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第40話

「うぐっ……!」


 すると、いきなり梶井屋店主が崩れ混んだ。


「ああ!旦那様!!持病の発作ですかっ!!」


 うずくまる店主に、こう助がかけ寄った。


「いや!こいつぁいけねぇ!旦那大丈夫ですかぃ!!」


 ヤハチ親方も、しゃがみこみ、店主に慌て寄り添うが、分からないようにその脇腹に拳を食らわしていく。


 息も絶え絶えになっている店主の様子に、ヤハチ親方は、


「今日は一旦引き上げましょう。明日、うちの職人達を連れてこちらへ伺います。屋根の具合を確認するということで、執事さん、どうでしょうか……」


 ヤハチ親方は、突然の梶井屋店主の発作に、一応、顔色を変え、自分達は出直すと不機嫌極まるカールへ伺いをかけた。


「……なにやら、そちら様はお取り込みの様子。屋根の具合は、確かに気になるところです。雨漏りしては、屋敷も傷む。では、明日、出直してください」


 以外にも、カールは素直にヤハチ親方の言い分を受け入れると、懐から何かを取り出した。


「許可証を発行しましょう。職人は、何人のご予定ですか?」


 カールは小切手帳のような物に、さらさらと書き付けていく。


「居留地への通行証許可証です。本来は、主であるステファン様が発行するものですが、おまかせすると、ろくでもない者達へ簡単に発行しますから……私が、代行しているのです」


 カールの言葉に、ステファンは渋い顔をした。公然と面子を潰されたからだ。


「取りあえず……屋根修理、大工数名ということで、許可を出しておきます」


 カールは言いながら書き終えた許可証とやらを、ヤハチ親方へ差し出した。


 梶井屋に聞いてはいたが、通行証、同行票とは別に、許可証というものがあるとは、これのことかと、ヤハチ親方はカールから受けとると、こう助へ視線を移した。


「えっとー、とにかく!旦那様を!」


 こう助も一応慌てて見せる。


 懐には、梶井屋から奪った通行証と同行票があるが、新たに許可証まで手に入った。


 これで、居留地への立ち入りは容易くなる。そして美代の姿も確認したが、正直、今、ここでは手が出せない。ひとまず撤退すべきだろう。


 カール達に企んでいる事がばれてはと、こう助は、


「親方!!どうすれば!」


 などと、主人である梶井屋店主の事を心配してみせた。


「うん、俺が背負って馬まで連れて行く、安心しな」


 どっこらしょと、掛け声をかけながら、ヤハチ親方は、自分が脇腹に拳を与え、弱らせた店主を背負った。


「あ、あの、では、執事さん、また明日出直して来ます!」


 こう助が、ぺこりと頭を下げて、梶井屋の店主を背負ったヤハチ親方と玄関から出ていった。


 外から、のびきっている店主を馬に乗せる為に、ああでもないこうでもないと、揉めている声が流れてきている。


「まあ、なんとか、問題は解決したようですね」


 カールが、つと、表を気にしながら、ステファンへ言うが、その目付きは、とても鋭い。


 そして、アリエルが、空々しくコホンと咳をした。


「……しかし、そうです!当方の問題は解決しておりませんが?ステファン様!」


「……問題というのは?」


 ステファンも負けていない。


「玄関ホールで、女中メイドの格好をしている日ノ本の国の女子を抱き上げている。足元は水浸し。これのどこが、問題ではないと?!しかも!!ステファン様!!私は、その者へ、許可証を発行してはおりませんっ!!どうゆうことですかっ!!」


 カールが激怒した。アリエルは、カールの言い分を聞き目をつり上げている。


「いや、まあ、つまり、美代さんは、許可証がない……のだけれど……これは、緊急措置というもので……あのまま、放置はできなかったから……」


「ステファン様?!つまり、いえ、やはり、その者は、無許可侵入?!犬や猫ではないのですよっ!!放置しておけなかったなどと、連れて来るものではありませんでしょう!!無許可で居留地に人を連れて来た事が分かってしまえば、このミレーネ伯爵家は、どのような処罰を受けることかっ!!」


 カールの怒りは、大爆発状態だった。側では、アリエルが顔を強ばらせ、ぎゅっと手を握っている。


「……あ、あの」


 美代が、恐る恐る声を絞り出す。


 自分が迷惑をかけてしまっている。それなのに、手土産ももってきていない無作法を犯している。そして……。


「え、えっと、下ろして……ください」


 美代は、ステファンに懇願した。


 自分が原因で揉め事が起こっている以上に、この抱き上げられたままというのは、恥ずかしさ倍増だわ、ステファンとの距離も、近いどころかを越えているわ……。


 守らなければならない乙女の一線の為にも、美代は、とにかく、下ろしてくれと言い張った。


「街で、具合が悪くなった者を叱咤する現場を見てしまえば、誰でもこうします。そして、あなたは、我が屋敷の窓拭きまで行った。ああ、私がうっかりしすぎてしまったから、美代さん、あなたは、ここでも働いて、ついに歩けなくなってしまったのだ……」


 思いやりのひとつもない仕えるお嬢様、つまり、煌から、具合が悪いと、うずくまる女中の美代を助けた。医者に見せようと思っていたはずなのに、美代に、窓の汚れをめざとく見つけられ、それも、新聞紙をつかうという、画期的なやり方で、汚れを取った。


 その斬新さにステファンは、魅了され美代の着物が汚れてはと、先月辞めたメイトが使っていたお仕着せに着替えさせ、ステファン自身も新聞紙での窓拭きを試してみた。


 意外に楽しくて、休めさせるべき美代と、一緒に窓拭きを完了させてしまった。


 そうして、美代は、調子の悪さが悪化し、カーペットに躓くほど足元もおぼつかなくなったのだと、ステファンは、カール兄妹きょうだいへ捲し立てる。


「そ、それは……ステファン様……ちょっと違うのですけれど」


「美代さん!何が、ちょっと違うのですか!!」


 完全なステファンの思い込みを美代は否定するにも、それも受け入れられない。


「さあ、美代さん、とにかく、休みましょう。あなたは、きっと、言葉に言い現せないほど、あの少女の屋敷でこき使われていたのでしょう……あの少女の態度ときたら……」


 それなのに、助けたはずが窓拭きを行わせるとはと、ステファンはすっかり、自己嫌悪に陥りつつ、美代を抱き抱えたまま、歩みだした。


「ステファン様……部屋は、そちらではございません。使用人小屋でございます」


 アリエルが、踏み出したステファンへ、方向が違うと冷たく言った。


「……アリエル?!それは、どうゆうことだっ!!」


 ステファンは、何故か怒鳴り付けた。


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