チーズがある、サラミが出てきたと、ステファンは、作業台へ見つけた食材を置いていく。
素材があるのなら、初めから、パンとミルクだけの昼食にしなくても良いのではなかろうか?
ますます、この屋敷の台所事情か分からなくなった美代は、唖然としながらも、並べられている食材を確認した。
これだけあれば、家政の実習授業で学んだ、といっても、美代は見学者の為、廊下から教室内を眺め、作り方を頭に叩き込んだだけなのだが……。とにかく、結構な物が作れるかもしれない。
バゲットというパンに、レタス、チーズ、サラミを挟めば、立派なサンドウィッチが出来上がる。
卵と牛乳でミルクセーキも作れるかもしれない。サンドウィッチは、挟めばどうにかなる代物だが、ミルクセーキは、皆が行っている実習を眺めていただけだ。美代に作れるかどうかは分からない。実際に作ったこともない物が果たしてステファンの口に合うかも不明だった。
しかし、どうしても胃袋を掴まなくてはならない。よし、と、美代が決意を固めたその時……。
「あ、あれ!シロ!!」
足元にいたはずのシロが、ミルクとバゲットに満足したのか、台所のドアを必死に押し開け外へ出ようとしていた。
「あっ、ちょっと!シロ!」
美代は焦る。ここでシロがいなくなっては、話にならない。
「ステファン様!その材料を切って、パンに挟んでください!私はシロを連れ戻します!」
言い捨てて、美代はシロを追った。
「シロ!」
見回すが、シロの姿は見えない。さすが隠密猫だけはある。本気になれば美代など、簡単に巻かれてしまう。
「シロ!」
美代は、必死に叫んだ。何の為に、ここでシロと再会したのか。煌と八代からの伝言を聞かなければならないはずが、姿を見失ってしまうとは。
側の茂みがガサガサ揺れて、シロがひょっこり現れた。
「あーー、すっきりした。ずっと我慢してたんだよねぇーー」
「シロ!」
「美代ちゃん、叫びすぎだよ!ゆっくり用も足せないじゃない」
「え?それって……」
「……察してよね。あたい、猫だけど乙女なんだからぁーー」
「あっ、そうゆう……ことか……」
美代は、シロが出てきた茂みを見つつ、逃げ出したのではなかったのだとほっとした。
「そうゆうこと!もようしちゃって、我慢してるのに、ミルクなんか飲まされたから、もう、漏れそうになって、危なかったよーー!」
もう少しで粗相するところだったと、シロは言いながらも、ニヤリとする。
「……裏側には、所々茂みがあって……雑木林とも隣接している。隠れる場所は山ほどある。屋敷のドアも、緩みがある。楽勝かもしれないな……。それに、美代ちゃんの部屋は、隔離された小屋だし、色々好都合……」
ステファンの屋敷を考察しているシロに美代は恐る恐る声をかけた。
「……好都合って?」
「あー、つまりね、煌ちゃんや八代ちゃんが潜り込み安いってこと」
「なるほど!」
「あたいは猫だけど、白猫だから、わりと目立っちゃうんだよね。隠れる所があるのは良いことだよ。あぁー八代ちゃんのいう通りだなって、こんな時は思うなぁー」
「……八代の?」
何の話をしているのか分からなくなった美代は、シロへ質問した。
「あっ、こっちのこと。っていうより、一旦、美代ちゃんの部屋、さっきの小屋へ戻ろうよ。ステファンは、動く気配なさそうだし、これならすぐに戻らなくても大丈夫だよ」
やはり、長い話になるのだろうと美代も理解した。立ち話よりは、部屋で話す方が良い。シロと話している所へ、ひょっこりステファンが現れてもいけない。シロが喋れることがバレてしまい、何かとややこしくなる。
「そうだね、シロちゃん」
こうして、美代とシロは、こっそり小屋へ戻った。
ベッドと、その脇にある
「うーん、美代ちゃんの所も何もないけど、ここは、もっと何も無いねぇ」
「まあ、御客様に付き添って来た従者が寝泊まりするだけの場所だから、最低限の物しか置いてないんだと思うよ。でも、お手洗いとお風呂がちゃんとあるみたい」
へぇーと、シロは物珍しそうに返事をしつつ、
「で?美代ちゃん、なにがあったの?あたいが覗いてた時は、ステファンが平謝りしてたし、美代ちゃんも大泣きだった。ひょっとして、ステファンに暴力を振るわれたとか?!」
「え?!そ、それ、それは……」
カッと真っ赤になる美代へ、シロは、ますます分からないと追求した。
「い、言えないよ。あ、あんなこと!絶対!」
「美代ちゃん。言わなきゃ分からないし、煌ちゃん達に報告もできないんだよ?」
「きゃー!シロちゃん!報告は!報告はやめてぇ!!」
「なんなの?!その様子では、暴力を振るわれた訳ではなさそうだね。そして、動揺しているということは……、ステファンに、美代さん!私と結婚してください!とか言われれちゃったとか?だったら、屋敷にまで美代ちゃんを連れてくるのも、辻褄合うよねー」
「ち、違う、違うけど……似た感じ」
「ん?!どうゆうこと?本当に、結婚してくれって言われたってこと?!」
シロの追求に美代はなかなか答えられない。
「ちょ。ちょっと、懇意過ぎる距離になったというか……そのぉ……」
誤魔化せなくなった美代は、観念してシロへ正直に話した。
「…………」
「きゃーー!!シロちゃん!!だから、誤解なのよ!!誤解なんだろうけど、なんかおかしなことになって!!」
言って、美代はベッドに倒れこむと、グズグズ泣き出した。
「あーー、美代ちゃん」
シロが美代に近寄り、前足で頭を撫でる。
「……なんだか、良くわからない話というか、見事に、なんでそうなるの?ってことが重なった……みたいだねぇ」
「シロちゃん!そもそも、なんで、私はここにいるの?!」
「知らないよ。あたいだって困ってるんだよ?まあ、そこんところに気がついただけでもよしとするか……」
シロは、べそをかいている美代を励まそうと声をかけたが、結局、戸惑ってしまっている。
「うーん、とにかく!話はわかった。そろそろ、戻ろう!ステファンに怪しまれるよ?」
言われて美代も、そうだと思う。どこまでシロを追いかけていたのかと聞かれるかもしれない。それもまた困る。
「じゃあ、シロちゃん、手っ取り早く、八代からの伝言を……」
美代は起きあがると、ステファンに怪しまれないようにと、エプロンで目元を拭い涙の後を消した。
「え?八代ちゃん?」
「え?って?シロちゃん?八代からの伝言があるんじゃないの?!」
「ないよ?」
「えーー?!だって、さっき八代がどうのって言ってたじゃない!」
「あっ、あれ?あれは、あたいがなんで、白猫かってこと。しょーがないじゃない!白猫なんだから。でも、隠密って、黒って決まってるんでしょ?だから、呼び名も白色のシロ、そのまんまは避けて、四郎なんて男名前になっちゃったんだよね。あたい、女の子なのに!」
シロは、プンプン怒っていた。美代はと言うと、ガックリ肩を落とした。
まるっきり、見当違いの話をされたからだ。何のために、ステファンの胃袋を掴もうなどと画策したのだか。
「あたい、夜になるとさ、白毛が目立つから、明るい内に、美代ちゃんの様子を覗きに来たんだよ」
シロは、美代がステファンの屋敷で窓ガラスを拭いていたということを煌と八代に報告しただけだと告げてくれた。その後、美代の処遇が気になり再度居留地に潜り込んだのだとか。
「だからね、煌ちゃんからも、八代ちゃんからも、特別伝言は受けてない。というか、多分、二人はもう美代ちゃんの様子を覗きに来ていると思うよ。バッチリ準備して駆け出して行ったから」
「え?!二人とも、ここに?!」
「それらしい人は来なかった
?それとも……極秘に潜り込んだかなぁ?」
シロは、うーんと考え込んでいるが、言われた美代は、そういえば人が訪ねてきていたと、先程の玄関先での事を思い出す。
「……大工さん達が来ていたわ」
「あー、きっとそれだな」
「でも、具合が悪くてお帰りなられたけど……大丈夫かしら?」
「なるほど。一旦、引き上げるってことか……なら、あたいが煌ちゃん達が動くまで美代ちゃんの側にいるよ」
「シロちゃん!一緒に居てくれるの!」
美代は思わずシロを抱き締めた。