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第31話

「……八代、お前はどう思う?」


「はい。おそらく、昨今問題になっている、異国人による諜報活動かと……」


 商品の売り込みと偽り、あらゆるところへ顔を出す。そして、人脈を作り、ある時、その本性を見せる。


 ──少しばかり、私の力になって欲しいのだ。本国から無茶な要請があって困っているのだよ──


 などと、小わっぱ役人を騙し、部外秘の書類を持ってこさせる。


 こうして、人事情報や経費についてなど、日常的に扱っている書類を集める。その中から使えるものをよりだし、分析し、各々の国へ知らせるのだ。


 日ノ本の国の長い鎖国政策が生んだ弊害というべきか。他の国から見れば、ここは未知の場所で、国の基本情報が欠けている。どこの国も、日ノ本の国の情勢を調べようと躍起になっていた。


 昨今では、ついに、報酬目当てに情報を流す者も現れ、宮中でも大きな問題となっている。


「そういえば、帰国する異国人が、土産用に風景写真を撮っているだけだなどと言い逃れしていた事もありました」


 八代が言う。


「ああ、知っている。確かそやつは、騎兵隊の練習風景や、近衛兵の行進など、軍事に関わる些細な事を写真に撮っていたはずだ。しかし、そこから、我が国の軍備、及び、軍事力が読み取れる……」


「お頭……。やはり、あの異国人は、スパイ……」


 八代に言われ、煌は、黙りこんだ。


 可能性は高い。いや、ほぼ、そうだろう。どこからか、三門家、つまり、妃選出制度を耳にして、未来の妃となる人物の顔写真を撮りに来たのだ。


「ちょっと聞いて!あたいは、隙を見て逃げ出せたよ。猫だからね。でも、美代みよちゃんは、怖がるどころか、なんだか張り切っちゃってて。自分に起こっていることがわかってないみたいなんだ。率先して掃除なんかしてるしさぁ……」


 四郎は、にゃあーと鳴き、煌と八代の気をひいた。


「四郎今、なんと?!」


 八代が、ぎょっとしている。煌も眉を潜め、黙りこくった。


「なんかさぁー、美代みよちゃんったら、すっかり、女中になりきってるんだ。新聞紙を濡らして、窓ガラスを磨いてんだよ?インクのお陰で曇りがとれるとかなんとか言ってたけど……。そしたら、ステファンが、また調子に乗っちゃって!」


「し、四郎!奴めは、窓ガラスを磨く美代みよ様の写真を撮ったのか?!」


 八代が、仰天しつつも、必死に落ち着きを保ちながら四郎に問う。


 煌も、衝撃を受けたのか、言葉なく、黙りこくったままだ。


 未来の妃が、よりにもよって、窓磨きとは。その様な姿を写真に撮られ、後々世に公開されては、また、一大事。


 煌も八代も、四郎の言葉を待っている。


 そんな二人へ、四郎は気まずそうに言った。


「それが、なんかステファンったら、喜んじゃって。美代みよちゃんと一緒に窓ガラスを磨いてんの!あたい、びっくりして、うっかり見入っちゃったから、来るの遅くなったんだよ」


 煌の体が揺れる。


「お頭!」


 八代は、握っていた手綱を放り出し、倒れそうになった煌を慌てて支えた。


 煌は、添えられている八代の手を払いのけ、ふらつく体を立て直すと、いっそう厳しい口調で四郎を問い詰める。


「四郎!とにかく、美代みよは、異国人めの屋敷で下働きをしているのだな?!」


「お頭……急ぎましょう。このままでは!」


「ああ、早く美代みよを連れ戻さなければ。なぜ、異国人の屋敷の窓拭きなどを行っている!」


 煌は、黒馬に歩みより、あぶみに足を乗せ、その背中に股がる。


「八代、乗れ!」


 命じられ、八代は煌の後ろに飛び乗った。


「あ!煌ちゃん!パンの匂い、白粉の匂い、お金の匂い、そのあと、食事や石鹸や煙なんか、生活の匂いがして、それから、まだ真っ直ぐ。右に一度、左に一度曲がって坂道。それで、ステファンの屋敷に着いた」


 四郎は煌へ道順を教えると、馬の下からちょこちょこ歩きだし、進んで行くが、立ち止まると振り返える。


「あたい、こう見えて子猫だから。今日は、これで休むよ」


 四郎は、ぐわぁぁと、大きなあくびをすると、そのまま筋向かいの塀に飛び上がり姿を消した。


「おおよその場所は掴めた。だが、もっとハッキリ道順と場所を知っている者がいる」


「お頭、それは……?」


「八代、私に考えがある。柳井町やないちょうへ向かうぞ!」


 煌の言葉と共に、黒馬は疾走した。


「行ったようだよ。お頭」


 消えたはずの四郎が、路地からひょっこり現れる。


「四郎、お前、俺の事をお頭なんて呼んでいいのか?」


「まっ、そこは、臨機応変ってやつ?」


 四郎は、とぼけた口調で言うと、一点を仰ぎ見た。その視線の先には、ビーフシチューの実習を監督しているはずの一代かずしろ先生がいた。


「お頭こそ、教室脱け出していいの?」


「あ?今日は、実演の見学だからよぉ。皆、料理長の仕事ぶりを見てるよ。誰も、俺が脱け出したって気付きやしねぇ。まあ、気付かれたら、適当なこと言っときゃぁいいし」


「うわっ、ほんと、適当ーー」


「けっ、猫に適当呼ばわりされる筋合いねぇよ」


 一代かずしろは四郎へ悪態をついていたが、すっと真顔になった。


「しっかし、美代みよ様もやってくれるねぇ……。さて、どうしたもんだか。と言うべきだが、俺達には、好都合かもしれねぇなぁ。四郎、見たか?煌の様子を。あれほど本気になるんだぜ?きっと、すぐ、こっち側になびく……」


「なびくもなにも、御前様の一言があれば良いだけじゃない?」


「だからな、そこ、そこだ!面子に、思い入れにと、人間ってもんは、やたら面倒なんだよ!御前様が前に出ると、今まで信じてきたことはなんだったーー!とか、おじじ様は黙っていてください!私が当主です!とか、言い出して、逆効果になりえるんだ。しかしだぞ!美代みよ様を使えば!」


「だねぇー、御前様の一言より、美代みよ様のようだね」


「だろー?四郎、お前も、そう思うだろ?」


 一代かずしろは、四郎に同意を求める。


「だけどさぁー、お頭。今まで尊んで来た方に逆らおうとしているんでしょ?煌ちゃん、そんな簡単に話に乗るかなぁ?」


「そこが、四郎!お前の腕の、いや、前足の見せ所よっ!なんてなっ!」


 はははっと、一代かずしろは笑うが、その目付きは厳しい。


「まあ、帝に逆らうような、いや、帝を使って国家転覆を狙っているなんて、誰が聞いても、まず本気になんかしねぇだろし……」


「ですよー」


美代みよ様を使えばって思ったが、何か妙なことになってるようだし……。とにかく、俺は教室にもどるわ」


 面倒だと言わんばかりに、ちっ、と一代かずしろは、舌打ちし、四郎にひらひら手を振りながら、女学校の裏門へ向かった。


 がさつな歩き方から、しずしすと歩む、女学生憧れの一代かすしろ先生へと変貌した姿を見おくりつつ、四郎は呟く。


「まったく、何考えてるんだか。なんなの、国家転覆って。そんなこと出来ると思ってんのかなぁー?それに、何も知らない煌ちゃんを、美代みよちゃん使って、どう引き込むつもりなんだろう。あたい的には、そこが気になるけど……とりあえず、あたい、猫だし。にゃあーとでも鳴いておくか!」


 そして、四郎は子猫らしくちょこちょこ歩きながら再び路地へ姿を消した。

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