──なにやら物騒な話が進んでいるとは露知らず、煌は馬上で八代に自分の策を説明している。
「なるほど。 それで、
煌は、街の南西部に位置する、施工請け負いや大工が多く住む地域、
「そうだ。職人らは、時に居留地へ仕事に出向く……」
「確かに!居留地内の建物は、日ノ本の国が管理しております。修繕は、こちら側の人間が請け負う事になっております……」
八代が神妙に返事をした。煌の策が、おおよそ掴めたようだ。
「八代。我が門代家に出入りしている施工請け負い、梶井屋は、確か、居留地での施工の元締めをしているだろう?」
「お頭。では、梶井屋を使って……」
「うむ。梶井屋の職人として、我らは居留地へ、ステファンの屋敷に先入する!」
煌は、凛々しく声をあげた。同時に、馬が嘶いた。人気のない、裏路地を選んで進んでいたが、先に、乗り合い馬車が通る大通りが見えたからだ。馬車の馬に反応したのか、黒馬は、鼻先を揺らし始める。いくらか興奮しているようだ。
「あの通りを抜ければ、
「お頭、かなり遠回りになりますが、
多少時間がかかっても、裏路地を行く方が良いだろう。黒軍服に黒馬の登場と騒ぎをおこしたくはない。煌はそう思い、八代の提案を受け入れた。
こうして、馬一頭がやっと通れる裏路地を右へ左へと曲がり、煌と八代は目的の
職人の町らしく、通行人も、ねじりハチマキに屋号の入った
「八代、馬から降りる」
煌は、周囲の目を気にして八代へ命じた。
やはり、皆は隠密と分かっているのだろう。チラチラと視線を向けて来るが、さっと反らして逃げるように歩んでいく。
「……お頭、目立ちすぎましたか」
黒軍服姿の二人組。それも、少女に付き従う男、黒馬までいては、どうしても人の目を引いてしまう。
「八代、梶井屋までの辛抱だ。とにかく、騒ぎを起こすな」
「御意」
煌と八代は、できるだけ目立たぬように往路の隅を歩き、目的の店、梶井屋を目指した。
しばらく行くと、入り口に、丸に梶の文字が染め抜かれた暖簾がかかる店が見えた。
「お頭。私は……」
馬のことを考えてか、八代が煌へ外で待っているべきか尋ねる。
「馬は、外に繋いでおけ。八代、お前も一緒に来るのだ」
煌は、意味ありげに口角を上げる。
どう見ても何か策があるといった感じなのだが、そこから先が、八代には分からない。自分は何をすれば良いのだろうかと惑った。
まあ、煌一人で店に入るよりは、八代という従者が居るほうか、どことなく、威圧感があり、店側も丁重な扱いをするだろうが、どうも、そうゆう問題でもなさそうだ。
八代の疑問を感じとったのか、
「久しぶりに、お前の人心術をみさせてもらおう」
煌は言うと、何食わぬ顔で梶井屋の暖簾をくぐった。
「後免!あるじは、いるか!門代家の者だ!」
煌は声を張り上げた。
広がる板の間に座り、奉公人と顔を付き合わせ図面を見ている客らしき者達が、一斉に声の主に注目する。
そして、目を見開らくと気まずそうに、話はこれまでとばかりに腰を上げ、帰って行く。
黒軍服の二人組、それも、少女と仕える男らしき珍客が現れたのだ。先に来ていた客達は、何かに巻き込まれてしまうと思ったようで、早々に逃げ出したのだった。