚に仕舞われているのではないかと、いすに登ったところ、ぐらついて転んでしまった。その反動で近くにあった鍋やその他の物も転がり落ちた。そうゆうことらしいが、美代には返す言葉がない。
どうして、鍋を仕舞っているであろう戸棚を探すのか?プレートならば食器棚を探すべきだろうに……。
「ステファン様!とにかく、散らばっているものを拾ってください。そして、そのプレートは必要ですか?お皿に盛りつければ良いのです!私がお皿を用意します!」
これ以上、ステファンに任せるとまた、ガラガラガッシャンとなるのは目に見えていた。
美代の中に、自分の屋敷で常に行っている家事癖が沸きおこる。
ちらかった状態が許せないとばかりに、美代は、抱いていたシロを邪魔にならないよう、戸口近くに下ろすとステファンへ、片付けの指示をだす。
「それで、サンドウィッチはでき上がったということですね?」
食器棚から、適当な皿を選びながら、美代はチラリと作業台へ目をやった。
ステファンの様子では、どのような食べ物になっているのかわからないと美代は思った。
案の定というべきか、作業台には、大胆な男の料理が置かれてあった。
バゲットをこじ開け具材を詰め込んだ感のある代物が、どっさり出来上がっている。
「え、ステファン様!こ、これ!」
あまりにも、不格好なサンドウィッチが、いったい何人分だと言いたいぐらいある。美代は驚きから言葉が続かない。
なにより、具材が片寄りすぎていた。ほとんどが、レタスだけのサンドウィッチなのだ。これは、どういうことなのか?!いや、そもそもこれはサンドウィッチなのか?!美代は手にする皿を落としそうになった。
そして……、これは食べられるのだろうか?そこまで思うほど、酷い状態のサンドウィッチとは、なんなのだろうと美代は思わず凝視した。
きっと、作り直した方が良いに違いない……。
戸惑い中の美代に、ステファンから声がかかる。
「美代さん、片付けは済みました」
言われ見てみると、大鍋の中に落とした物を放り込んでいるだけだった。
「ステファン様!それは、片付けとは言いません!そして、サンドウィッチも、ひどい有り様です!」
「え?!そうですか?床に物はもう落ちていませんよ?!それに、サンドウィッチも、店に売っているものとさほど変わりはないと思いますが?ちゃんと、レタスを挟みましたから!」
「あのっ!基本的なことが、ステファン様は、違うのです!」
「私が?……違うのですか……?」
ステファンには、美代の言うことが通じていないのか、首をひねっている。
「とにかく、お皿にサンドウィッチを盛り付けましょう。というか……なんで、鍋の蓋にサンドウィッチを置いているのですかぁ?!」
作業台には、ひっくり返した鍋蓋に、不安定に盛られているサンドウィッチがあった。
「ええ、そのまま作業台に置くのはさすがに。だから、ひとまず蓋に乗せて、プレートを探していたのです」
何かが違う。美代は、呆れ返りながら、サンドウィッチを皿へ移そうと手に取った。
無理矢理こじ開けたパンに引きちぎられたレタスが挟まっている代物は、美代には我慢できない仕上がりだった。
「ステファン様!こちらへ!私がちゃんとお教え致します!そのナイフとまな板を持って来てください!」
とは言うものの、美代も自身で作った事はない。廊下から家政の実習風景を眺めていただけだ。それでも、ステファンの作ったいびつな物よりサンドウィッチに近づいた物が作れるはずと見込んだ。まあ、それほど、作られている物は、酷いサンドウィッチなのだ。
「はい、では!よろしいですか!ステファン様!」
美代は手際よく、具材のチーズとサラミを薄切りにしていく。
「おお!美代さん!あなたはなんて人だ!日ノ本の国の住人でありながら、異国の料理がつくれるなんて!!」
作業を行う美代の傍らでステファンが驚愕の声をあげた。
しかし、それはステファンだけではないようで……。
「いいでしょう!合格です!!」
入り口に、アリエルが厳しい顔つきで立っている。