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第42話

「ん?……嘘だろ!!シロ?!」


 確かに、猫の四郎ことシロが、窓にへばりつき、前足で窓ガラスを叩いていた。


「美代さん!シロですよ!逃げてしまったシロが戻って来ましたよ!」


「……シロ?」


 ステファンの弾ける声に、美代も泣くのを止めて、窓を見た。


 窓ガラス越しに小さな耳と、前足の肉球が確かに見える。


 おそらく、後ろ足だけで立ち上がり、窓にへばりついてこちらの気を引いているのだろう。


「戻って来た!美代さん!シロですよ!中に入れてやりましょう!」


 ステファンは嬉しそうに窓へ駆け寄り、上げ下ろし窓をスライドさせ開けると、シロをさっと抱き上げた。


「ああ!シロ!心配したぞ!何で逃げたりしたんだ?」


 シロを抱き寄せステファンは、自身の頬をすり寄せる。


「に、にゃー」


 シロは、渋々鳴いて、助けを求めるかのように美代を見た。


「シロ!」


 美代も歓喜の声をあげた。


 シロが戻って来たということは、八代と繋ぎがとれ、何かしらの連絡を美代へ持って来たという事だ。


 シロが、ステファンを嫌がって、はたまた、困っているのは、美代へ八代からの伝言を伝えてたいからに違いない。


 日頃は、シロ含め皆に指摘されるほど、のんびりしている美代も、今回は流石にステファンの屋敷から出て行くことを考え始めている。


 しかし、それではとばかりに出ていくことは、とても、無理。一人でどうやって自分の屋敷へ戻れば良いのか分からない。ここは、居留地。あれこれ必要な手続きを行わずして立ち入った美代が、すんなりと外へ出られるはずがないはずだ。


 いつも何事か困った時には、八代か煌が動いてくれていた。美代は、後ろからついて行けばよかった。そして、今回も二人が動き、助けに来てくれたのだ。


 とにかく、シロと話をしなければ事は始まらない。


「ステファン様!シロはお腹が減っているのだと思います!だから、戻って来たのです!」


 この一言で、ステファンは、シロへ餌をやろう!何か用意しよう!と、部屋から出ていくはずだ。


 しめしめと、美代は思いつつ、さっきまでの泣き顔には、満面の笑みを浮かべていた。


 もちろん、全ては、ステファンを追い出すため……。


 しかも、ステファンときたら、乙女の守るべき数々の大切なものを一瞬にして奪ったにも関わらず、平然と、シロにかまけている。謝罪はどうした。と、密かに美代はいきり立っていた。


 そのためか、シロを引き離す為の、作り笑顔が、瞬間憎悪に満ちたものになりかけた。が、突然美代の体が熱くなる。


 自分の胸元にステファンが……そして、唇と唇が重なりあった。


 それらの感触を美代は思い出してしまったのだ。


 顔は当然真っ赤に、胸はきゅっと締め付けられ苦しい。


 自分は、自分は……ステファンと口づけを交わしてしまった。


 頭がぼおっとなって、もう、シロのことも遥か彼方へ飛んでしまう。


 どうすれば良いのか。口づけを交わしてしまった相手、ステファンと同じ場所で、対面している。笑顔はまずい。いや、どうして、作り笑顔を向けていたのだろう。謝罪は、自分がすべきなのか?


 もう、思考もめちゃくちゃになっていた。


「あ、あ、あ、あ」


 おろおろと、美代は何が言いたいのか、訳もわからず言葉も出てこない。


「そうですね!美代さんの言う通りだ!じゃあ、シロ、台所へ行こう!何か食べるものがあるはずだ!」


 ステファンは、シロへ嬉しげに言った。


 もちろん、シロは人の言葉は分からない振りをして、にゃーと、なんともか細く渋々鳴いている。


(まずいわ。ステファン様一人で行かないの?!シロも一緒?!)


 美代は、焦った。これでは、シロと離れてしまう。話す機会も得られない。


「え、あ、その、私も行きます!」


 とっさに美代はステファンへ言っていた。


「美代さん?」


 ステファンは一瞬、戸惑ったが、何故かにこりと笑い、


「そうですよね!シロは可愛い!一緒にいたいですよね!」


 などと、言ってくれる。


「は、はい!そうです!!」


 美代も連られて返事した。


 シロと一緒に、までは良いのだが、そこにはステファンもいる。結局シロとは話が出来ない。


(ど、どうしよう。私、変なこと言ってしまったわ。シロちゃんと話をしたいのに!!)


 困った素振りを見せるわけにもと、美代は再び必死に作り笑った。


 そして、シロを抱いたまま台所へ向かうステファンの後に続いたのだった。


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