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第28話

 早退と休みの届けを出した煌は、八代との待ち合わせ場所を目指し、廊下を足早に歩んでいる。


 すでに休み時間は終了し、皆、教室で授業を受けている。廊下には煌の進む足音だけが響いていた。


 ふと、美代の影武者、美代みしろの事が気になるが、これも試練の内だろうと煌は思う。


 おそらく、美代みしろは、美代みよとして、家政の授業を見学するのかと桜子から中傷を受けるはずだ。それをどういなすか。が、それぐらいこなせてこその影武者だろう。煌にも分かっている。しかし、やはり心のどこかで、自分が助けてやれないということを気にしていた。


 美代みしろ一人で大丈夫なのだろうか、美代みよてはない、別人であるとバレてしまうのではないだろうかと、つい心配してしまうほど、桜子は手強い。


 確か宝石商の娘で、爵位を持たないつまり、平民という事から、多額の寄付をし特別枠で華龍女学校に入学したはずだ。


 豪商の育ちであるが爵位無しの桜子は、材料費が追加で発生する授業には参加できない極貧状態でも関わらず伯爵家の育ちという美代みよに敵対心のような嫌悪のようなものを抱いている。


 拍車をかけているのが、教師達の態度だった。


 学校関係者は、あえて口に出さないが、美代みよの立場、実は妃選出家の女子であるということを、薄々知っており、何かと美代を優遇する。事情を知らない桜子にとって、これは納得いかないようで、財力が上であるのに爵位を持たないだけで、極貧家の格下になるのが我慢ならないと、事あるごとに美代へ噛みついた。


 美代は、そんな桜子の仕打ちを素直に受け止めていた。とういうより、美代には、桜子の嫌みが通じていなかったのだ。言われる、極貧状態であることは節約命の美代が一番分かっている。だからか、桜子の嫌みを当然と捉え、素直に応じていた。桜子からすれば、またそこも気に食わないと、悪循環化していた。


 さて、全力でかかってくる桜子に、美代みしろは一人で耐えられるか。隠密として、まだまだの所がある美代みしろの失敗により、数々の秘密が暴露してしまわないかと煌は、心配だった。


 もしもの事があったとして、学校内なら誤魔しが可能だ。

 学生は、概ね華族の子女。彼女らは、三門家が何者であるか、また、その家の娘である美代みよの立場も理解している。華族だけには、帝に関する事は暗黙の了解事として、ある程度は伝えられていた。しかし、華族ではない桜子は、妃選出家という存在をも知らない。桜子だけではない。平民は、帝に関する事を一切といって良いほど周知されず、細かなことは知らなかった。


 ただ、隠密については噂話が独り歩きしつつあり、知られていた。時折、要人の警備などで街に出る事かあるからで、皆、軍人の種類の一つと捉えているようだった。


 とにかく、何かあっても、校内ならば、皆は、口を閉ざしたままで、見てみぬ振りをする。美代みよの事は、いくばくかではあるが、帝に関係することでもある。つまり、それを面白おかしく口にするということは、帝をも侮辱しているということになり、下手をすれば、自分の家に罰則として返ってくるかもしれない。そうゆう、華族内の了解的な考えが有る限り、美代みしろのしくじりは、まあ、どうにかなるのだが……残念ながら、その要因であるだろう桜子は、一切、決まり事を知らない。


 煌は、つと足を止めた。


 一度、家政の授業が行われている教室を覗くべきかと思ったのだ。しかし、本物の美代みよの一大事の為に動いている今、美代みしろを甘やかしてはならないと、再び歩み始める。


 一度、家政の授業が行われている教室を覗くべきかと思ったのだ。しかし、本物の美代みよの一大事の為に動いている今、美代みしろを甘やかしてはならないと、再び歩み始める。


 正直、煌は困っていた。美代みよが連れて行かれるとは……。事が事。そして、場所が場所。どうして、居留地なのかと……。


 正面から攻めれば騒ぎになる。桜子が、など、小さな話だ。常に沈着冷静な八代までも、責任を取って腹を切ると、焦りを見せるほどであるし──。


 これは、自分の手には負えないのではなかろうか。煌に不安が過った。同時に自身の立場、門代家の当主であるという事も思い出す。


 しっかりしなければ。皆の先頭に立ち、美代を連れ戻さなければ……。今考えなければならないのは、それだ。


 光あっての影。美代がいるからこそ、門代家も成り立つ。


 怯えてはならない。焦ってもならない。淡々となすべき事を成し遂げる。それこそが、煌の使命なのだ。


 だが……。やはり……。居留地となると……。


 再び、煌に不安が忍び寄る。


 現実的に考えて、一番に外交問題への発展が思い浮かぶ。直球勝負的な対応は取れないだろう。それなりの根回しを行い、つまり、外交の線で攻めるべきだ。いや、しかし。そうなれば、三門家の醜聞になる。当然、門代家の面子もなくなり、下手をすれば、美代みよを守れなかった責任を課せられかもしれない。


 お家断絶──。


 物騒な言葉が煌の脳裏を支配する。


(おじじ様の力を、お借りするしかないのだろうか?いやいや、それでは、何のための当主なのだ!)


 ふるふると首を振り、煌はあらゆる邪念とも言える不安を立ち切った。


 確かに、祖父の力を借りる事が正当法だろう。しかし、しかし。


 煌の自尊心が受け付けない。さらに、美代みよは警備対象というだけではなく、従姉妹の関係なのだ。


 どうしても、煌自身の力だけで美代みよを連れ戻したかった。


 しかも……。相手は、異国人──。


「いや、私情を挟んでは、なお困窮する」


 誰に聞かせる訳でもなく、煌は、呟くが、その続きを言いたいとばかりに、煌の顔つきは険しくなっている。


 身体の芯から沸きだしてくる何か憎悪にも似たものが、煌の瞳に読み取れた。


「……異国人め、異国人めがっ!!」


 煌は、悔しげに、忌々しく言葉を吐く。


「落ち着け。落ち着くのだ。考えはある。あれなら、きっと上手く行くはずだ。集中しろ!」


 煌は自らに言い聞かせ、八代の元へ急いだ。

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