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第39話

 廊下から、皆がいる玄関ホールへ現れたステファンは、爽やかな笑顔と共に美代へ、


「ご苦労様」


 と労いの言葉をかけた。


 しかし、ステファンの姿は美代にとって、眩しすぎる物だった。どうしたことか、キラキラ輝いて見えるのだ。


 曇りきっていた窓を磨いたから、太陽光が入って来てステファンを照らしているのかもしれない。


 そんなことを思いつつも、何故か、トクントクンと胸が高鳴る美代は、自分の体に起こっている事を誤魔化すかのように、さっとうつむいた。


 ステファンが発するキラキラ具合に耐えられないというのが一番の理由なのだが、とにかく、どうすれば良いのかわからなくなっていた。


「いえ、そんな、私は、何もそんな!!」


 清々しく爽やかな笑顔で、労らわれ動揺してしまった美代は、そう答えることで精一杯で、ホールに客人──、煌と八代がいることに気が付いていなかった。もっとも、梶井屋店主のお供として、ヤハチ親方と丁稚のこう助に変装してるのだから、気が付くはずもない。


「え、えっと、私……片付けが……」


 などと、美代は、あいかわらず、うつむき、ドギマギしながら、一歩踏み出す。同時に、体が大きく揺らいだ。


「危ない!」


 ステファンが、とっさに持っていたバケツを放り投げ、美代の体を支えようと動く。


「きゃ!!」


 美代の悲鳴に、こう助とヤハチ親方もギクリとした。


「大丈夫ですか?!美代さん!」


「だ、大丈夫です……」


 緊張の余り、美代は、玄関ホールに敷いてあるカーペットにつまずいたのだ。


 転びそうになったのをステファンが動き、抱き止めた。


 そう、大丈夫と言う美代は、しっかりステファンの腕の中に収まってしまっている。


 美代の顔が、カッと火照った。


「顔が赤い。そうだった、美代さん、あなたは具合が悪かったのだ!それなのに、窓拭きなどを……!とにかく、早く休んでください」


 具合の悪さから、倒れかけて歩けないのだろうと思ったのかステファンは、美代をさっと抱き上げる。


「えっ?!ちょっと、待ってください!」


 更に顔を真っ赤にしながら、美代は驚き、慌てきった。


 そんな美代の様子などお構いなしで、ステファンは声を張り上げる。


「アリエル!!美代さんの部屋の準備は出来ているか?!」


 騒がしい様子に、執事のカールは、じろりと主人ステファンを睨み付け、梶井屋店主はポカンとし、その後ろに控える、こう助、ヤハチ親方は、カール以上に鋭い睨みを飛ばした。


 ステファンの呼び掛けに答える様に、玄関ホールの奥から、カールと同じ銀髪の気難しそうな婦人が現れる。


「女中長のアリエルです。屋敷の裏向きを取り仕切っています。カールの妹なのですよ」


 ステファンが、朗らかに婦人の事を説明した。


 立て襟にレース飾りがついた、紺色のドレスを着た婦人は、不機嫌そうにステファンへ頷く。


「客室をというのは理解出来ませんが、とにかく御用意は、いたしました」


 そこまで言って、アリエルは、ちらりと兄である、執事長のカールを見た。


「ステファン様?その、抱えている者に客室を提供するのですか?」


 チクリと嫌みたらしくカールが言う。アリエルも、ふうと、大きなため息をつく。


「ステファン様!あなた様は、子供の頃から、捨て猫や捨て犬を良く拾って来られた。しかし!今回は、なんですか?!よりにもよって、日ノ本の国の女子など!いい加減になさってください!そして!何故、その者に客室を用意せねばならないのですか?」


 我慢ならぬとカールは、しつこくステファンへ注意した。


「カール!美代さんは、私の客人だ、客室にご案内するのが当然だろう!」


 さすがに、ステファンも、いきり立つ。


 抱き抱えられている美代はというと、気が気ではなかった。


 まず、恥ずかしい。そして、カールが自分に対し激怒して、ステファンと口論になっている。ドキドキとはらはらが相まって、美代の頭の中は混乱しきった。


 ステファンによって案内された屋敷で、美代は出て来たカールの厳しい視線に迎えられていた。


 突然押し掛けて来たのだ。しかも、土産のひとつもない。嫌な顔もされるだろう。それを気にした美代は、とっさに目についた曇った窓ガラス拭きをかって出た。しかし、どうも、カールには、余計なことをしていると不評のようで、未だ、トゲのある言葉が返って来る。


「…………ステファン様。床が水浸しですわ。その者の為に、バケツの汚れた水が、お客様をお迎えする玄関ホールのカーペットを濡らしてしまいました……」 


 静かに小言をアリエルが言い、美代へ、ジロリと厳しい目を向けてきた。


「アリエル、バケツは、すまなかった。ホールが水浸しになってしまったが、美代さんが転んで怪我をするところだったのだよ?助けるためには、バケツを手放すしかなかった。とっさのことに、床にバケツを置いて……など、悠長なことができるかい?」


 ステファンも負けじと、使用人兄妹きょうだいへ、意見を述べている。


 そんな、ちょっとした争いのなか、さらに不機嫌な二人組がいた。


 煌と八代、もとい、こう助とヤハチ親方だ。


 カールとアリエルの二人にも増して、殺伐とした空気を発している。


 それを知らぬ、梶井屋の店主が気を効かせてなのだろう、


「おや、日ノ本の国の女中をお雇いになられたのですか?」


 ニコニコ笑いながら、カールを見た。


「いいえ、拾って来たのです。ステファン様がっ!」


 カールは即座に言い返す。


 こう助とヤハチ親方は、その物言いに眉を潜めた。

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