「うぐっ……!」
すると、いきなり梶井屋店主が崩れ混んだ。
「ああ!旦那様!!持病の発作ですかっ!!」
うずくまる店主に、こう助がかけ寄った。
「いや!こいつぁいけねぇ!旦那大丈夫ですかぃ!!」
ヤハチ親方も、しゃがみこみ、店主に慌て寄り添うが、分からないようにその脇腹に拳を食らわしていく。
息も絶え絶えになっている店主の様子に、ヤハチ親方は、
「今日は一旦引き上げましょう。明日、うちの職人達を連れてこちらへ伺います。屋根の具合を確認するということで、執事さん、どうでしょうか……」
ヤハチ親方は、突然の梶井屋店主の発作に、一応、顔色を変え、自分達は出直すと不機嫌極まるカールへ伺いをかけた。
「……なにやら、そちら様はお取り込みの様子。屋根の具合は、確かに気になるところです。雨漏りしては、屋敷も傷む。では、明日、出直してください」
以外にも、カールは素直にヤハチ親方の言い分を受け入れると、懐から何かを取り出した。
「許可証を発行しましょう。職人は、何人のご予定ですか?」
カールは小切手帳のような物に、さらさらと書き付けていく。
「居留地への通行証許可証です。本来は、主であるステファン様が発行するものですが、おまかせすると、ろくでもない者達へ簡単に発行しますから……私が、代行しているのです」
カールの言葉に、ステファンは渋い顔をした。公然と面子を潰されたからだ。
「取りあえず……屋根修理、大工数名ということで、許可を出しておきます」
カールは言いながら書き終えた許可証とやらを、ヤハチ親方へ差し出した。
梶井屋に聞いてはいたが、通行証、同行票とは別に、許可証というものがあるとは、これのことかと、ヤハチ親方はカールから受けとると、こう助へ視線を移した。
「えっとー、とにかく!旦那様を!」
こう助も一応慌てて見せる。
懐には、梶井屋から奪った通行証と同行票があるが、新たに許可証まで手に入った。
これで、居留地への立ち入りは容易くなる。そして美代の姿も確認したが、正直、今、ここでは手が出せない。ひとまず撤退すべきだろう。
カール達に企んでいる事がばれてはと、こう助は、
「親方!!どうすれば!」
などと、主人である梶井屋店主の事を心配してみせた。
「うん、俺が背負って馬まで連れて行く、安心しな」
どっこらしょと、掛け声をかけながら、ヤハチ親方は、自分が脇腹に拳を与え、弱らせた店主を背負った。
「あ、あの、では、執事さん、また明日出直して来ます!」
こう助が、ぺこりと頭を下げて、梶井屋の店主を背負ったヤハチ親方と玄関から出ていった。
外から、のびきっている店主を馬に乗せる為に、ああでもないこうでもないと、揉めている声が流れてきている。
「まあ、なんとか、問題は解決したようですね」
カールが、つと、表を気にしながら、ステファンへ言うが、その目付きは、とても鋭い。
そして、アリエルが、空々しくコホンと咳をした。
「……しかし、そうです!当方の問題は解決しておりませんが?ステファン様!」
「……問題というのは?」
ステファンも負けていない。
「玄関ホールで、
カールが激怒した。アリエルは、カールの言い分を聞き目をつり上げている。
「いや、まあ、つまり、美代さんは、許可証がない……のだけれど……これは、緊急措置というもので……あのまま、放置はできなかったから……」
「ステファン様?!つまり、いえ、やはり、その者は、無許可侵入?!犬や猫ではないのですよっ!!放置しておけなかったなどと、連れて来るものではありませんでしょう!!無許可で居留地に人を連れて来た事が分かってしまえば、このミレーネ伯爵家は、どのような処罰を受けることかっ!!」
カールの怒りは、大爆発状態だった。側では、アリエルが顔を強ばらせ、ぎゅっと手を握っている。
「……あ、あの」
美代が、恐る恐る声を絞り出す。
自分が迷惑をかけてしまっている。それなのに、手土産ももってきていない無作法を犯している。そして……。
「え、えっと、下ろして……ください」
美代は、ステファンに懇願した。
自分が原因で揉め事が起こっている以上に、この抱き上げられたままというのは、恥ずかしさ倍増だわ、ステファンとの距離も、近いどころかを越えているわ……。
守らなければならない乙女の一線の為にも、美代は、とにかく、下ろしてくれと言い張った。
「街で、具合が悪くなった者を叱咤する現場を見てしまえば、誰でもこうします。そして、あなたは、我が屋敷の窓拭きまで行った。ああ、私がうっかりしすぎてしまったから、美代さん、あなたは、ここでも働いて、ついに歩けなくなってしまったのだ……」
思いやりのひとつもない仕えるお嬢様、つまり、煌から、具合が悪いと、うずくまる女中の美代を助けた。医者に見せようと思っていたはずなのに、美代に、窓の汚れをめざとく見つけられ、それも、新聞紙をつかうという、画期的なやり方で、汚れを取った。
その斬新さにステファンは、魅了され美代の着物が汚れてはと、先月辞めたメイトが使っていたお仕着せに着替えさせ、ステファン自身も新聞紙での窓拭きを試してみた。
意外に楽しくて、休めさせるべき美代と、一緒に窓拭きを完了させてしまった。
そうして、美代は、調子の悪さが悪化し、カーペットに躓くほど足元もおぼつかなくなったのだと、ステファンは、カール
「そ、それは……ステファン様……ちょっと違うのですけれど」
「美代さん!何が、ちょっと違うのですか!!」
完全なステファンの思い込みを美代は否定するにも、それも受け入れられない。
「さあ、美代さん、とにかく、休みましょう。あなたは、きっと、言葉に言い現せないほど、あの少女の屋敷でこき使われていたのでしょう……あの少女の態度ときたら……」
それなのに、助けたはずが窓拭きを行わせるとはと、ステファンはすっかり、自己嫌悪に陥りつつ、美代を抱き抱えたまま、歩みだした。
「ステファン様……部屋は、そちらではございません。使用人小屋でございます」
アリエルが、踏み出したステファンへ、方向が違うと冷たく言った。
「……アリエル?!それは、どうゆうことだっ!!」
ステファンは、何故か怒鳴り付けた。