一方、教室では──。
煌が気を揉んでいた通り、
資産家育ちの桜子は、当然の如く女学校の新しい制服であるセーラー襟のワンピースを着ている。
いずれ皆、このワンピースを購入して着用しなければならないのだが、保守的な一部の保護者から、踝が見える。つまり、女子の足を世に晒すのは如何なものか。更には、ワンピースという異国の物を導入すると、日ノ本の国の伝統を崩しかねるのではないかなど、新しい制服に反対する声が挙がっていた。
今上帝の御世になり、急速すぎる異国文化の導入がなされていたが、その変化について行けない保護者も多かった。それゆえに、挙がった反対の意見なのだ。
学校側も、保護者と揉めるのは如何なものかと譲歩し、昔ながらの着物姿、女袴のままで良いのではないかと言う意見を尊重した結果、いずれはワンピースの制服に変更するが、今は、女袴も着用可能と、諸々の反対をなだめる為、いわゆる移行期間を設けていた。
「三門様は、いつまで、お着物姿なのかしら?お従姉妹の門代様は、もう、ワンピースの制服なのに。ふふふふ」
薄笑いを浮かべ、桜子は、空々しくヒラヒラと制服の裾を揺らす。
(何が、ふふふふ、だ。薄気味悪い笑みをうかべて!
ぐっと堪えながら、
「えっと……。私は、桜子さんのようには……」
新しい制服は高価で買えないと面と向かっては言えない振りを演じて見せる。
「ふふふ、そうだったわーー!三門様は、何事においても質素ですものねーー!」
「あ!そうなの!質素倹約!これが一番よ!桜子さん!」
「はあ?質素倹約が一番って、なにそれ」
ホホホホ、と、桜子は得意気に大笑いしている。
(ぐぬぬぬ、桜子!貴様!
「お静かに。授業が始まります」
そこへ、凛とした声が割って入って来た。
「あっ、
桜子が、ばつが悪そうに、それでもどこか嬉しげな声をあげる。
髪を小さくまとめ、紺色のドレスを着こなす若い女性教師が立っている。
「……質素倹約、これは、日ノ本の国を立派に支える良妻賢母の基本です。三門さんは、良く理解されているようですね」
その言葉を聞いた他の女学生達は、少し頬を染めながら、羨望の眼差しを女教師へ送っている。
この
もちろん、桜子も
「家政の授業を始めます!本日は、講師をお呼びしての実習です!」
はい、という初々しい返事が響き渡る。
桜子も、ちらりと
「ああ、三門さんは、見学ですね?廊下に下がってください。そうゆう決まりですから。でも、罰を受けている様に見えるので、教室から椅子を持ってお行きなさい」
一代の指示に、他の女学生達は、ぼっと立ちすくんだまま、感心している。他の教師は、椅子に座って見学するようになどと心配りを見せないからだ。
皆は、さすが一代先生!と、羨望の眼差しを若き女教師へ向けた。
「……椅子は、これで良いでしょう」
一代は、ときめく生徒達の事など気に止めることもなく、手近な場所から椅子を持って来ると、美代へ自分に続くよう合図した。
美代の為に、廊下へ椅子を運ぶ一代の姿に、皆は見惚れている。同時に、自分も、構って欲しいと羨ましげに視線を送っていた。
「はい!」
カタンと廊下に椅子が置かれる音がした。
「あ、あの、先生。ありがとうございます。わざわざ私のために……」
「だろ?感謝しろよ、
「え?!」
「え?!じゃーねぇーよ!声が大きいって!周りに怪しまれるだろうがぁ」
「あ、あのぉ、
「おめぇなぁ、大丈夫なのか?まあ、そんなだから、俺が居るってことなんだろうけどよぉ。とにかく、その間抜け面、なんとかしろ」
「は、はい!」
とっさに、勢い良く返事する
「いい加減に気づけよ」
その一言で、
存在を知られてはならないのが隠密であり、影武者というものだが、
隠密を影で守る隠密。それが裏隠密という存在で、隠密家当主だけを守る為に秘密裏に動く人物をそう呼んでいた。
「も、もしや、お頭の警護を……でしょうか?」
隠密を束ねる頭とその影武者ごと守る特別な立場の者──裏隠密。その存在は身内の隠密達にも知らされていない。
そんな、伝説としか言い表せられない者が、
「そっ、御前様に頼まれてねぇ。鬼隠密なぁーんて呼ばれてたお方だが、孫はさすがに可愛いんだろ。俺に声がかかったのさ」
「なるほど。そうとは存じ上げず……」
「まあー、呆れ返るほどお前は、半人前、いや、それ以下だ。煌には、影武者すらいねぇからな。だから、この話が来たんだろうが、煌は、八代と野暮用だ。その
「は、はい、い、いえ、御意!」
「あぁーあぁー、がっちがちじゃねぇか……」
裏隠密、
「も、申し訳ありません!」
お頭である煌のことを呼び捨てにし、なおかつ、ここにいるのは、先代である御前様の命であると聞いた
「おっと、おいでなすった。じゃ、教室に戻る。見学だからって気を抜くなよ」
「これは、料理長様。本日はお世話になります」
歩んで来た、糊のよく効いているエプロン姿の恰幅が良い男性に声をかけ、頭を下げた。
「皆さん!こちら、日ノ本グランドホテルの料理長様が、本日の特別講師です。料理長様にビーフシチューの作り方を学びましょう」
教室に一代の若々しい教師としての声が響き渡る。
同時に、老舗有名ホテルの名前を聞いた女学生達は、ざわついた。
そして、廊下に取り残された
(や、八代様!!こ、このような場合、隠密として、どうすればよろしいのでしょうか!!この
心の中で、先輩隠密八代へ助けを求めながら、ぶるぶる震えていた。